顧客起点で、変化にスピーディに対応する
management
「アジャイル経営シリーズ」のスタートに寄せて
2011年。
マーク・アンドリーセンの「Why Software Is Eating the World(ソフトウェアが世界を飲み込む理由)」とエリック・リースの「THE LEAN STARTUP(リーン・スタートアップ)」が世に出された年です。
すべてがソフトウェア化され、変化が加速する。
不確実性に対応して、顧客価値をスピーディに探索する。
このニつに影響を受け、自分が人生をかける場所を探し、私はソフトウェアスタートアップであるユーザベースに転職しました。
前職で企業、業界分析のプロフェッショナルとして、M&Aや資金調達の提案と執行を経験しました。その分析の力をソフトウェアの力で民主化し、誰でも分析の力を得られる世界にしたい。
ユーザベースが提供する企業・業界分析プラットフォームSPEEDA(スピーダ)は、私の転職当時は金融機関やコンサルティングファームなど分析のプロフェッショナルのみが使うサービスでした。しかし今では、トヨタ自動車、ソフトバンク、ソニーなど、1,500社を超える企業で利用されています。
とくに経営企画部において、企業経営における外部環境リサーチ目的で利用されており、SPEEDAが提供する情報と各企業が独自に持つ情報を統合して経営戦略が策定されています。
SPEEDAを開発し、広めていく中で、多数のユーザーのみなさんと経営戦略策定に必要な情報や分析について議論を重ね、多様な業界や規模の経営の実態を見てきました。
その中で、経営企画部が円滑に機能し、経営の断続的な進化を実現しているケースと、経営企画部が上手く機能せず、経営の停滞が生じているように見えるケースには明確な違いがあることに気づきました。
経営企画部が上手く機能していないケースにおいて、多くの方が「経営企画部を起点に経営を変革したい」という熱い想いを持ちながらも、下記のような課題を感じています。
・三年の中期経営計画の実行に縛られ、その後の急激な市場環境の変化に対応できない
・顧客に接している現場の感覚と経営方針を繋げられず、顧客起点の意思決定ができない
・サイロ化された組織の中、顧客価値に向かってダイレクトに行動できず、無力さを感じる
このように、固定的な中期経営計画、顧客不在の意思決定、サイロ化された組織などが課題として挙げられることが多いです。
一方、経営企画部が機能しているケースでは、
・市場環境の変化を柔軟に受け入れ、実行後の学びも計画に反映し、変化に対応できる
・経営の企画と実行が一体化され、顧客起点で、顧客に近い場所で意思決定が生まれる
・顧客に与えられている価値を実感し、自ら意思決定し、幸福を感じて仕事に取り組める
このような特徴が見られます。変化への対応、企画と実行の一体化、顧客起点がキーワードです。
これは、本稿の中で詳述しますが、ソフトウェア開発の手法であるウォーターフォール開発への課題意識から、アジャイル開発が生まれた1990年代から2000年代の流れに類似しています。
アジャイル開発を取り巻く議論をヒントに、経営におけるアジャイル開発の類型、
アジャイル経営 = 顧客起点で、変化にスピーディに対応する経営
を定義し、広めることで、日本に独特な「経営企画部」が上手く機能する企業を増やすことが出来るのではないか。
経営企画部が変わり、経営が進化し、日本が変わる。
これが本稿の目的です。
ユーザベースは、論考者としてだけではなく、アジャイル経営とアジャイル開発、二側面の実践者としてこの目標に貢献したいと考えています。
ソフトウェア化する世界で、変化にスピーディに対応していく、ソフトウェア専業のスタートアップとして。
顧客起点で、SPEEDAをアジャイル経営に資するプロダクトへ進化させ続ける、アジャイル開発を実践する開発者として。
本稿の特徴は、ソフトウェア化していく世界を前提として、「アジャイル開発」の概念を経営へ適用拡大することを目指している点です。
2001年の「アジャイルソフトウェア開発宣言」からちょうど20年。
2011年のマーク・アンドリーセンの「Why Software Is Eating the World(ソフトウェアが世界を飲み込む理由)」とエリック・リースの「THE LEAN STARTUP(リーン・スタートアップ)」からちょうど10年。
大野耐一、野中郁次郎、竹内弘高らをはじめとする多くの日本の実践者、研究者を源流に持つ「アジャイル開発」の概念と実践のプラクティスを経営に拡大すること。それが、
経営企画部が変わり、経営が進化し、日本が変わる。
この実現につながると考えています。
大仰な目標ではありますが、経営者のみなさん、経営企画部のみなさんとともに、本稿を一つのきっかけとして議論を深め、実践の例をともにつくり、その目標に近づいていきたいと考えています。
アジャイル経営シリーズ、第一回の今回では、まず「アジャイル経営」そのものについて取り上げます。
第ニ回で、「アジャイル経営企画部」について取り上げ、第三回で不確実な未来を見通すヒントになる「TREnd Model(トレンドモデル)」について取り上げます。
その後、実際のケーススタディや実践している方のインタビューなどを取り上げていく予定です。
ぜひ、本稿について、さまざまなご意見をいただきたいと考えています。本稿をきっかけとして、経営、経営企画部の未来像に関する議論が生まれればとても嬉しく思います。
株式会社ユーザベース 代表取締役 Co-CEO
佐久間衡
第一回「アジャイル経営」の構成について
本稿の中心は、以下の「アジャイル経営」と「ウォーターフォール経営」の対比的な定義テーブルだ。
アジャイル経営は、市場、競合・パートナー共に変動的で、だからこそ顧客のリアルな価値を探索する姿勢が勝敗を分ける外部環境を前提とする。
シンプルに述べると、外部環境が「アジャイル経営」を必要としているにも関わらず、社内構造が「ウォーターフォール経営」のままになっていることに典型的な日本企業の問題があり、社内構造を「アジャイル経営」に移行していくべきではないか、ということが本稿の主張だ。
アジャイル経営 / 顧客価値探索型 |
ウォーターフォール経営 / 顧客価値固定型 |
||
---|---|---|---|
外部環境 | 顧客価値 | 探索型。 顧客の行動データの分析や定性的なフィードバックを元に、顧客価値を探索し続けないと生き残れない環境。 |
固定型。 顧客像は固定しており、顧客解像度をさらに高めるより、開発、販売プロセスの効率化が重要となる環境。 |
市場 | 変動的。 市場が変動的で、ゲームチェンジに備える必要があり、逆に、自社のコアの強みを活かす新しい市場機会を業界横断的に捉えなければならない環境。 |
固定的。 ゲームチェンジや大きなシェアの変動がなく、固定的な既存市場での着実なシェア向上が目標となる環境。 |
|
競合・ パートナー |
変動的。 ソフトウェアドリブンな新しい競合に備える必要があり、部分的に競合していても、他の部分ではパートナーになるなど、顧客価値を高めるために、競合、パートナーを柔軟に捉えなければならない環境。 |
固定的。 大きな変動のない市場を想定しているため、競合やパートナーが固定的である環境。 |
|
社内構造 | ビジョン | 重要性が大きい。 顧客起点、現場起点でスピーディに意思決定するために、その拠り所となるビジョンや原則が強く共有されている必要がある。 |
重要性が小さい。 やるべきことが比較的明確であるため、抽象的なビジョンの重要性は低い。 |
計画 | 変化を受け入れる。 経営計画は作成するが、前提の変化、実行後の変化を柔軟に受け入れ、計画をアップデートし続ける。 |
固定的。 固定的な前提に基づく3年などの長期の経営計画を作成し、作成後の大きな変更は想定しない。 |
|
意思決定 | スピーディな意思決定。 部門横断的にオープンに情報は共有され、組織階層は少なく、顧客起点、現場起点でスピーディに意思決定できる。 |
合意プロセスが多い。 定められた計画を着実に実行するため、社内で合意を形成するプロセスが多く、意思決定に時間がかかる。 |
|
開発 | 顧客価値の探索。 顧客の行動データの分析や定性的なフィードバックを元に、顧客価値を探索し、製品をアップデートし続ける。 |
生産性の向上。 顧客像が固定されているため、新規価値の創造より、開発プロセスの改善による生産性の向上が重要。 |
|
コーポレート | 協調型。 財務、人事、戦略等の高い専門性を持つが、事業部をコントロールするのではなく、コーチとして事業部と協働する。 |
管理型。 各事業をコーポレートが管理し、計画に則った事業進捗を目指していく。 |
(出所)ユーザベース作成
もちろん、アジャイル経営は万能ではない。
本稿では、わかりやすさを優先して「アジャイル経営」と「ウォーターフォール経営」を対比的に定義して解説する。しかし、全ての分野でアジャイル経営が勝っており、全ての企業が全般的にアジャイル経営を導入すべきだと考えている訳ではない。
市場変化の予測可能性、製品開発の複雑性、ソフトウェア化の容易性などにより、業界や企業ごとに最適な経営形態は異なると考えている。本稿で述べるような典型的なアジャイル経営とウォーターフォール経営の枠組みに当てはまらない、たとえば両者の中間的な経営の在り方もあるだろう。
しかし、ソフトウェア化の広がりによる顧客価値競争の激化、外部環境の変化の加速は一定普遍的な流れであり、どの業界、企業においても、顧客起点で、変化にスピーディに対応するアジャイル経営の考え方を取り入れていく流れは加速すると考えている。
本稿の構成としては、まずウォーターフォール開発への問題意識としてアジャイル開発手法が提案され、広まった背景を見る。その中で、その問題意識が上述した日本の経営における問題意識と類似点があることを確認する。
次に、アジャイル経営とウォーターフォール経営が前提とする外部環境を確認する。いろいろな見方が可能だが、「顧客価値を探索し続ける企業しか生き残れない時代」と「競争環境変化の加速」の二つをキーワードに外部環境の変化を確認する。
最後に、再度アジャイル経営の定義に戻り、なぜこの定義に至ったのかを解説する。アジャイル経営は、経営を加速させるだけではなく、そこで働く一人一人が働く意味を確かにする。
アジャイル経営は、SDGsの「働きがいも。経済成長も」を実現する。すなわち、個人の自律的な判断による自己実現と、経営の加速による事業の成長、この二つを矛盾なく実現することこそが、アジャイル経営の一つのゴールだ。
第一回は、アジャイル経営シリーズの始まりの回であり、定義に関する話が多い。第二回以降で、実践的な話に触れていく。
第一回「アジャイル経営」
目次:
- アジャイル経営シリーズのスタートに寄せて
- 第一回「アジャイル経営」の構成について
- アジャイル開発が生まれた背景と日本
- アジャイル経営とウォーターフォール経営
- 顧客価値を探索し続ける企業しか生き残れない三つの要因
- 競争環境の変化が加速した三つの要因
- アジャイル経営の対比的定義
- 働きがいの創造に向けて
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