セミナーレポート 新常態は来るのか?新時代の新規事業開発を考える -変化を読み解く仮説思考-
2020.10. 8 THU / 株式会社ユーザベースが主催する H2H(Home to Home)セミナー「新常態は来るのか?新時代の新規事業開発を考える - 変化を読み解く仮説思考 -」が開催されました。COVID-19 により世界が不可逆的に大きな変化を遂げる中、これから社会に求められるビジネスも、大企業が行うべき新規事業のあり方も変化せざるをえなくなります。そのとき大企業で新規事業に取り組む上で、どのような考え方の転換が必要なのでしょうか。今回は、株式会社デンソーで長年新規事業に取り組んできた鈴木 万治氏と、さまざまな企業を経験した後、ヤマハ発動機株式会社で新規事業を手掛ける青田 元氏をお招きし、セッションを行いました。
[モデレーター]
株式会社ユーザベース 執行役員 B2B SaaS事業マーケティング&ブランディング担当:酒居 潤平
Speaker
鈴木 万治 氏
株式会社デンソー 技術企画部 担当部長
1986年、日本電装株式会社(現株式会社デンソー)に入社。宇宙機器開発、R&D、CAE、モデルベース開発、EMC、故障診断など、ほぼ4年毎に異分野の全社プロジェクトを担当。R&Dからアフターマーケットまでの全ての開発のライフサイクル、またメカ・エレ・ソフトの各分野の実践経験・スキルと人脈を持つ。2004年にCMUとINSEADでビジネスの基礎を学ぶ。2017年から2020年までの3年間Silicon Valley Innovation CenterのVice President,Innovationとして新事業開発を推進。農業分野で新ビジネスを起動した。現在は、本社に帰任し全社戦略構築と新規事業開発を担当。
ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンに14年在職。その後、SAPジャパン(バイスプレジデント)、ベイン・アンド・カンパニー(パートナー)、ブーズ・アンド・カンパニー(代表取締役)、PwCコンサルティング(副代表執行役)を経て、2020年4月より現職。
青田 元 氏
Yamaha Motor Ventures & Laboratory
Silicon Valley CEO 兼 ヤマハ発動機株式会社 先進技術本部 NV 事業統括部長
1996年三井物産入社、主に金属資源の鉱山・工場開発等投融資案件の組成やトレーディング業務を担当。デトロイト、ニューヨーク、ロンドンで合計10年の海外駐在も経験。2010年にハーバードビジネススクールリーダーシップ開発プログラム(PLD)修了。
2017年にヤマハ発動機株式会社に入社、経営企画部で全社の長期ビジョン及び中期経営計画の策定、実行管理を担う。2020 年5月Yamaha Motor Ventures & Laboratory Silicon ValleyのCEO、7月から先進技術本部N事業統括部長に就任。
酒居 潤平:まずお二方の自己紹介をお願いします。
鈴木 万治 氏(以下、鈴木):デンソー技術企画部の鈴木万治です。2020年7月末までシリコンバレーで新規事業開発を手掛けていましたが、8月に日本に帰国し、現在は国内で新規事業開発を行っています。
青田 元 氏(以下、青田):ヤマハ発動機の青田元です。ヤマハ発動機本社の技術本部には、乗り物の開発を行うモビリティ技術本部と、基礎研究・新規事業推進を行う先進技術本部の2つがあります。私は先進技術本部内にあるNV事業統括という部署で、新規事業の推進、CEOとしてYamaha Motor Venturesの経営、同社の投資ポートフォリオ管理を担当しています。
過去のパンデミックからこの先起こることを予測する
酒居:では最初に、新常態を読み解く仮説思考というテーマで進めていきたいと思います。新型コロナウイルスの影響により、不可逆の変化が起こっています。これからコロナとの共存が常態化することが予想されるなか、どのようにこれからの展望を考え、新規事業を企画していけば良いのでしょうか。
鈴木:「新型コロナウイルスとは何者か」ということをマクロな視点で捉え、長期的なタイムラインを意識することが重要です。
withコロナはおそらく2020年末~2021年前半まで続くはずです。その後1年ほどかけて緩やかにwithコロナ状態が続き、次第に元に戻るかと思います。
アメリカは、コロナによる死者数も約20万人と、日本とは比べ物にならないほど深刻なダメージを受けています。ご存知のようにアメリカは自由の国であり個人主義が強く根付いているため、考え方も柔軟に変化すると思います。
一方日本は同調圧力が強く、変化への柔軟性も乏しいですよね。パンデミックの危機意識もアメリカほど逼迫していません。こうした国ごとの基本的な特性と被害の大きさの違いから、欧米では「The New Normal(新常態)」への転換が一部生まれますが、日本などのアジア諸国はほぼ元の状態に戻ってしまうと予測しています。
そしてコロナ後には、生活者の利便性や利益に貢献するという観点で、「価値が消滅するもの」、「価値が復活・再定義されるもの」、「価値が増大するもの」の3パターンに分かれるでしょう。
ハンコは分かりやすい例で、本来何のためにあったのかという価値に立ち返り、その代替手段はないのか、と模索すべき時がきています。旅行も、個人旅行は復活するでしょうが、ビジネスクラスでの海外出張は本当に必要なのでしょうか。ビデオ会議ツールが発達した今、そこにどのような意味があったのか。そのような「価値」を考え直すことが重要です。
青田:全く理解できないことが突発的に起きたわけではなく、これから先10~15年後に緩やかに起こるはずだったことが、一気に時間軸が早まって今年実現してしまったということと考えています。SF映画で描かれていた出来事が1年足らずで実現してしまったという感覚が、社会の最初のリアクションだったと思います。
おそらくこの1年ほどで、アーリーアダプターの意思決定にも差が出てくるはずです。未来に対し、自らの手で影響を与えられるものを2つ、3つは持っておいた方がいいと思います。
コロナ後の新規事業にはアクセラレーションと最適化が必要
鈴木:新型コロナウイルスは厄災ですが、これからの社会にどのような意味合いをもたらすかを考えたとき、私は以下の2つのポジティブな側面があると考えています。
1つはキャズム(谷間)を越えるための「アクセラレータ(加速装置)」であるということ。例えばこれまで、テレワークは便利と言われていたものの、なかなか普及しませんでした。なぜなら、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間に大きな谷間があり、そこで普及が止まっていたからです。そこに新型コロナウイルスが現れて一気に普及の後押しをした。これはハンコやフードデリバリーも同様です。厄災である新型コロナウイルスが、あるソリューションが一般化するためのアクセラレータとしての役割を果たしてしまったということです。
もう1つが「バランサー」であることです。人間というのは身勝手で、例えば交差点の 4カ所全てにコンビニを作るという過剰なサービス展開をしてしまいます。しかし少子高齢化が進むwithコロナ社会の日本に、過剰なサービスが本当に必要なのかというと、疑問ですよね。
これからは、便益の追求とは対極にある、不便益(benefit of inconvenience/不便であることがもたらす効能)に注目が集まると考えています。最近、Amazon社やWalmart社がドローンによる宅配サービスを展開していますが、その手のソリューションは若者にとっては良いものの、高齢者には、今よりさらに身体を動かす機会がなくなり、体力や健康を維持することを考えるとあまり良いとは言えません。
酒居:with/Afterコロナ時代における価値の再定義をし、本質的なニーズを考える局面に立たされているわけですが、新常態で新たな価値を創出するには、どのような切り口で考えていけば良いのでしょうか。
鈴木:「二極化」と「中間体験」というキーワードも大切になってくると思います。最も分かりやすいのは、Zoomなどのオンラインでの対話と、会場に集まるオフラインでの対話です。Zoomのようなオンラインには足りない部分があり、多くの人たちが中間のソリューションを考えようとしています。その1つが仮想空間です。例えばFacebook社のVR/AR組織「Facebook Reality Lab(フェイスブック・リアリティ・ラボ)」では、VR空間でアバター同士でコミュニケーションできる技術の実用化を研究しています。こうした動きは今後、まだまだ加速するでしょう。
また、「The New Normal」に合わせた新事業開発を行うときに、もう1つの大事な観点は「軸を変える」ことです。例えば対面コミュニケーションを超えた体験について考えてみましょう。バーチャル・ヒューマンやアバターを活用して、実在しない人や、実際には会うことができない有名人などと時間を共有できる体験ができれば、それはすごいことではないか、という考え方です。
これからの少子高齢化社会に向け、「不便益」というキーワードを取り入れ、ユーザーに対してバランスよく最適化したサービスを提供することが重要になってくると思います。
クルマに関しても、その提供価値の軸を変えて考えることができますよね。新型コロナウイルス前は、「移動手段」として、通勤時間を1時間(片道)とすると、クルマは往復2時間分の移動における価値を提供していました。
しかしこれから先、「拡張された(移動)空間」としてクルマを使うことができれば、クルマには全く新しい価値が付与されます。停車している時にも「安心安全な空間」として活用できたとします。そうすれば、テレワークの際に車内で仕事をする環境を整えられて、プライベートなワークスペースが出現することになります。
こうした「安心安全な快適空間」という新しい価値が提供できれば、クルマに乗って移動しているときしか得られなかった価値が大きく増大します。こうした「価値軸」で考えることがwithコロナの時代には重要です。
ユーザーの内なる思いをストーリーで伝えよ
鈴木:大企業で新規事業開発を行うために必須となるのは、「熱量」です。大企業と、そこで新事業開発に取り組む人たちはスタートアップと同等の熱量を持つ必要があるでしょう。人が動くモチベーションの源泉は、理屈ではありません。どれだけ熱量高く語り、仲間を大勢集められるかにかかっています。
青田:The New Normal における新規事業という点では、当社から発売された電動アシスト付きのオフロード向けマウンテンバイク「YPJ-MT Pro」が参考になるでしょう。価格は66万円と、オートバイとそれほど変わらない超高価格帯の自転車です。
開発者はターゲットカスタマーやそのインサイトについて仮説を立てて取り組んだものの、いざ発売してみると想定していなかったユーザーの声をいただくことがありました。購入しようと思ったユーザーから「同額のオートバイを買ったとしても、旦那は一人でツーリングへ行き土日に家からいなくなるが、その自転車であれば子供を連れて山へ遊びに行ってくれるという価値があるかもしれない」という購入者の奥さんの言葉からインサイトに気づいたことがありました。一つの商品が持っている価値と、その商品がもたらすお客様に対する価値提供は、案外私たちが気づいていないところにあるものです。
出してみて初めて気づくようなお客様の内側から出てくるようなインサイトをしっかり言語化し、説明していくことで上層部の人たちにも納得してもらいやすくなるでしょう。
酒居:まさにナラティブ=個人にフォーカスしたユーザーストーリーを対話で組み立てていくということですね。鈴木さんはこうしたThe New Normal時代の新規事業開発についてどのようにお考えですか。
鈴木:一般的に大企業では、社内にいる約95%の人たちは既存事業で収益を出す必要があるため、目前の仕事に邁進します。一方、その他約5%の社員が情熱を傾けて、会社の未来を作ろうとしています。
時間軸にこそ差はあれど、本来はどちらも会社を良くしたいという思いは同じなので、両者は互いにリスペクトし合うべきですが、人間というものは難しく、どうしても収益を生み出して会社を支えている約95%の人たちは、新事業開発の人たちが何をやっているのか見えづらく、自由に好きなことだけをやっているように思ってしまうものです。一方、新事業開発に携わる人たちも、既存事業の人たちを抵抗勢力のように感じてしまい、企業の中では共通のストーリーやナラティブが見つかりにくいように感じることも少なくありません。
つまり役割は別々でも、一緒に会社を良くするという同じ目標に向けて進むことが、両者の共通するストーリーであるということを全員で共有することが成功の鍵だと思います。
ミッションとは使命ではなく、自社のなりたい姿を示す存在意義だ
酒居:次のテーマは「新時代の新規事業開発を考える」です。お二方は、価値と事業をどのようにすり合わせているのですか。
青田:ヤマハ発動機は新事業、新製品への取組に対して開かれている会社だと思います。
大きくわけると「Identityに沿った事業開発」と「事業からのSupport(技術、販売)」という2つの成功ファクターがあります。
まず、「Identity(=Mobility)に沿った事業開発」とは、モビリティの会社であるというアイデンティティに則り、コア技術である内燃機関技術を用いて新しいアプリケーションを開発するということです。船を作ろう、ゴルフカートを作ろう、と横展開してきたのです。
もう1つの軸である「事業からのSupport」は、自動化技術の応用で、工場の製造工程を自動化する技術を用いて、新たに表面実装機(マウンター)という電子基板の上にチップを置くためのプロダクトを開発し、業界でシェアを取ることができました。
そして表面実装機の、部品を掴んで置く技術をさらに応用し、狙った細胞をつかみ、正確かつすばやく培養皿に移動させる細胞ピッキング&イメージングシステムCELL HANDLER(セルハンドラー)という機械を開発しました。この機械で医療研究者が手作業で行っている技術を自動化できるため、幹細胞やガン細胞の研究など医療分野に貢献したいと考えています。
さまざまな新規事業を手掛けてきて感じるのは、新規事業とは会社の目指す方向性を示すアイデンティティだということです。なぜやるかの部分であるミッションは、一般的に使命と訳されますが、本質的には自社の存在意義と言った方が良いのではないでしょうか。自分がかくありたいと願うこと(使命)と、他社から見てどのような存在なのか(存在意義)との間には大きな隔たりがあり、この意識の差が新規事業を生み出す上で、大きな差となる気がします。当社は社会からどのように見えているのか、その事業をやる意味が当社の中にあるのか、ということを明確にしていくことがこれからの時代に重要だと思っています。
鈴木:ミッションについては、確かに「自社目線(ありたい姿)」と「社会からの要請(社会的存在意義)」との間でうまくバランスを取ることが重要です。例えば当社の場合、社会からはすばらしいサービスの提供より、安心安全・高い品質が期待されていると考えるのが妥当かもしれません。
当社はエアコンの製造・販売から始まった会社ですが、現在は半導体やMaaSサービスも展開しています。もともと当時の社会からは当社に対して半導体開発は期待されていなかったと思いますが、会社の歴史の中で良い意味で「クレイジー」な人たちが半導体の開発に情熱を燃やしたことで、現在厳しい自動車環境にも耐えられる半導体が強い競争力を誇っています。誰かに期待されていなくても、自社の未来を作るために新しいことにも挑戦しなければならない、それも新規事業なのだと思います。
青田:私は新規事業側から自社のミッションを問いかける提案をするようにしています。社会を意識し、企業としてどこへ向かえば存在意義を見出せるかを見つめていきたいと考えています。
なぜなら、新規事業を行う際、自社の目指す姿に近づくためという目的を体現することが一番の近道だと思うからです。
従来だと、儲かるのか、マーケットは大きいのかということを一義に考えなければなりませんでした。しかし今の新規事業開発は、自分たちが期待される機能や存在をきちんと社会的課題の解決ができる形で落とし込められれば、否定しにくいストーリーが作れ、それを顧客との対話の中で、ナラティブに昇華していくことで、事業開発の推進力を高めていけると考えています。
大企業の新規事業に必要なのは、スタートアップと同等の熱量
鈴木:青田さんが仰ったナラティブやストーリーは、技術やビジネスのことではありませんが、これからの時代、非常に大切なことです。あらゆる人の気持ちに寄り添い、その思いを汲み取って、出会うすべての人を仲間にした人が成功できるのだと思います。
シリコンバレーが発祥で、短い時間で端的にプレゼンをするエレベーターピッチというものがありますが、スタートアップがVCにピッチするときに許される時間は大体4~6分です。VCの方たちがその数分で何を見ているかというと、チームと起案者自身です。何をやっているかよりも、誰がやっているかを観察しているのです。
大企業で新事業開発に関わる方は、自らをスタートアップであると考えてください。経営トップのことをVCだと考えると考えるのです。経営トップ、すなわちみなさんの事業に出資してくれるVCにあたる人が何を見ているかという確信を抱かせることなのです。
その覚悟がないまま、一社員としての感覚で大企業の新事業開発をやっていても、周囲に話は通じないように思います。大企業で新規事業を行う人の中には、経営陣が話を理解してくれないという人がいますが、スタートアップにはそんなことを言う人は誰もいません。そんなこと言われたら新規開拓などできないですから。要は相手に確信させられない自分たちが変わらなければならないということです。
青田:自分たちとスタートアップが行っていることを比較することは、非常に大事なことだと思います。私たちは常に、会社の資金で新規事業をやっているんだろうと言われています。確かに新規事業を行う経費はそのままコストになっていますし、株主に対するリターンはあまり意識されてこなかったかもしれません。
しかし自分たちの事業を説明する際、既存事業や他の事業部を比較対象として挙げていては、いつまでも勝てる事業にはなりません。私たちのいわばライバルであるスタートアップは、リスクマネーで勝負しているし、集めたお金をすべて使い果たしても全然怖くはない、という意識で勝負をしてくる。もし似たような事業をスタートアップが、まったく資本コストの掛からない形で展開してきたら、こちらは負けてしまうということを説明する必要があるのです。
こうした切迫感を経営陣に伝えることができれば、大企業の進める新規事業が、いち早く事業化するか、他の人がまだ気づいていない領域を発見するかが大事なのだと、理解してもらえると思います。
酒居:鈴木さん、青田さんの情熱が、改めて伝わってきて感動しました。本日はお二方ともありがとうございました。