SPEEDA EXPERT RESEARCH

2022/2/22 開催 セミナーレポート 2022/8/3更新

エキスパートと探る未来の事業機会 vol.1 バイオエコノミー -バイオ技術で実現する新たな循環型社会-

バイオエコノミー -バイオ技術で実現する新たな循環型社会-

生物資源を有効活用した持続的な経済の仕組みを指すバイオエコノミー(Bioeconomy)。内閣府が2019年にまとめた「バイオ戦略」の中では、2030年に日本で世界最先端のバイオエコノミー社会を実現することを目標として掲げていますが、その具現化には多くの課題が残されています。

今回は、世界に先駆けてバイオエコノミーを推進するフィンランドでも研究活動を行う五十嵐圭日子氏に、バイオエコノミーの概念理解や国内外での先行事例を通して、日本が進むべき道をお話しいただきました。

Speaker

五十嵐 圭日子 氏

五十嵐 圭日子 氏

東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授 / VTTフィンランド技術研究センター 客員教授 / NewsPicks Expert

バイオマス変換酵素に関する研究で博士(農学)を取得。その後ポスドクとしてスウェーデン国ウプサラ大学で蛋白質の結晶構造解析を修得し、帰国後はバイオマスの利用と酵素研究を並行して進める。2016年にフィンランドで客員教授を始めてからは、フィンランドで基礎研究の実用化を学びつつ、日本ではバイオエコノミーの推進に努める。環境省、農水省、内閣府等での大型プロジェクト審査委員、推進委員、評価委員等多数。

なぜカーボンニュートラルが必要なのか、地球温暖化の現状と経済リスク

温暖化は確実に起こっている

実は何十年も前から指摘されていたことですが、地球温暖化は実際に起こっています。2005年から10年間の平均気温は各都市の1950年から30年間の平均気温に対して+約1~3℃と、地球全体の平均気温が上がっているというのは確固たる事実です。

これは日本も同様で、800年前からずっと4月10日頃だった京都の桜の満開日は近年どんどん早まり、2021年は3月26日でした。

自然界はすでに気温の変化に対応し始めており、私たちがこのまま何もアクションを起こさない場合、2100年に北極の気温は12℃以上も上がるとシミュレーションされています。氷はすべて溶け、海水面が上昇する。今の海岸線や地形は変わることが危惧されています。

日本の再生可能エネルギーは遅れている

そうした地球規模のインパクトに対し、世界では二酸化炭素(CO2)を出さないよう再生可能エネルギーへのシフトが行われていますが、日本はその移行が遅れていると言わざるを得ません。2011年の東日本大震災をきっかけに、一時的に再生可能エネルギーへの投資は増えましたが、波がある状態です。これではいつまでたってもヨーロッパには及びません。

一方中国やインドは再生可能エネルギーをビジネスチャンスと捉えてどんどん投資をしており、パリ協定*の目標をクリアするだろうと言われています。

*パリ協定:2020年以降の温室効果ガス(Green House Gas, GHG)排出削減等のための新たな国際枠組みとして、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすることを掲げた。

化石資源への利用は経済的なのか?

サブプライム炭素バブル

では、なぜ日本の再生可能エネルギーへのシフトは進まないのでしょうか。その理由の一つは補助金です。日本の化石燃料への補助金は高く、2015年の金額は約21兆円とGDPの4%に匹敵します。しかし、考えてみてください。石炭火力への投資は、その後きちんと回収できるのでしょうか。

例えば石炭火力の場合、プラントをつくるのに投資した額に対し、それを補って余りあるだけのお金が戻ってこない限り、投資としては失敗になります。しかし今後パリ協定などを踏まえると、CO2を削減するために石炭を燃やせなくなり、その場合の日本の石炭火力発電関連投資の損失は7兆8000億円に上るとも言われています。

これは「サブプライム炭素バブル」とも言われていますが、現在確認されている化石資源のうち、パリ協定の基準を守った状態で燃やすことができる量は限られます。つまり、すべて燃やしてエネルギーを取り出せるものとして投資してきたのに、それが回収できなくなる。この金額は最終的に全世界で22兆ドルにも及びます。リーマンショックが負債総額が約6000億ドルを発端としたことを考えれば、これがどれほどの経済危機をもたらすか、皆さんお分かりになるかと思います。

炭素の話やバイオエコノミーというと、環境を守るための良い行動として捉えられがちですが、それだけでなくきちんとしなければ経済に強烈なダメージを与えるものとして、考えていく必要があるのです。

CO2の価格は高騰していく

日本では2030年までにGHGの46%削減(対2013年排出量)という目標を掲げていますが、達成するのは厳しい状況と考えられています。しかしながら、今回のCOP26から考えてもこのレベルは確実に達成しなければならず、達成できなかった場合、炭素削減に成功している国からCO2を買うことになります。

2021年4月のCO2の相場は約40ユーロ/tだったので、単純計算すると年間3兆5千億円分。これはあくまでも2021年時点での相場です。ある程度削減できていたとしても、2030年頃のCO2価格はさらに高くなっていると予測されますので、排出権取引における経済インパクトはかなりのものと覚悟しないといけないでしょう。

さらに、今後「炭素税」が導入されれば、炭素の排出量によって国家間はもちろん、都道府県間、企業間ないし家庭間での不公平感を生むことにもなるでしょう。炭素というものに価値がついた瞬間から、炭素についてビジネスを考える必要があるのです。

「バイオエコノミー」の定義とヨーロッパの事例

「バイオエコノミー」とは

日本では、「バイオエコノミー=バイオテクノロジーを使った経済活動」と捉えられがちです。しかし、2019、20年に内閣府が策定した「バイオ戦略」にあるように、バイオエコノミーとは「生物圏に負荷をかけない経済活動のあり方」と定義できます。

ここで、EUが2014年に出したバイオエコノミーに関する動画をご覧ください。

つまりバイオエコノミーとは、バイオ由来の資源やエネルギーをベースとした経済・社会の仕組みを実現させることで、「いかに生物圏に負荷をかけないような産業への転換を図るか」という動きのことを指します。EUではいち早く「フードセキュリティ」「バイオ資源への転換」「海の生物資源活用」の3つの観点からバイオエコノミーに取り組み始め、すでに次のフェーズへと入りつつあります。

2018年にベルリンで開催されたグローバルバイオエコノミーサミットでは、例えば次のようなものが紹介されました。

今後の食糧不足に備えたクリケットパスタ(コオロギのタンパク質で作られたパスタ)や、キノコの菌糸などを使ったレザーや発泡スチロールなどの代替素材、藻に日光を当てて光合成をさせることでCO2の削減した空気を室内に戻す家庭用のCO2レデューサーなどです。

Global Bioeconomy Summit 2018@Berlinの様子
(写真左から順にクリケットパスタ、菌系を活用したレザー・発泡スチロール代替素材、CO2レドゥーサー)登壇者撮影

EUのバイオエコノミーストラテジー

EU各国ではバイオエコノミーストラテジーを策定し、バイオ素材による製品化など、具体的な施策をどんどん試みています。

私がフィンランドで取り組んでいるプロジェクトの一つに、微生物でヘッドホンを作るというものがあります。部品の性能に合わせて、蜘蛛の糸やキノコの菌糸(マッシュルームプラスチック)などで作っているのですが、こうした素材はすべて微生物でできているので、どこかで捨てられたとしても確実に生分解されます。つまりこれは環境に出ても負荷をかけず、バイオマスからつくられているので、カーボンニュートラルということになります。

Korvaa
出典:Engadget日本語版、登壇者にて追記

幼少期からのバイオエコノミー教育

EU各国は教育による啓蒙活動も積極的です。

実際に調査を行ったことがあるのですが、フィンランドやドイツでは平飼いの鶏の卵とケージ飼いの鶏の卵を並べて販売すると、価格は約2倍でも多くの人が平飼いの卵を買います。それは「平飼い」はアニマルウェルフェアなどケアされている卵だと知っているからで、どちらが良い悪いではなく、この状況を知ってどちらを選ぶのかと問われているのです。

また、小学校でコオロギを食べる練習なども行われています。肉を食べられないような社会になっても昆虫食でタンパク質源を補い生き延びることができるよう、幼少期からの食習慣作りが徹底されています。

評価を「バイオ化」する

では日本はこれからどうしていくべきでしょうか。

2019年に内閣府が策定したバイオ戦略の中に「バイオ化」という言葉がありますが、私たちが目指すものとして次の3つのバイオ化がわかりやすいと思います。

  1. 原料のバイオ化・・・化石資源で作られているものを、バイオマスをベースに
  2. 変換技術のバイオ化・・・化石由来のエネルギーから、バイオテクノロジーや酵素へ
  3. 評価のバイオ化・・・経済性から、生態系や環境、持続性を優先に

実は一番重要なのは「3. 評価のバイオ化」です。これまでは全てが経済性一辺倒でしたが、これからは生態系や地球環境への影響が評価基準として最も優先され、その中で同じくらいの性能が出せるなら安い方がいいよね、となってくるわけです。バイオフレンドリーであることが重要な評価の観点となっていくべきです。これからはマーケットが選ぶものもそうした視点にシフトし、それでお金を得られるしくみに変えていく必要があると思います。

世界は「サーキュラーバイオエコノミー」へ

バイオエコノミーは新たなフェーズへ

これまでお話してきた「バイオエコノミー」と、循環型の経済を目指す「サーキュラーエコノミー」。これまでは違うものとして動いていましたが、ようやく結びつけられるようになってきました。

例えばプラスチックの場合、人間が使うサイクルの外に、生分解のサイクルや生物から出るCO2のサイクルがあり、それぞれのサイクルを関連づけて考えるというものです。

また、バイオエコノミーがDXと融合するようなことも起こっています。

例えば誰かがチキンサラダを食べたいと思ったときに、まずこの人が今日チキンサラダを食べていいのかといった健康データとリンクさせます。さらに物質的な観点では、余っている生物資源とそれを必要としている人を、デジタルを活用していかに短い距離で繋ぐかといったUberのような試みも可能です。

フィンランドではすでにデジタルの技術を生かしたバイオエコノミーの試みが始まっており、世界は「バイオエコノミー」を昇華して次の「サーキュラーバイオエコノミー」へ突入しようとしているところなのです。

Rethink the food chain
出典:VTT (Technical Research Centre of Finland)

「サーキュラーバイオエコノミー」とは
―佐賀市の事例

バイオエコノミーは、例えばキノコを使った素材づくりだったり、食料品を豊富にしたりといった各々の技術開発も大事ですが、それぞれの特徴を持った有機物をテクノロジーで連携させ、いかに余すことなく社会の中できれいに回せるかを追求するのが「サーキュラーバイオエコノミー」の真髄です。

ここで、実際に佐賀市で行われているサーキュラーバイオエコノミーの構築を目指した戦略的イノベーション創造プログラムをご紹介します。

佐賀市では「廃棄物であったものがエネルギーや資源として、価値を生み出しながら循環するまち」を目指し、地域に存在するバイオマスを原料に、収集・運搬、製造、利用までの経済性が確保された一貫システム作りを行っています。

具体的には下の図のように、ある会社から排出されたCO2を熱として利用したり、さらにバイオディーゼルを作り地域のバスの燃料として活用したり。下水処理水を活用し汚泥を肥料化する。このように一度排出されたものを町の中でどんどんとつなげていき、ひとつのソサイエティを動かしていくこと。これこそが今後取り組むべきことだと考えています。

とはいえ、今後バイオエコノミーを動かしていくにはプレイヤーの存在が不可欠です。これからの社会を生きる若い方々にぜひ積極的に関わっていただき、一緒に動かしていっていただきたいと考えています。

バイオマス産業都市さが(廃棄物の資源化・エネルギーへの循環活用)

出典:https://agrijournal.jp/aj-market/59704/

質疑応答

講義の後には質疑応答も行われ、「製品コストの上昇負担」や「ヨーロッパの消費者の価値観」についてなど多数の質問が挙がりました。質疑応答の一部をご紹介します。

Q.バイオエコノミーによる製品コストの上昇負担は、貧困層や低所得者には厳しいのでは?
A.「なぜ石油や石炭が安いか」というと、巨額の補助金が入っているからです。
しかし、投資の非回収リスクや炭素税導入の可能性を踏まえると、化石資源由来の製品は実際にコスト高になっていくはずです。現状、確かにバイオ製品は高いです。しかし今後、石油や石炭などに価格競争が起こり、両者の価格が入れ替わるようにすることが重要だと考えています。そのためには国などの関与が非常に重要になると考えられます。
Q.人口増が見込まれる中、"食糧"を資源として利用すること、耕作地を資源用に使用することにジレンマを感じます。可食部以外を使用すれば解決しますが、資源化に必要な成分は可食部に含まれることが多いと考えています。
A.これは本当にその通りです。私たち人間が使いやすいものは微生物も分解しやすく、資源として使いやすいと言えます。

この問題に関して、私は「食べ物だから使わない」という言い方はしてはいけないと思っています。特に日本には余剰米もありますし、余らせて燃やしてしまうのであれば、発酵させてモノづくりに使うのも悪くないと思います。とはいえ食糧不足が言われる中で資源として使うかどうかの見極めは、政府が本当に必要な量を算出し、ガイドラインを作ることも重要です。

こうした食糧問題に対しては、例えば昆虫食のような代替食の開発や、非可食部を使いやすくする技術など、様々な技術を組み合わせて取り組む必要があると思っています。

最後に、これらの課題は一つの革新的な技術で解決するような問題ではなく、コミュニティの中で、知恵を寄せ集めて小さなことから積み上げていくことが重要である。全員参加でチャレンジすべき課題として考えてほしい、と締めくくられました。

SPEEDA EXPERT RESEARCHでは、
現役の経営者やコンサルタント、技術者・アナリスト・研究者など
国内約2万人+海外約11万人、560業界・最先端領域の
多様な業界のエキスパートのナレッジを活用いただけます。

バイオエコノミー領域においても、例えば脱炭素やESG経営などを専門とするエキスパートに以下のようなご相談が可能です。

バイオエコノミー関連でのご相談事例(※イメージです)

  • 生分解性プラスチックの有望な使用用途 / 製品分野について
  • 植物由来肉の国内普及に向けた課題について
  • 廃棄予定の農作物を活用したビジネスのニーズとボトルネックについて
  • バイオマス燃料の調達プロセスについて
  • スポーツアパレル業界 × 資源循環モデルの成功事例 等

バイオエコノミーに関して

  • 情報収集をしているが、Web検索をしても欲しい情報に辿り着けない
  • 自社で考えた仮説や事業アイディアを、更に精度の高いものにしたい
  • 詳しい人にヒアリングをしたいが、ライトパーソンが誰か分からない

このような課題をお持ちの方は、
お気軽にお問い合わせください。

一覧にもどる