三井化学・出光興産の事例から学ぶ、技術起点の新規事業が「進まない」を解決する目標設計の実践知
技術者が新規事業開発に取り組む際、「会社の目標と自部門の取り組みをどう結びつければよいか分からない」という悩みを抱えがちです。本記事では、三井化学と出光興産で実際に技術起点の新規事業を推進する実践者が、効果的な目標設計のアプローチを詳しく解説します。モデレーターは多くの企業のオープンイノベーションを支援してきた株式会社ユニッジ Co-CEO 土井雄介氏が務めます。
※本対談は2025年9月30日開催、「脱・進まないR&D起点の事業開発 実践者と考える目標の組み立て方」セミナーを再構成したものです。
R&D起点の新規事業で陥りがちな3つの構造的課題
── まず、事業開発プロセスでよくある課題について構造的に捉えていきたいと思います。土井さんから詳しくご説明いただけますか?
土井氏:まず、R&D起点の新規事業開発でよく起こる課題について整理したいと思います。私が多くの企業を支援する中で見えてきた3つの構造的問題があります。
1つ目は「事業開発と研究開発の混在」です。技術に明るい担当者が「こんな技術があるから、事業化しそうなソリューションが作れるのでは」と提案し、意思決定者も「技術開発には費用が必要だ」と納得して予算をつける。しかし1〜2年後に「まだ研究に時間がかかります」「絶対にお客さんはいるので、あと2年お願いします」と期間が延長されてしまう。
つまり担当者の提案や事業案に対して「事業開発」と「技術開発 / 研究開発」の論点が混在してしまっているだけでなく、そもそものGo / No Go判断の基準がないため、投資撤退の意思決定ができないのです。

2つ目は「顧客不在」。技術ありきで「いつかお客さんがつくのでは」と無限に投資してしまったり、お客さんを探さないまま終わってしまったりするケースです。
事業アイデアをつくる際に最も重要なのは、「誰の(どんな顧客の)」「何のために(どんな課題・目的のために)」ということです。「こんな製品を作りたい」「こんな技術を活用している」だけでは、顧客がつきません。
技術起点の新規事業であっても、どんな顧客課題を解決できるのか、から始めた方がよいでしょう。

3つ目は「技術・顧客の成熟度に合わない進め方」。技術が研究段階なのか検証ができるレベルなのか、顧客ニーズが顕在化しているのか潜在的なのかを理解せず、不適切な手法で進めてしまうことです。
リーンに立ち上げなければならない事業は成熟した技術が向いているでしょうし、顧客ニーズも技術もこれから育っていくフェーズの技術はリスクを分散させたオープンイノベーションという手法の方が向いている場合もあります。もしまだ見ぬ未来への投資をするのであればそれはトップの意思決定をもって投資する必要があります。このように技術・顧客の成熟度に合わせて適切な手法を選んだ方がよいでしょう。
私自身、もともと研究者として金属の研究に打ち込んでいました。その中で、技術が社会実装されるまでにかなりの時間を要するという実感があり、難しさを痛感しています。

出光興産の「目標は最初から作るな」という挑戦
土井氏:出光興産・田村さんのこれまでのお取り組みを、まずは詳しく教えていただけますか?
田村氏:私たちの取り組みの目的は、2040年の潤滑油事業で主軸となるような新規ビジネスを開発することです。しかし、そもそも2040年に何が主軸となり得るかは、現段階ではわかりません。それは顧客も当社も、開発している私たち自身も、誰もわからないのです。従って、2040年でも存在すると思われる社会課題から仮説をつくり、それを顧客に問うてみて、「リーン」に検証していくスキームが良さそうだと考え、その活動のフレームワークをつくって取り組みを始めました。

土井氏:田村さんは出光興産で潤滑油の技術を活用した新規事業開発を担当されていますが、目標設定についてどのような考えをお持ちでしょうか?
田村氏:ちゃぶ台を返すようですが、実は「1つひとつのテーマに最初から目標を作るな」と言っています。「新規」ビジネスということは、私たちが誰もやったことのないことであり、やったことのないことに目標なんて立てようがありません。むしろ、最初に的外れな目標を作ってしまうと、それに縛られてしまって、本当に解決しなければならない課題を見失ってしまう危険性もあると思います。
その代わりに、やっていく中で得る「学び」の獲得スピードにフォーカスした目標やKPIを設定しています。

土井氏:基本的に新規事業は「多産多死」(多くのアイデアを生み出し、多くの失敗の結果生まれるもの)ですよね。具体的にはどのような仕組みで進めているのでしょうか?
田村氏:1.5ヶ月程度を1サイクルとして、サイクル毎にレビューを行っています。初期調査については、時間をかけすぎないよう、「3サイクルまでに終わらせよう」とチーム内では話しています。レビューの度に「これはもう続けても成果がでないのではないか」というものは止めて、代わりに新しいテーマを入れます。そこで新しいテーマをすぐに入れられるように、四半期に一度アイデア創出のワークショップを必ず行い、常にアイデアをストックしておくという状態にしています。
大体1,000ぐらいのアイデアがあって、それらに優先順位をつけたうえで、常に数十のテーマを実施している状況ですね
三井化学のビジョンから逆算する段階的アプローチ
土井氏:竹内さんは三井化学でフロンティアサイエンスグループを新設された経験がありますが、どのような思いで組織を立ち上げ、どう目標を設定していったのでしょうか?
竹内氏:弊社では、2013年頃から「ファーマー型からシェフ型の研究へ転換しよう」という考え方が広がっていました。
ファーマー型とは、農家のように「作って出荷するまでが業務」というスタイルです。研究成果を“質の高い素材”として世の中に出した時点で役割を終え、その後の活用に関してはお客様にお任せするという考え方です。
一方で、シェフ型は料理人のように、お客様の声を聞きながら味付けや調理を工夫するスタイルです。つまり、研究成果を単なる素材として提供するのではなく、ニーズに合わせて価値を高め、最終的な体験まで責任を持つという発想です。
この理念は社内で語られていたものの、実際には「新しい価値提案」や「社会課題の解決」に特化した専門チームは存在せず、各自が手弁当で取り組む状況が続いていました。そんな中、私は「新たな価値提案や社会課題解決を担う事業開発をしたい」と上司に繰り返し伝え続けました。その想いが上司に伝わり、さらに研究開発本部長にも共有され、「では試しにやってみよう」という流れが生まれました。こうして仲間が増え、トライアル的な形で組織が立ち上がったのです。

土井氏:目標やゴールについては、どのように設定しておられましたか?
竹内氏:最初は、正直かなりふわっとした状態でした。セミナーで土井さんの話を聞いたとき、「自分は全然できていなかったな」と胸が痛くなるほどでした(笑)。
ただ、感性工学というテーマに関しては、「素材開発で感性工学に困ったとき、真っ先に相談される存在になりたい」という理想像やビジョンは、当初から心の中にありました。
背景には、単なる物理的な特性だけではなく、異なる土俵で価値を提案することで、他社との差別化を図りたいという狙いがありました。そのために、感性工学に着目したのです。
具体的なステップとしては、まず「音の領域から始めよう」、次に「触感に取り組もう」と、感性の中でも領域を絞り、少しずつ広げていく方針を立てました。
この挑戦は、誰もチャレンジしたことのない未知の領域です。だからこそ、3カ月経ったら見直す、6カ月経ったらまた見直す――そんな短いサイクルで振り返りを重ねながら、試行錯誤を続けてきました。

土井氏:漠然とした目標設定だったとはいえ、組織が存続できてきたのはなぜですか?
竹内氏:小さくてもうまく成果を見せることが大切だと思っています。以前NHKとのコラボレーションが実現したのですが、普段の業務では接点が持てないような協業先との取り組みは、「いつものやり方ではこんなコラボはできないよね」「ちょっと変わったことをやっているやつがいるな」と成果や存在価値を認めてもらったと思います。
田村氏:すぐに事業化したり、売上になったりするわけではないので、事業部内の理解を得る目的で、各テーマの進捗報告などの資料を四半期に1回公開するようにしています。そういう「新しいことをやっているワクワク感」を事業部内に伝えることで、「続けてもらいたいな」と思ってもらえるよう努めています。

技術者が顧客と”直接対話”することの重要性
土井氏:新規事業開発では顧客との対話が重要ですが、「技術者は顧客に会いにいけない」「プロトタイプがないと話を聞いてくれない」という声もよく聞きます。田村さんはどう考えますか?
田村氏:そんなことはありません。お客様から意見やアイデアをもらう方が、自分の技術をブラッシュアップできる部分もあると思います。顧客に会うのは営業の仕事だと思わないで、飛び込んでみると良いと思います。
また、自分のアイデアをお客様に問うてみる前から、そのプロトタイプを作ってしまうのは望ましくないと思います。買っていただくのはお客様であるにもかかわらず、買っていただけそうな人の意見やそれが誰かすらも分からない状態でプロダクトを作り始めても、徒労に終わるのではないかと私は思います。

土井氏:具体的にどのようにアプローチされているのでしょうか?
田村氏:展示会や学会、あるいはウェブサイトのお問い合わせ窓口などさまざまな方法でお客様にコンタクトしています。1つのやり方で返事がなかったから諦めるのではなく、適した方法を探してチャレンジするのがいいと思います。
土井氏:「問い合わせ窓口から連絡しない、できない」というお話をよく聞きます。
田村氏:そこにお客様がいるとわかっているわけですから、連絡した方がいいですよね。電話もします。
プロトタイプについては、どうしても物がないと説明できない場合は物をつくる必要があると思いますが、パワーポイント1枚でも構わないので「こういう課題があるのではないでしょうか? それをこうすれば解決できるのではないですか?」という仮説(ペーパープロトタイプ)を1枚作って持っていけばいいのではないかと思います。
既存事業部門との連携をいかに構築するか
土井氏:竹内さんの場合はどのようにされていらっしゃいますか?
竹内氏:私の場合、素材メーカーという立場もあり、日頃から多くのメーカーさんとお付き合いがあります。そのため、「こういうことをやりたいんだけど、それに詳しい部署を紹介してもらえませんか?」とお願いし、“友達の友達”のネットワークを通じて、適切な方につないでいただくことがあります。こうした人のつながりは、新しい取り組みを進めるうえで非常に大きな力になっています。
さらに、弊社のCTOはスタートアップとの連携に非常に力を入れています。私たちが苦手とする領域、あるいは、なじみのない領域については、スタートアップとタイアップすることで、今までできなかったことを可能にする──そんな取り組みを進めています。
このように、既存のネットワークを活かすことと、スタートアップとの協業による新しい価値創出という、二つの大きなアプローチで挑戦を続けています。
土井氏:新規事業開発では既存の営業部門との連携が課題になることも多いと思います。「お客さんとの関係を壊されたくない」と協力してもらえないケースもあるのではないでしょうか?
竹内氏:確かにありますね。諦めずにアプローチすることと、私の部署だけでなく、相手のメリットにもなることを伝えると協力してもらいやすいと感じます。また、特定の製品だけの営業ではなく、アカウントマネジメントという形で、ある特定のお客様を担当している営業もいます。アカウントマネジャーは協力的な場合が多いですね。

なぜ技術者が事業開発に向き合うべきなのか
土井氏:最後に、なぜ技術者が事業開発に向き合うべきなのか、その意義についてお聞かせください。
竹内氏:「技術者冥利に尽きる」瞬間にたくさん立ち会えることだと思います。技術者だからこそ、お客様と同じ目線・同じ言語で対話できる──それは大きな喜びです。
技術者は仮説を立て、検証を重ねることに慣れています。新規事業のマーケティングも同じく仮説検証が基本であり、技術者はお客様の課題に直結する価値のストーリーを描くことに長けていると思います。技術を理解している人はマーケティングでも強みを発揮できますが、逆にマーケティング専門家が技術を深く理解するのは容易ではありません。だからこそ、技術者がマーケティングに関わる場面は多く、両者の協働で確かな価値提案が可能になると考えます。
例えば、料理をつくって食べてもらった時に、「美味しい」と言われる嬉しさに似ています。技術者が生み出した事業やソリューションが役立ち、「ありがとう」と言われる瞬間──それが、技術者冥利に尽きる瞬間です。
田村氏:技術者が事業開発をやるということは、ますます重要になってきていると思います。技術開発や事業開発は、まず最初に課題や仮説の設定があって、次にその課題を解いて解決策を提示して、最後はその解決策を量産して社会に浸透させていくという3つのプロセスがあると思っています。この最後の「量産する」というところは機械が発達してできるようになってきて、「課題を解く」ところはもうAIが代替しつつある。
そうして最後に残るのは、課題や仮説を設定するところだと思っていて、そこは日々課題設定・仮説検証を繰り返している技術者にアドバンテージのある部分であり、これからの技術者の存在意義になっていくのではないかと思っています。

土井氏:最終的に、アイデアを事業にしていくためのポイントは何でしょうか?
田村氏:統一的な答えはないですね。対象とする課題や目的によってアプローチが違うと思います。私たちはリーンやアジャイルというフレームワークを使っていますが、必ずしもそれに無理やり当てはめようとしないで、本質的に「何を解決したいのか」に向かって、柔軟にやり方を調整していくことが大切だと考えています。
竹内氏:大切なことは2つあると思います。アイデアが1つしかないとそこにしがみついてしまい、育たないアイデアも延命させてしまうので、アイデアの数があるということが大切です。もう1つは1人でやらない、複数の仲間を集めてやるということが大事だと思っています。
── 田村さん、竹内さん、そしてモデレーターの土井さん、本日はありがとうございました。
Speaker

竹内 文人 氏
三井化学株式会社 モビリティソリューション事業本部 複合材料事業推進室 副室長 兼コンセプト設計グループ グループリーダー
2001年、三井化学株式会社に入社。2つの新製品、液晶ディスプレイ用枠封止材「ストラクトボンド®」と太陽電池用封止シート「ソーラーエース™」の開発に従事。2013年からは合成ゴム原料「三井EPT™」の用途開発に従事しながら、音に関わる機能評価と設計に取り組む。2021年にはフロンティアサイエンスグループを新設、材料提供を超えた新たなソリューション提供をミッションとして新事業開発に挑戦。2025年より現職、事業部門にて部門や製品群を横断したマーケティング企画、新製品開発を推進中。

田村 和志 氏
出光興産株式会社 潤滑油二部 主任部員(先進潤滑油担当)理学博士、Project Management Professional (PMP)®
2011年、北海道大学にて博士号を取得し、出光興産株式会社に入社。自動車用潤滑油の研究開発、続いて自動車メーカー向けエンジンオイルの販売企画に従事。2023年より現職。潤滑油部門の新規事業開発とサスティナビリティ戦略を担当。プロジェクトマネジメントの知識・スキルを活かして、新規事業開発にアジャイル・プラクティスを導入。また、一般社団法人潤滑油協会では、潤滑油品質委員会幹事・潤滑油サスティナビリティ分科会長を兼任。

モデレータ:土井 雄介 氏
株式会社ユニッジ Co-CEO 兼 AlphaDrive 東海拠点長
静岡県富士市生まれ富士宮市育ち。2015年東京工業大学大学院卒業後、トヨタ自動車に入社。物流改善支援業務を行ったのち、役員付きの特命担当に任命。並行して、社内有志新規事業提案制度を共同立ち上げ・運営。プレーヤーとしてもこの制度に新規事業を起案し、2年連続で事業化採択案に選出される。その後、社内初のベンチャー出向を企画し、2020年よりAlphaDriveに参画。多数の新規事業の制度設計/伴走支援を実施。以降トヨタ社内から事業を生み出すしくみ作りを担当すると共に、UNIDGEを共同創業。2023年8月よりトヨタ初の若手社長出向としてUNIDGE Co-CEO。同時にAlphaDrive東海拠点長に就任。その他、Uzabase CEO室。寿司ベンチャー企業、株式会社SUMESHI 社外取締役。累計80社以上の企業支援に関わり、年間60本以上の講演、審査員としても活動。