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2022/6/20 開催 セミナーレポート 2022/8/22更新

エキスパートと探る 未来の事業機会 vol.5 サービスロボット-仕事と暮らしにおけるWell-being実現に向けて-

サービスロボット-仕事と暮らしにおけるWell-being実現に向けて-

これまでは主に工場などで活躍することが多かったロボットたち。その活用範囲はどんどん広がり、現在では小売飲食、医療/介護、物流、観光、農業などの分野において「サービスロボット」として、私たちの暮らしを支えています。

サービスロボットの活用は今後、ますます広がっていくことが予想されますが、技術のみに着目するのではなく、何のためにロボットを使うのか、どのような課題解決を目指すのかを定めて、事業機会を考えなければなりません。

今回は、ロボティクス技術の活用によって生産性とQOLの向上が両立した社会を目指すパナソニックの安藤健氏をお招きして、企業の先行事例などを踏まえながら、Well-beingを実現するロボットビジネスの展望をお話しいただきます。

Speaker

安藤 健 氏

安藤 健 氏

パナソニック ホールディングス株式会社 ロボティクス推進室室長/博士(工学)

早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科を経て、2011年にパナソニック(現パナソニックホールディングス)入社。
ヒト・機械・社会のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発から事業開発まで責任者として従事。ロボティクス技術を暮らしに活かす共創の場「Robotics Hub」やWell-beingのための技術の研究開発を行う「Aug Lab」の責任者も務める。
日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員、ロボットイニシアティブ協議会副主査なども歴任。

サービスロボット市場の現在

市場は拡大しつつあるが、アプリはまだ限定的

自動車や電気・電子産業で使われている産業用ロボットとは違い、サービスロボットは「なかなか普及しない」と言われています。

しかし、4大ロボットメーカートップレベルのファナック社と、産業用ロボット以外のロボットメーカーの代表格と言われているインテュイティヴ・サージカル社の2021年度の業績を比較すると、売上高はほぼ同じ、利益率はインテュイティヴ・サージカル社の方が年々高くなってきています。

もしかすると、2026年頃にはサービスロボットの市場の方が大きくなっているかもしれません。

売上規模が拡大する一方、アプリケーションの普及はまだ限定的です。手術ロボット・家庭用の掃除ロボット、物流現場のロボットなどに限られており、一般的にはまだ広く使われていないのが現状です。

サービスロボットに求められる非定常な業務

なぜサービスロボットの広がりが限定的になっているのか。

産業用ロボットと比較していきます。

産業用ロボットとサービスロボットの差
出典:登壇者資料

ロボットが得意とするのは、高速・高精度で同じ作業を繰り返す行動です。

しかし、サービスロボットに求められる現場、たとえばレストランでは、作業中にお客さんからオーダーが入るなど、中断・割り込み業務が多々発生します。定常的な業務は少なく、これがサービスロボットの開発を難しくしている一つの要因でもあります。

その代わりスピードは重要でなく、安価で、より環境に対してロバスト(頑強)であるところも強く求められるようになってきていると感じています。

DXだけでなくRXへの変革が必要

そこで大事なのが「RX(Robot Transformation)」という考え方です。

たとえば、アナログ作業のデジタル化はDigital Transformationではなく、単なるDigitizationです。

ロボットも同じで、今まで製造業の少品種大量生産の場面においては、Robotizationによって経営効果が生み出されてきました。しかし、先ほどのレストランの例のように中断・割り込み業務が多い対人サービスにおいては、単純に人作業をロボットに切り替えるだけでは不十分でコストも見合わないのです。

「ロボットで業務をどう変えるのか」という部分が非常に大事で、RXへの変革ができない限り、おそらく(サービスロボットが)身近で使われるようにはなってこないと考えています。

スマイルカーブ両端にもビジネスチャンスはある

事例を交えながらロボット業界のビジネス構造についてお話ししていきます。

ロボット業界のチェーン構造
出典:登壇者資料

ロボット業界のチェーン構造には、多くの異業種が関わっています。産業用ロボットもサービスロボットも構造自体は大きく変わりませんが、新しいサービスロボットの特徴としては、これまで中心だった自動車や電気産業の工場内とは違った場所や領域で活用されている点にあります。

では、サービスロボットがどのような領域で活用されているのかを一部ご紹介します。

  • 農業分野:アスパラガスやピーマン、野菜の収穫など
  • 食品分野:豆腐などの柔らかいものを扱ったり、蕎麦などの茹で上げる温度の調整をしたり、包装や調理などをしたりする。
  • テール・ビルマネジメント分野:品切れやPOPのチェックなど、AIなどを組み合わせながらリテールの効率化を促進。また、掃除や警備など
  • 物流分野:倉庫内でのピッキング作業など

このようにサービスロボットの可能性は高まってきています。

ただし、従来の製造現場以外に活用が広がったときに、これまでのチェーン構造の活動をそのまま展開できるのかというと、決してそうではありません。

部品ひとつとっても、豆腐のように柔らかいものを掴むには技術が必要になりますし、オペレーターの訓練もいります。また、何かあったときのために保険をどう準備しておくのかなど、ありとあらゆる業種の方々が、この新しいサービスロボット市場の勃興に対して、ビジネスチャンスがあると思っています。

マネタイズのポイントは「導入のしやすさ」

これまでの産業用ロボットは「売り切りモデル」が主流でしたが、マネタイズの方法はどんどん多様化しています。

冒頭でお伝えしたインテュイティヴ・サージカル社の利益率は40%を超え、売上の内訳はロボット本体が30%、残りのほとんどは消耗品です。

いわゆる髭剃りモデルのように、消耗品を大量に使う中で収益を伸ばしたり、保守管理やトレーニングをしたり、さまざまなマネタイズのポイントをミックスさせながら、収益の規模を伸ばすことが意識すべきポイントだと言えます。

ビジネスモデルのトレンド
出典:登壇者資料

また、世の中にはさまざまな「as a Service」モデルがありますが、ロボット業界においても、定額利用や成功報酬など、ロボットを活用したRaaS(Robotics as a Service)モデルが生まれつつあります。

たとえば、自動野菜収穫ロボットの「inaho」は、市場の取引価格×収穫量の一部を利用料とするビジネスモデルです。そうすることで、大規模な農家ではなくてもロボットを導入しやすくなります。ビジネス視点で考えると、この「導入のしやすさ」は非常に重要だと思っています。

失敗から学ぶ、事業創出のために必要なこと

ロボットの“魅力”を引き出し“魔力”と戦う

サービスロボット市場の可能性についてお話してきましたが、我々も数十年に渡って取り組んできて、ロボットには“魅力”あるいは“魔力”とも呼べる力の存在を感じています。

「いかに魅力を引き出し、その魔力と戦っていくか」。そこに成功のカギがあり、事業創出においては、以下の2点が大事だと考えています。

  1. ロボットへのこだわりを捨てる
    とくに技術者はロボットへのこだわりを捨てなければ、トランスフォームはできない。理由は簡単で、クライアントは「ロボットが欲しい」とは1ミリも思っていない。
  2. サービスのモノづくり化
    今こそ日本のモノ作りの力を徹底的に発揮するチャンス。発揮することで強いビジネスモデルが生まれる。

クライアントの悩みを一緒に解決する姿勢が大事

この2点について、パナソニックの取り組みを紹介しながらお伝えしていきます。

自律移動技術を活用した搬送ロボット
出典:登壇者資料

この「HOSPi」は、センサーから情報を読み取り、障害物をよけながら病院内で薬剤を搬送するロボットです。安心安全に目的地まで運ぶ技術はパナソニックが鍛え上げてきたコアな技術ではありますが、現場が欲しいのはその技術(ロボット)ではなく課題のソリューションです。

ロボット事業はソリューション事業、もしくはコンサルティング事業だと言っても過言ではないくらい「クライアントの悩みを一緒に解決する」「現場の改善を起点にする」姿勢が非常に大事だと考えています。

現場の改善を起点にしたソリューションによる貢献

病院経営貢献に向けた業務分析とコンサルティング
出典:登壇者資料

では、どのように実現していくのかというと、我々は先ほど「サービスのモノ作り化」を大事にしているとお伝えしましたが、まずは現場でおこなわれている薬剤師の作業や導線をカメラやストップウォッチを使って徹底的に分析していきます。

これらの分析やシミュレーションによって、課題を構造的に捉えていきます。

すると「忙しい、薬なんか運んでいる場合ではない」といった現場が抱える課題の多くは、レイアウトを変更したり、在庫をコンパクトにしたりするだけでも解決できることがわかってきました。

その際には、むやみやたらとロボットを売る必要はなく、「レイアウトを改善したうえで、さらにロボットを導入すると、空いた時間で服薬指導ができる」といった付加価値をお伝えするようにしています。

「ロボットにこだわらない」結果として、クライアントの役に立ち、チーム医療の一員として認めてもらうことで、さらに取り組みが加速すると考えています。

必ずしも完全自動化を目指す必要はない

それ以外にも気をつけないといけないのは、「ロボットは人の代わりに完全自動化しないといけない」という思い込みです。

追従型ロボティックモビリティPiiMoの概要
出典:登壇者資料

一例として挙げるのは、追従型ロボティックモビリティ「PiiMo」です。完全無人ではなく、お客様へのサービス提供と移動支援業務の省力化の両立を目指し、WHILL社と共同開発をおこないました。

空港で車いすを利用するお客様には、スタッフのサポートが必要です。PiiMoはスタッフが操作する先頭の1台に続き、残りの2台が一定の車両間隔を保ちながら追従(カルガモ走行)します。

ロボット屋からすると、つい車両すべてを全自動にしたいと考えがちです。

しかし、空港のスタッフにとっては、たとえ忙しくてもお客様とのコミュニケーションは大事な要素であり、そこを削減してまで省力化することに意味があるのかと。結果的に3台に1人スタッフが付くことにより、コミュニケーションを十分に取りながら、移動サポートにかかる負荷を軽減できたため、クライアントの満足度につながりました。

効率・生産性以外の新しい価値の兆候

Well-beingな社会の実現を目指す

労働力人口が減り続けるなか、これからの社会では生産性が大事であることは間違いありません。

一方で「人間は何をするのか」を真剣に考えていかないと、ロボットの自動化を進めていったときに、ディストピア感あふれる日常生活になってしまうのではないでしょうか。

世の中には、自動化したくない、自分でしたい部分もあり、そこをいかにロボティクスでサポートするかが、これからの社会において非常に大きな意味を持つと思っています。

目指したい社会
出典:登壇者資料

最近では、身体的・精神的・社会的に良好な状態をウェルビーイング(Well-being)という言葉で表されます。

このうちの1つである「身体」について「歩く」「食事する」などフィジカル面のサポートについては、これまでも多くおこなわれてきました。

そして「精神」。「人と人とのポジティブなつながりをどのように作っていくか」に関してはまだまだ課題があり、これからサービスロボット分野のプレイヤーたちが、臨んでいかなければいない部分ではないかと考えています。

ロボティクスで挑戦するWell-beingの実現

それでは、我々がWell-beingの向上を目指して開発したプロダクトの一部をご紹介します。

<TOU(ゆらぎかべ)>

部屋の外を流れる風に反応し、空間に自然のゆらぎをもたらす壁を開発。焚き火などの自然なゆらぎは「ぼーっと」する時間を生み出し、創造性を拡張します。人と人との繋がりは大事な一方、特にデジタルが充満する空間においては「1人で完結するウェルビーイング」も大切だと考えました。

<babypapa(コミュニケーションロボット)>

3体が連携し、歌ったり踊ったり、非言語のコミュニケーションを取りながら、子どもの成長を記録するロボット。ロボットの中にカメラを仕込むことで、自然な表情や瞬間を撮影できるだけでなく、写真のシェアリングが可能です。

コミュニケーションロボットと言われる領域ですが、我々が実現したいのは「人とコミュニケーションするロボット」ではなく、「人と人とのコミュニケーションを滑らかにすること」です。

babypapaの場合、撮影された写真を通してコミュニケーションが活性化します。このように、人と人を繋ぐきっかけが作れたらと考えています。

開発したプロトタイプ
出典:登壇者資料

間接的に課題解決するシーンが増えていく

さらにもう1点ご紹介するのは「UMOZ」という足の生えた苔ロボットです。

さまざまな苔の特性をプログラミングすることによって、好きな環境に動いていく。これも一種のコミュニケーションロボット、もしくはソーシャルロボットと言われるものです。

実際に使っていただいて「世の中にこんなに苔があるとは知らなかった」と話す方が多かったのですが、当然苔は昔から自然に生息しています。

それが、人間側の認知や知覚が変わることで、それまでまったく興味がなかったモノに対してどんどん興味が湧いてくる、これも新しいロボットの特徴の1つです。

ロボティクスは、たとえば義足のように失われた機能を補助したり生産性を向上したり、直接的に課題を解決する場面もあれば、「人の思考や考えにアシストしていく」といった一見何の生産性も上がっていないようなシーンでも活躍する場面が増えていくのではないかと考えています。

そういった意味では、まだまだ特定の領域でしか発展していないサービスロボットの市場は、非常に大きなポテンシャルを秘めていると思います。

質疑応答

講義の後には質疑応答もおこなわれ、多数の質問が挙がりました。その⼀部をご紹介します。

Q.ロボットビジネスの開発からローンチまでは、平均どれくらいでしょうか?
A.段々と短くなっており、今は3年くらいでしょうか。短くなった理由はさまざまですが、ハードウェアに関してはおそらく試行錯誤の段階で3Dプリンターが使えるようになったことと、もう1つはROSと呼ばれるOSSがかなり発達してきたこと。簡易的なプロトタイプなら、1ヶ月あれば十分な印象です。
Q.優れたRXをおこなうには、潜在的課題をRXと言える解決策へ変換する必要があります。実行に導くアイデアは、どのようなところから生まれますか?
A.2つあります。

1つ目は、顧客価値がどこにあるのかを追求することです。たとえば、顧客の課題をテクノロジーで解決できるのかどうかを掘り下げたときに「業務のやり方そのものを変える」ところにたどり着くことがあります。顧客視点を持って、何が一番の価値なのかを突き詰めることです。

2つ目は、モノ作りの力を徹底的に磨くことです。「トヨタのカイゼン方式」に近いのかもしれませんが、現場の業務分析を徹底することによって本質的な課題が見えてきます。原因にまでたどり着けるかどうかが、単なるRobotizationで終わるかRobot Transformationに行けるのかの違いだと思います。
Q.日本のセンシング技術は世界最高水準だと思う一方、中国製ロボットが増えている中、日本の強みを生かせる領域や期待されている技術はありますか?
A.中国製の配膳ロボットは典型的な事例です。

単純にメカやソフトのコスト競争になるとかなり厳しくなりますが、たとえば人間がお店に入ったときでもちゃんとコミュニケーションがとれるとか、邪魔にならないような場所で動けるとか、「人とのインタラクションをどう作っていくのか」については、日本が強みにできる部分ではないかと思っています。

以前、乗馬フィットネス機器が開発されたときに、中国含めて海外のメーカーが安価で売り出してきましたが、身体の健康具合を促進するお尻の揺らし方までは、海外製にはマネできませんでした。そこは、日本製だからこそできた顧客価値だったと思っています。

質疑応答を終えた安藤氏は、最後に「多くの業界のプレイヤーの方と、ぜひ一緒に取り組みを進めていきたい」と締めくくられました。

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