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2021/11/11 開催 セミナーレポート 2022/8/3更新

デジタルヘルス第一人者が考える 「ヘルスケア×新規事業」の進め方と3つの新戦略

「ヘルスケア×新規事業」の進め方と3つの新戦略

今、医療/ヘルスケア領域での事業創出が改めて注目を集めています。コロナ禍で一気に加速したオンライン診療に加え、未病/健康/Well-being領域の広がり、治療用アプリの薬事承認、病院/クリニック/薬局のDX、AI画像診断技術の実装など、様々なトレンドと事業機会が期待される一方、特殊な業界ゆえに実際の事業立ち上げやマネタイズに苦労している企業も多いのではないでしょうか。

今回は、自らも様々な新規事業立ち上げに挑戦する加藤浩晃氏をお迎えし、ヘルスケア領域で事業開発を進める上でのポイントや業界の未来を見据えた新戦略など生きたナレッジをお話しいただきました。

Speaker

加藤 浩晃 氏

加藤 浩晃 氏

デジタルハリウッド大学大学院 特任教授
東京医科歯科大学医学部 臨床教授(2022年4月より)
アイリス株式会社 共同創業者 / 取締役副社長CSO

医師、一橋大学MBA。専門は遠隔医療、AIなどデジタルヘルス。眼科専門医として1500件以上の手術を執刀、手術器具や遠隔医療サービスを開発。2016年厚生労働省に入省し、医政局室長補佐として医療ベンチャー政策立案などに従事。退職後、オンライン診療や治療用アプリなど数多くの事業開発を行いながら2017年にアイリス株式会社を共同創業。複数の医系大学で教員を務めるほか、厚生労働省医療ベンチャー支援(MEDISO)アドバイザー、経済産業省Healthcare Innovation Hubアドバイザー、上場企業の社外取締役など。著書は『医療4.0』など40冊以上。「医療現場」「医療制度」「ビジネス」の3領域を横断的に理解し、ヘルステック領域の事業開発や支援を行っている。

日本の医療の現状と課題

これまで医師として行政機関や医療ヘルスケア領域の企業などと幅広く携わるなかで、私が感じているのは「医療やヘルスケアはビジネスでもっと加速できる」ということです。本日は「医療ヘルスケアの事業開発」がテーマですが、まずはその必要性や現状の課題、解決の方向性からお話ししたいと思います。

日本の医療の課題としては、大きく三つ挙げられると思います。

  1. 医療提供の格差
  2. 医療費の高騰
  3. 医療者の労働環境

まず「医療提供の格差」は、地域によって高齢化の進度と医療需要の差が大きく異なるため医療提供に差が生じ、今後誰もが同じようには医療を受けられなくなるということです。医師の数が少ない地域には、何かしらアプローチが必要になってくるでしょう。

次に「医療費の高騰」は、高齢化による医療受給需要の増加と医療の高度化が主な要因ですが、疾患構造の変化も影響しています。継続的な投薬や通院が必要な生活習慣病関連の患者さんが年齢とともに増加し、医療費も高騰していくという構造です。この改善には、個々人の行動変容が大切になってきます。

最後に「医療者の労働環境」です。医師の数は増えているものの診療科や地域によってその差は大きく、1週間で100時間を超えて働く医師が3〜4%もいるのが現実です。2024年の4月から医師の働き方改革が始まりますが、医療体制は大丈夫かといった懸念もあり、ここは早急に解決が必要な問題となっています。

本日のテーマでもある「テクノロジーの活用」は、この解決策の一つとしても期待されているポイントです。

ヘルスケア領域のポテンシャルとデジタルヘルス

健康・予防、医療、介護という医療ヘルスケア領域の市場は、2025年には合わせて100兆円ぐらいになると言われています。また2030年に向けて、卸・小売、製造業、医療福祉、鉱業建設業という上位4産業で比較したときに、就業人口が増えていくのはこの医療福祉だけだとも言われています。

「医療・ヘルスケア産業の2025年の市場規模」と「2030年の産業別就業者数」
出典:経済産業省・厚生労働省・総務省統計局資料より登壇者作成

ヘルスケア産業と言われるものは、公的医療保険の外と位置付けられています。内容としては食、運動、測定、旅行サービス、癒し、予防、睡眠、終活などが該当し、これらを合わせて2025年には約33兆円規模になると算出されています。

デジタルヘルスとは?

簡単に言えばデジタルテクノロジーを活用した医療ヘルスケアサービスのことです。

先ほど挙げた医療業界の課題に対してデジタルテクノロジーでできることは、オンラインによって距離や時間の制限をなくすこと、処理速度を向上させることだと私は考えています。具体的には遠隔医療や治療用アプリ、AppleWatchの医療機器アプリのようなウェアラブルデバイス、AI内視鏡が例として挙げられます。

デジタルヘルスのサービスの分類
出典:登壇者資料

日本の「デジタルヘルス元年」と言われた2011年から10年が経ち、いよいよデジタルサービスが広がっていく段階に入ってきました。デジタルヘルスの動きは多岐にわたり、デジタルを活用した事業に取り組み始めるなら市場が伸びているまさに今がタイミングです。異なる業界の方がヘルスケア領域の新規事業を考えてみるのもいいと思います。

ヘルスケア×新規事業の新戦略

事業開発と持続的成長

ここから本題に入りますが、まず私のスタンスとして、ヘルスケアビジネスの開発と持続的成長に関して意識していることが三つあります。

一つ目は0→1で開発する際、まず社会や医療現場に受け入れられるか。二つ目として制度は大丈夫か。三つ目はビジネスとしてきちんとマネタイズできるかということです。加えて未来の視点として、社会構造の変化、医療政策や人々の価値観の変化に注目することが持続的成長につながると考えています。また両方に共通してテクノロジーの進歩は忘れてはいけません。

ヘルスケアビジネス開発と持続的成長
出典:登壇者資料

「Idea」「Check」「Strategy」「Decision」で考える

医療・ヘルスケア領域の事業開発の考え方
出典:登壇者資料

医療ヘルスケア事業の考え方として私は上のようなステップで実行していますが、まず「Idea」の段階でたくさんアイデアを出すことを大切にしています。実体験からくる課題意識やヒアリングからニーズを探ったり、製品の事例や最新のビジネスモデルなどから考えたりしています。

例えば他領域で成功している事例から考えると、Uber Eatsのようなモデルであれば医者が患者さんの家へ行くサービス、ライザップのようなモデルなら顧問医師がついて3カ月くらいで身体改善・維持させるようなサービス、サブスクモデルなら定額のオンライン診療サービスなどが考えられます。

次に「Check」の段階、ヘルスケア領域のアイデアの絞り方ですが、まず押さえておきたいのは医療現場は独特のルールがあるということ。医師会や省庁などステークホルダーが多く、現場とのコミュニケーションがポイントとなります。また制度という点で、薬機法・医師法・臨床研究法などの法律を守らなければなりません。そして日本の医療は安いという事実があります。保険証があれば医療費の自己負担が3割という中で、例えば毎月5000円のサービスというのはなかなか難しいものです。ToCか、ToB(医療機関)か、そのサービスは誰がお金を払うのかというのも大事なポイントです。

「ヘルスケア領域のアイデアの絞り方<Check>」と「アイデアの絞り方<コンセプトを決める>」
出典:登壇者資料

そしてヘルスケアビジネスのコンセプトを決めるときには

  1. 誰がどのような課題をどうやって解決するのか、お金を出しても欲しいものか
  2. 競合品は何か、現在はどうされてるのか
  3. 儲かるのか、どう売上が成長していくのか
  4. なぜ自社でやるのか
  5. なぜ今なのか

というところがポイントになります。特に医療ヘルスケア業界は大小の課題があるので、本当にお金を出しても欲しいものかという点はしっかり意識するべきだと思います。よくありがちなのですが、テクノロジーありきで現場の課題に当てようとしてもなかなかうまくいきません。課題起点で話す必要がありますが、医療現場の課題や新規事業の事例をしっかり押さえなければならないので、まずは知見がある方に聞くのがいいと思います。

私はよく大企業から新規事業の相談も受けるのですが、「なにがなんでも儲かる新規事業をやらないといけない場合、どうしますか」と聞かれたら、次のように答えています。「新しいことは考えず模倣します。日本のベンチャーが既にやっていてPoCが終わりそうな事業と全く同じことをやります」と。それを大企業の新規事業チームの方のプライドが許すかどうかですが、儲けたいのであれば大企業のブランド力とリソースを生かして成功しているベンチャーと同じことをやるといいとお伝えするのです。

現在のトレンドと先行事例

最後に現在のトレンドと先行事例をご紹介します。
テクノロジーの進化+新型コロナウィルスによる生活様式の変化で社会が大きく変わったのは言うまでもありませんが、新たな社会が新たな需要を生み出していくこれからは、まさに新規事業にとってチャンスだと思っています。

オンライン診療の現状とこれから

新型コロナウィルスによって変化したことは、活動の場所と時間の使い方だと思います。医療現場でも、新型コロナウィルスの特例措置としてオンライン診療が2020年の4月に解禁され、現在も続いています。しかし日本のクリニックは約10万件、病院は約8000院あるのですが、オンライン診療実施の届けを出しているのは15.4%です。この数字は、いわゆる市場にサービスを普及させるために超えるべきキャズムに届いていません。次の診療報酬改定で変わることも期待されていますが、CD‐RでMRIの画像を渡したり、連絡手段がFAXだったりするのが日本の医療現場の現状でもあります。

オンライン診療とは、正確にはオンライン診療とオンライン受診勧奨、そして遠隔健康医療相談の三つに分かれています。診療と相談の違いは何かというと、医療行為かどうかです。診療は医療行為なので医療法で決まっていますが、健康相談は医療行為ではないので企業のサービスとして提供することができるのです。

オンライン診療と遠隔健康相談
出典:登壇者資料

これからオンライン医療ファーストの時代になっていくと思いますが、診療か相談かというのは一般の人にはわかりにくいと思います。だから体調になにか不安があったら、まずはWebで調べて、診療か健康相談かは医師が話を聞いて決める。企業は健康相談を受けて診療であればクリニックに渡すというような流れとなり、健康相談の窓口はもっと広まっていくと思っています。

オンライン診療はリアルタイムの対面診療で、ビデオ電話で行うことが決められていますが、健康相談に関してはそうした決まりもありません。チャットでもビデオ電話でも相談形態は自由です。

医療領域かヘルスケアか?

またサービスとして提供するなら、医療領域とヘルスケア領域はどちらがいいかということもよく聞かれるのですが、医療領域とヘルスケア領域は単純に二択ではなく、診断治療製品、医療システム、患者システム、個人サービスの四つに分類されると私は考えています。

医療領域かヘルスケア領域か?
出典:登壇者資料

医療領域は、診断や治療において医師が診療のために使うサービスのことを指すので、ビジネスとしては難しい領域となります。一方、電子カルテやオンライン診療のプラットフォームサービスなど、クリニックで使うサービスは医療機器ではありません。つまり雇用サービスや労務管理サービスといった普通の企業で導入されているものも提供可能です。患者さんのシステムとしても、治療アプリで病気を治すというものだと医療機器に当たりますが、記録するだけ、疾患啓発するようなものは医療機器ではありません。また、医療機器は物だけではなくアプリも該当し、疾患の治療や診断予防に使われるようなソフトウェアもしくはソフトウェアが記録されている媒体はプログラム医療機器といわれています。

医療機器かヘルスケアかというのをわかりやすく説明すると、例えば健康データを記録するアプリの場合、開発目的が「病気を見つけることができる」であれば予防は医療なので、医療機器プログラムに当たります。一方、開発目的が「データ管理だけ」だと、ヘルスケアアプリとなります。

ヘルスケアアプリの中身として、疾患管理アプリと私が呼んでいるものがあります。疾患啓発や服薬管理、生活習慣改善、治療モチベーションの維持など、治療を目的としないものです。例えば、アステラス製薬の食生活改善サポートやファイザーのがん支援アプリ、塩野義製薬の症状記録アプリなど様々ありますが、これらは医療機器ではないので、ゲーム会社の方が作られていたりします。なかでもwelbyは、様々な製薬企業と共同で複数のサービスを開発しています。そのほか、キャラクターを用いた糖尿病の管理アプリやLINE公式アカウントを活用した禁煙支援など、多様なアプリ・サービスが広がっています。

国内で進んでいる管理アプリ・サービス
出典:登壇者資料

このように医療・ヘルスケア問わず、デジタルサービスが加速しているということをお分かりいただけたと思いますが、あらためてヘルスケアビジネスを開発するときには現場と制度とビジネスという三つを押さえる必要があり、医療ヘルスケア業界のノウハウが必要です。私自身もこの業界については知見をもっていると思うのですが、詳しいことはわからないこともあります。そのようなときは人に聞きながら事業を進めています。つまり、この領域での事業開発においてはノウハウも必要なのですが、「Know Who=誰と繋がってるかとか、誰に相談できるか」というところが一番大事なのではないかと思います。

ヘルスケアビジネスの事業開発と持続的成長
出典:登壇者資料

質疑応答

講義の後には質疑応答も行われ、「オンライン診療の今後」や「パーソナルヘルスレポートの利活用」についてなど多数の質問が挙がりました。ここでは質疑応答の一部をご紹介します。

Q.オンライン診療がキャズムを超えるためには、診療報酬改定が一つのポイントになると思いますが、他にはどのようなことがポイントになると思われますか。
A.実はオンライン診療も地域によって差があり、山形県や岩手県は50%近くで導入されています。これは営業していて感じたのですが、オンライン診療サービスというのは隣のクリニックが導入していると、導入したほうがいいと思われる傾向があります。つまりエリア戦略としてローラー作戦でやっていくというのが導入を増やすポイントになると思います。また、現状ではオンライン診療の方が診療報酬は安いです。少なくとも同じぐらいの額になればもっと広がっていくと思います。
Q.プログラム医療機器と非医療機器、それぞれメリットがあるかと思いますが、企業によってどちらがいいといったポイントはあるでしょうか。
A.プログラム医療機器と非医療機器で、どう儲けていくのかという話になります。例えば製薬企業であればその薬のシェアを獲得したり、その薬の処方を増やしてもらったり、薬の売上を上げるためにアプリを活用していると認識しています。製薬企業以外の場合は、製薬企業と組んでお金をもらいながら、サービスを開発するという方法もあるでしょう。また、記録アプリで効果を上げて治療用アプリを目指すというやり方もあると思います。医療機器として広がれば保険診療によって売上を作っていくということも可能になると思います。
Q.PHR(パーソナルヘルスレコード)利活用の世の中で、マイナポータルからそうした検診医療情報が見れるようになると、どんな可能性が開けそうでしょうか?
A.2021年10月から、40歳〜74歳の方は特定健診の情報や病院での処方歴が見れるようになります。さらに2024年頃には、病院で受けた採血データや検査データ、CTとかMRIの画像などもマイナポータルの方で見れるようになる予定です。

ただし多くの人はマイナポータルを見ないですよね。だから、API連携によって自分が使いやすいアプリで見られるようになるというのがこのPHR利活用のトレンドです。これが実現すれば、個人のヘルスケアサービスを提供者に取って代わることができるでしょう。
2025年ぐらいになると医療の環境は大きく変わっていると思っています。その動きがわかると、個人の行動変容や健康相談などのサービスの高度化にもつながっていくと思います。

最後に加藤氏から、サービス開発にはやはり現場が必要だと感じ、クリニックを開設する予定であること。ここで、企業の方と一緒にクリニックのサービスなどを開発していきたいと考えているとのご案内で締めくくられました。

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デジタルヘルス関連でのご相談事例(※イメージです)

  • デジタル治療で今後注目されそうな領域や技術
  • 医療廃棄物の市場規模と将来性
  • 臨床開発業界におけるデジタル化について
  • 異業種からオンライン診療に参入する場合に想定すべきリスクと対策
  • 調剤薬局業務のデジタル化の先行事例 等

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