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2022/8/16 開催 セミナーレポート 2022/12/22更新

エキスパートと探る 未来の事業機会 vol.7 エイジテック-テクノロジーの力で持続可能な少子高齢社会に挑む

エイジテック-テクノロジーの力で持続可能な少子高齢社会に挑む

日本を筆頭に先進国は「超高齢化社会」へと突き進んでおり、国連の試算では2060年に先進国の高齢者人口比率は3〜4割にも達するとされています。

そこで注目されているのが「エイジテック」。高齢者の生活や健康に関する課題を解決・サポートするテクノロジーやサービスを指し、グローバルにおける2022年の市場規模は300兆円にのぼると見込まれています。

エイジテックには、高齢者向け、企業・行政向け、医療/介護事業者向けなど、さまざまなビジネスがあり、この領域にはテクノロジーとアイディアで解決しうる社会課題が数多く残されています。

今回は「少子高齢化社会の問題解決」に取り組む鹿野佑介氏をお招きし、業界の構造的な課題、国内外の成功事例をふまえ、エイジテック領域における事業参入のヒントをお話しいただきました。

Speaker

鹿野佑介 氏

鹿野佑介 氏

一般社団法人日本ケアテック協会 会長
株式会社ウェルモ 代表取締役CEO
東京大学 高齢社会総合研究機構 共同研究員
NewsPicks Expert

大阪府豊中市出身。介護現場の働きがいに課題意識を持ち、全国各地・計400法人を超える介護事業所でボランティアやインタビューを実施した後、2013年に株式会社ウェルモ創業。2020年より一般社団法人日本ケアテック協会会長、2021年より東京大学高齢社会総合研究機構共同研究員を兼務。NewsPicks Expertとして精力的に活動中。

エイジテック・ケアテックとは?市場規模や背景

AgeTech(エイジテック)は「高齢者や高齢者の生活を支える人々のニーズ・ウォンツを中心に構築され、デザインプロセスの過程で包摂されるのが望ましいデジタル技術」と定義されています。

エイジテックとしては、日常生活において必要なことはもちろん、生活にマストではないけどやりたいこと、つまり潜在的なニーズを含めた顕在ニーズ・ウォンツを叶えるさまざまなオペレーションが、デザインプロセスの中にしっかり溶け込んでいることが重要だと言われています。

CareTech(ケアテック)はCare(介護)とTechnology(テクノロジー)を掛け合わせた造語であり、介護現場で働く方々をAI、IoT、ICTなどの製品サービスで支援することを指します。エイジテックのほうがより幅広い概念としてとらえていただければと思います。

介護市場の成長性

出典:登壇者資料

高齢化社会におけるエイジテック、ケアテックの重要性は言うまでもありません。人口動態を見てもわかるように、少子高齢化は進む一方です。

いわゆる「2025年問題」と言われますが、団塊世代全員が75歳以上になる2025年から2040年に高齢者人口がピークを迎えます。

出典:登壇者資料

それにともない、現在15兆円規模の介護市場は2025年に20兆円、2040年に33兆から40兆近くまで伸びると考えられています。

一方で巨大プラットフォーマーは現れていません。弊社も在宅介護に特化しています。非常に大きなマーケットではあるのですが、全体を包含するのが難しい市場でもあります。

世界のエイジテックマーケット

出典:登壇者資料

さらに世界に目を向けると、エイジテックマーケットはかなり大きく、2025年には2.7兆ドルになるという見通しもあり、これから伸び続けるマーケットだと思われます。その背景にあるのは、もちろん世界的な高齢化です。

現在、日本は世界一の高齢化率で2030年には30%を突破すると言われていますが、韓国でも急激に高齢化が進んでおり、そのうち日本を抜いて40%を突破するという数字も出ています。

今後、世界的に高齢化が進むことでエイジテックの需要は一気に拡大すると予測されます。まさに今、エイジテックは黎明期を迎えており、15~20年後には産業として発展していくと思いますので、研究・開発含め、今が参入のチャンスと言えるでしょう。

出典:登壇者資料

また「高齢者ほどお金持ちだ」とよく言われますが、ミレニアル世代の10倍というデータもあり、この領域をどのように開拓していくかが非常に大事になると思われます。

在宅介護を求める高齢者が増えている

エイジテックが求められる背景として、高齢者の多くは家で過ごすことを望んでいるということがあります。

身体機能が衰えたとしても、老人ホームなどの施設ではなく、長年暮らしてきた自宅で余生を過ごしたいという方は日本・アメリカで70%以上です。しかし在宅介護には、設備や訪問介護などの難しさがあります。そこでテクノロジーの出番です。

出典:登壇者資料

実際に日本で在宅介護の利用人数はすごく増えており、2014年から2025年でプラス143万人。それに対して施設介護の利用人数はプラス64万人です。

介護=老人ホームのイメージが強いと思いますが、実は施設介護はマイノリティで、在宅介護のほうが圧倒的に多いです。

顕在化している、介護業界の大きな課題

在宅介護のサービス市場が拡大する一方、その支え手が足りていないという大きな問題があります。

昔なら絶対に採用しなかったような人も採らざるをえない状態になっており、介護の質の低下を実感しています。とくに地方では、人が致命的に足りていない状況です。

拡大する市場に対して、圧倒的に不足する介護従事者

出展:登壇者資料

2025年には需要に対して33万人の介護職員が不足すると考えられています。1人の介護職員が担当する要介護の高齢者はけっこうな数なので、33万人足りなければ何百万人もの高齢者の介護ができなくなるという事態が起こります。

もう1つの問題として、介護業界の多くは中小企業で、そのほとんどがITを使っていません。使用率を少し上げれば、数千億円が浮くとも言われていますので、国家課題として中小企業のICT化推進の支援をやっていくべきだと思います。

介護を担う人々の高齢化

出展:登壇者資料

一方、介護を支えている方々の高齢化も急激に進んでおり、ITリテラシーの問題もあります。介護職員の平均年齢が50歳を超えているところもあり、世代交代も大きな問題です。
今後20~30代の方を増やせれば、世代交代も叶い、IT化も進むのではないかと思います。

QOLに最も影響を与えるのは、家族や友人とのつながり

加えて、エイジテックの必要性として、人とのつながりが挙げられます。

社会的孤立は認知症や身体機能の低下にもつながります。家族や友人と日常的に会話がある状態が非常に大事で、QOLも圧倒的に上がり、寿命にも関わってきます。

近年、SNSの普及により若い方のつながりはすごく増えていると思いますが、高齢領域のつながりはまだテクノロジー的にサポートされていません。

とくにコロナによって訪問介護が難しくなったこともありますが、一人暮らしの高齢者のつながりをつくることが非常に重要だと思います。

そのようなコミュニケーションやライフログの管理にテクノロジーを用いることで、健康維持にも役立つと言えます。

国内外で広がる、エイジテックの活用事例

これまで説明してきたエイジテックに関して、国内と海外の事例をご紹介します。

国内事例 -ICT活用により業務効率を改善-

出展:登壇者資料

大田区にある善光会いう特別養護老人ホームでは、ICT活用により、大幅な業務効率化に成功しています。ケア記録システムの導入により、申し送り業務は数百分単位で圧縮され、巡回・見守り中心に業務効率が4割近く改善できています。逆に着替えなど体を動かすようなところは、なかなか難しいということがわかります。

出展:登壇者資料

コニカミノルタさんの「HitomeQケアサポート」は、センシング技術を活用した事例です。居室の天井に行動分析のセンサーを取り付け、利用者の行動を見守るというもので、転倒などの注意行動を認識すると記録・通知されます。

また、センサーを通して会話ができるので、訪問して確認する必要がなくなり、現場の業務負担軽減を実現。取得したデータ活用し、PDCAを回すことでケアの品質向上へとつなげています。

さらにITが苦手な方のために、現場経験がある専門メンバーがケアテックの定着支援をサポートしてくれることが好評なポイントです。

出展:登壇者資料

パナソニックさんの「LIFELENS」は、睡眠・バイタルレベルをダッシュボードで一元化することで、業務時間の大幅な削減につながっています。

特徴的なのはシステム連携です。バイタルセンシングをベースに、介護記録やナースコールなどと連携しながらオペレーションを効率化していくのですが、最近のトレンドとしてもベンダーロックイン型の自社完結タイプよりも、このようなオープン系のほうが強くなっています。

海外事例 -高齢者の目線に立ったプロダクト開発‐

海外ではもう少し高齢者目線に立ったプロダクトがあります。

「SPEAK2FAMILY」は、Alexaのデバイスを使って音声メッセージの送信や緊急連絡ができます。文字を打ったり読んだりといったインタフェース上の問題がなくなるので、在宅介護において高齢者と介助者両方を支援できる、すごくいいプロダクトだと思います。

「ELLI・Q」は、マインドフルネス・エクササイズの提供や処方箋のリマインド、知人とのテレビ電話などいろいろできるのですが、音声をキーにコミュニケーションができる、おもしろいプロダクトです。

他の事例としては「ianacare」というプロダクトがあります。

ケアをおこなう人のつながりをつくり、おこなったケアの内容を共有したり、予定を入れて子どもの見守りやペットの見守りなどを依頼したりできるアプリです。BtoBサービスとしても、文書を含めたやりとりをできる点がすごくいいと思います。

日本で在宅領域の全法人が同じアプリを使うのはかなり難しいのですが、絶対にあったほうがいいサービスだと思います。

「Livindi」はモニタ端末を通じて、家族や医師、セラピストとのダイレクトにコールができるほか、センシングして心拍・睡眠状態を把握できるものです。端末価格は高めですが、家族と専門職の方とで見守っていくシステムになっています。

このあたりも日本ではまだ発展途上で、これから伸びてくる領域だと思います。弊社でも研究開発をおこなっていますが、コロナの影響もあり、非接触での医療・介護はますます求められていくと思います。

エイジテック普及・発展のために

エイジテック普及の障壁としては「デジタルデバイド」「UI」「規制」の3つが挙げられます。

デジタルデバイドは、高齢者が先端のテクノロジーに慣れていないこと、利用できる環境にないという問題です。BtoBであれば会社が業務システムとして実装してしまえばいいのですが、BtoCは活用面でのハードルが高いです。

プロダクトのUIには、高齢者が使うことが主眼とされないという問題があります。高齢者は目が見えづらくなり、身体機能が若者と違うので、UI/UXには配慮が必要です。

規制関連では、社会保障領域のため、生命や健康に影響を及ぼすプロダクトとなると、個人情報保護などが医療機器系の扱いに近くなってきます。規制が入ると小さなベンチャーがやるには厳しくなります。

各国の状況

出展:登壇者資料

これらの障壁に対して、各国はさまざまな政策を実行しています。

アメリカは社会福祉法案を下院可決し、大量に資金を投入しようとしています。イギリスは「孤独」の担当大臣を設置し、社会保障費を圧縮して予防対策までおこなっています。また、自立支援に対して巨額のファンドも存在しています。

カナダはイノベーションの推進とテクノロジーへの資金提供、オーストラリアは自立支援促進のための軽減機器・サービスを推奨。イスラエルはスタートアップやテクノロジーの支援をしています。

私は「竹槍介護ではもうもたない」とよく話しますが、介護業界は気合と根性でなんとかしようとする事業者がすごく多いです。各国を見ていても、テクノロジーで介護現場の人たちの負担を軽減していく、法律として政策上やっていくことが非常に重要だと、明確に言うべきだと思っています。

出展:登壇者資料

エイジテック発展のために必要なのは「政府の積極的な投資」と「規制・政策の転換」です。

いわゆる社会保障であり、自由市場とは異なっているので、政府が積極的に投資しない限り、エイジテックやケアテックの業界が繫栄することは難しいと思っています。諸外国同様に財政支援をすべきだと、ケアテック協会から明確に提言しています。

ベンチャー/VCに投資を促進するような政策・財政支援も必要です。加えて機動力と現場感があるベンチャーの育成も同時にやったほうがいいと思います。

規制・政策という点では、医療・介護はオペレーションがルールでがっちりと縛られているので、全体でDX促進するような制度構築を徹底的にやる必要があるということです。
ケアテック領域には財政的な支援がまだ入っていませんが、この領域に保険適用の制度設計が入ってくると劇的に竹槍介護から脱却できるので、すぐに政策転換が必要だと思います。

そして要配慮個人情報を扱う場合の体制やオプトインの必要性なども議論されなければなりません。

介護保険事業における今後の施策の3つのポイント

出展:登壇者資料

また、介護領域でテクノロジーを広げていくには「業務プロセス改革」「介護機器認証制度の新設」「ケアテック人材育成のスキーム」の3つのポイントが大事だと考えています。

業務プロセス改革では、テクノロジーで業務の一部を代替するだけではなく、そもそもテクノロジーを織り込んだ場合に、ベストな業務プロセスとは何か、従来のオペレーションを見直し新たな枠組みをつくることがすごく大事です。

介護機器認証制度の新設では、ケアテックの製品の基準や、様々な機器と連動するための項目などを認証制度に入れて、標準化することが今後求められると思います。

ケアテック人材育成のスキームについて、今は法定内研修に介護現場におけるIT活用の研修がありません。研修でやっていないので使わなくてもいいと思われがちなので、厚労省が人材育成の過程でIT活用をしっかりと織り込んでいくことが重要です。

ITを敬遠しがちだった介護領域ですが、コロナ禍を経て、IT化がマストだと考える方が非常に増えた感覚があります。

時期としては本当にチャンスで、2024年度の法改正に向けてこの育成スキームを織り込むことで、業務プロセス改革がなされ、ちゃんとした機材が現場に導入される未来が見えてくるはずです。

スマート地域共生社会の実現へ

出展:登壇者資料

これまで各国の事例も含めお話しさせていただきましたが、今後高齢化が世界的に進展していくのは確実なので、この機にケアテック産業を振興させて、日本が世界市場を牽引していくべきだと思っています。

中国はあまり高齢化が進んでいませんが、最近IoTを在宅領域で展開するなど力を入れ始めているので、負けたくないなと。ここはオールジャパンで頑張っていきたいということはお伝えしたかったポイントです。

出展:登壇者資料

最後に、ケアテック協会から国に対して提言した「スマート地域共生社会」をご紹介します。

行政に始まり、移動支援、見守り、購買活動といった生活や健康のサポートから、趣味や就労といったコミュニケーションや生きがいのサポート、医療・介護のシステムの連携。
テクノロジーをありとあらゆるところにしっかりと入れることによって、高齢者が安心して暮らせる社会になることはもちろん、兆単位でのインパクトが出せると思っています。

その浮いたお金を子どもたちや少子化解決のために使えれば、もう少し日本の未来が明るくなるのではないでしょうか。

テクノロジーを活用することでいろいろな人がつながり、介護が必要なくなる世界を少しでも多くの人に届けられるといいなと思います。

質疑応答

講義の後には質疑応答もおこなわれ、多数の質問が挙がりました。その⼀部をご紹介します。

Q.介護者不足の対策が必要だと思いますが、逆に人が介助しなくてもいい、新しい介護の形は考えられるでしょうか。
A.介護ロボットのような身体的な介助をするものは現状あまりうまくいっていません。人間の体を扱う対人ケアには、予測不可能なものがあります。技術的にも今のところ難しいというのが正直なところです。

ただ、トイレの介助は人ではない方が、受けている方は精神的に楽だと私は思うので、研究開発はあまりされていない領域ですが、テクノロジー化できるといいと思います。

また、介助を必要としない新しい介護でいうと、終末期のケアが当てはまるかもしれません。日本では賛否両論あるかと思いますが、安楽死を認めているスイスやオーストラリアのスタンスになりますが、最もケアが大変な終末期に至ったときに、介護を必要としないとあらかじめ意思決定できるようにするということは、考えてもいいのではないかと思います。
Q.「孤独」を解消することが大きなファクターになっているかと思いますが、何か有効な対策はあるのでしょうか?
A.成功事例はまだあまりないのですが、優先順位としてはすごく高い問題だと思っています。

高齢者の孤独とADLの低下や認知症の悪化には相関もみられ、この問題を抑えない限り要介護の方は増える一方です。介護現場の業務負担軽減のためにも取り組む必要があります。

ただ、介護予防には時間がかかります。ここに資金投入するためには、国のトップが孤立をなくすという意思決定と説明をしっかりおこない、政策として正面からやるべきことだと思います。

また、ビジネスモデルとしても難しく、定年退職した方々のコミュニティでマネタイズというのはまだ実現できていませんが、高齢者向けのSNSはITリテラシーがある方々の年齢が上がってくると可能性が出てくると思います。
Q.介護領域は、ITリテラシーやマネタイズといったビジネス面のハードルが多いと思います。会社を立ち上げて、どのように社会課題解決とビジネスを両立させてきたのでしょうか?
A.弊社では収益用の事業と理念ベースの事業を完全に分離させています。

高齢領域は儲からないイメージが強いのですが、実は一定の領域だとすごく儲かります。地方の生活保護者向けの老人ホームの運営会社は、経常利益率が衝撃の30%台だったりします。

ただ社会課題解決のため、国民のためにやったほうがいいことに対しては、本質的な課題可決につながるが政策上なかなか実現が難しい領域もあります。孤独対策や介護予防はまさにその一つです。

政策もそうですが、お金になるところとお金にならないところをしっかりと見極めつつ、日本のためになることはしっかり中長期で狙いながら、ロビーイングして市場をつくっていくことができるといいなと思います。

質疑応答を終えた鹿野氏は、最後に「スマート地域共生社会という、高齢社会丸ごとDXし、より豊かな社会を実現させるために、できる限り多くの方と一緒に取り組みたい」と締めくくられました。

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