Salesforce 植松氏が語る、AIエージェントでトップセールスの思考を組織にインストールする営業戦略
急速に進化するAI技術が、営業組織のあり方を根本から変えようとしている。AIエージェントの登場により、従来の営業プロセスの多くが自動化され生産性が上がっていく中で営業リーダーには何が求められるのか。
セールスフォース・ジャパンで14年にわたり営業組織を率いてきた常務執行役員 コマーシャル営業統括 グロースビジネス第1営業統括本部 統括本部長 植松隆氏と、同社での経験を経てユーザベースでCROを務める作田遼。両者が語る「AIエージェント時代の営業マネジメント」から、これからの営業組織運営のヒントを探る。
※本記事は2025年9月9日開催、「営業組織アップデート会議 AIエージェント時代の営業リーダーの役割とは」セミナーを再構成したものです。
営業業務の41%は反復作業 人手不足とAI活用の必然性
──まず、営業現場でAI活用が進む背景について教えてください。
植松氏 もっとも大きな要因は人手不足です。この人手不足の問題は大手企業も中堅・中小企業も共通で、ますます労働人口が減っていく中で、どう対応するかが非常に重要なポイントです。
作田 特にIT業界では、どんどん人を採用して成長率を高めていくのが少し前までの一般的な成長戦略でした。それが通用しなくなったとき、AIを人員計画にどう組み込むか。そこに踏み込まなければ市場から求められる成長に追いつかないというのが、喫緊の課題になっています。
植松氏 最近、社内では「人間が行う業務はぜいたく品だ」と話しています。それくらい、組織全体で「その業務を本当に人がリソースを割くべきなのか」を問い直す必要に迫られています。

興味深いデータがあるのですが、じつは営業業務の41%が反復作業なんです。例えば営業マネージャーは部下から同じような相談を1日に何度も受けて、同じ回答を繰り返している。マネージャーは「この製品の強みって何ですか?」みたいなことを、5回ぐらい聞かれているわけです。
それから見積もりを送った後の対応や納期の確認。これもお客様と話せるまでひたすら電話をかけ続けるという業務です。営業活動では、このような同じ業務の繰り返しがまだまだたくさんあるのです。営業という現場に根ざした業務の中で、非効率的な業務の自動化をどう実現するか、そこに私たちは取り組んでいます。
ここでAIの進化の波をおさらいしましょう。これまでAIの進化には3つの波がありました。第1の波はデータをもとに結果を予測する「予測AI」、第2の波はプロンプトを入れて答えてもらう「生成AI」です。その次に今来ているのが「エージェント」の波です。

AIエージェントとは、人間を介さず顧客の要望を理解し、適切に対応できるAIシステムの一種で、従業員を支援しながら業務の効率化や生産性向上を実現する「デジタル労働力」です(※1)。サンフランシスコを走る自動運転タクシー「Waymo」のように、人が介在しないサービスが実用化しているのです。こうしたエージェント(代理人)になりうるAI活用をビジネスの中でどう実行するかが問われています。
AIエージェントとは営業リーダーの「分身」 ハイパフォーマーほどAIを活用
作田 営業現場でのAI活用についてユーザベースが調査したデータがあるのですが、営業部門では30%程度しか活用されていない一方で、経営企画では70%、営業企画やマーケティング部門でも50%を超えています。営業部門だけAI活用が遅れているという状況です。
さらに興味深いのは、ハイパフォーマーの方々の特徴です。営業戦略の立案や資料作成において積極的にAIを活用しており、それ以外の方々との差が明確です。しかも顧客理解を深めるために行う事前調査であるアカウントプランや、それをもとに経営課題をお客様と議論するディスカッションペーパーの作成にもAIを活用しているわけです。

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植松氏 たしかにハイパフォーマーはお客様のニュースのチェック、会社概要の確認、SWOT分析、人事情報のチェックなどさまざまなことを調べています。トップセールスはこれらの業務を当たり前のように行っていますが、そうでない人たちはなかなかできていません。
それが今やAIエージェントで、プロンプトも不要で誰でも簡単にトップセールスと同じ行動を取れるようになりました。当社では、顧客の企業名を入れるだけで会社概要もSWOT分析も、アカウントプランや提案書まで一式出てくるようになっています。誰でも使えるので、トップパフォーマー以外のメンバーや新人を中心に大変喜ばれています。
しかもプロンプトには、日頃私が営業活動の中で行っている事前準備の方法を組み込み、精度を上げています。つまり誰もが簡単にトップパフォーマーと同じ行動を取れるようになったのです。こうしたAIエージェントのことを、営業リーダーの「分身」と呼んでいます。

SalesforceのAI活用事例とは 競争力の源泉は自社データとAIの組み合わせ
──SalesforceではどのようにAI活用をされているのか、もう少し具体的に伺えますか?
植松氏 AIエージェントを精力的に活用しています。まずターゲット企業の選定から、データ分析を踏まえた見込み顧客の特定、そしてアポイント取得までをAIが自律的に行ってくれます。メールを送って日程調整し、営業へフィードバックする部分もAIの役割です。つまりAIエージェントで見込み客の育成ができるようになっています。

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商談化した後は、類似商談の分析・検索やロールプレイングも可能です。商談相手からの想定質問に対してどう回答すべきか、AIがシミュレートしてくれるのです。
作田 ロールプレイングこそ、営業マネージャーがなかなか時間を割けない部分ですよね。ロープレを受ける側も、AIが相手なら怒られることもなければ恥ずかしくないので心理的ハードルが下がります。
植松氏 それだけでなく、録音した商談内容を自動的に項目をカテゴライズしてSalesforceに入力し、スコアリングする仕組みも構築しています。これらの内容を分析してサービス開発にも活かしていますし、営業が見逃した「商談のタネ」を洗い出すことにも活用しています。
──より一層AIが普及するこれからの時代、競争優位性を保つためのポイントは何でしょうか?
植松氏 Web上に存在しない「自社固有のデータ」と「外部データ」を組み合わせることです。例えばその企業独自の「勝ちパターン」のデータはWeb上に存在しません。他にも各商品の売上や商談からパイプラインへの転換率などWeb上に存在し得ないデータがたくさんあるはずです。

こうした「自社固有のデータ」と、Web上から取得できる会社概要やニュース、IR情報などの「外部データ」を組み合わせてAIに出力させることで、本質的なアカウントプランやお客様との議論のためのディスカッションペーパーができあがります。
パイプライン・ジェネレーションこそ営業リーダーの役割
──AIが多くの業務を担うようになる中で、営業リーダーの役割はどう変わるとお考えですか?
植松氏 これからの営業リーダーには、AIが出した出力結果をメンバーが理解できているか、どこまで実行できているかをサポートすることが求められます。英語の勉強やジムでの運動がなかなか続かないように、人間には「やるべきと分かっていてもできない」”弱さ”を抱えているものです。そこをサポートしてほしいと思っています。
AIの出力結果をもとにした最終的な意思決定も、営業リーダーにしかできない重要な役割です。大切なのは、営業リーダーのそれまでの現場経験をプロンプトにしっかり込めること。ここはITリテラシーではなく、これまで積み上げてきた営業としての実力が生かせる領域です。
作田 商談やパイプライン創出のためのアイデア出しや工夫も求められるでしょう。植松さんは私にとって前職の上司なのですが、その頃は毎日「パイプライン・ジェネレーション(商談を創り出すこと)」の重要性について口酸っぱく言われていました。
植松氏 重要なのは商談を「見つける」のではなく「創り出す」ことなんですよね。商談を創り出すためには、そもそもの利用目的を深く理解するなど高い視座で顧客の課題を捉えなければなりません。
作田 おっしゃる通り「課題は何ですか」と聞くだけでは、価値ある提案につながりません。視座を上げて顧客の課題を俯瞰できるようになれば、商談も大きくなりお客様からも信頼されるようになっていきます。
※パイプライン・ジェネレーションとは、案件(商談)の創出という意味です。マーケティングやインサイドセールスだけでなく、営業自ら案件を発掘することを指します。「パイプジェン」ということも。

──最後に、AIエージェント時代の営業リーダーへメッセージをお願いします。
作田 営業リーダーはAIによって自らを「拡張させる」という考え方を持つことが重要になってくると思います。経験豊富な営業リーダーのノウハウを、AIで拡張させて新たなビジネスチャンスにつなげていく。これは営業リーダーにしかできないことだと思います。
植松氏 AI時代に重要なのは、組織として正しいデータを持つこと、それをメンバーに持たせてあげることです。お客様もAIで多くの情報を蓄積しているので、正しいデータに基づいた質の高いディスカッションをできるかが勝負になります。そのためには、Web上で取れるデータ、自社固有データ、 外部データなどのすべてを蓄積しておき、そこにこれまで磨いてきた営業現場の知見をこれでもかと盛り込むことをおすすめします。
Speaker

植松 隆 氏
株式会社セールスフォース・ジャパン
常務執行役員 コマーシャル営業統括 グロースビジネス第1営業統括本部 統括本部長
立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科卒業。 新卒SEを経験後、大手システムインテグレータにてシステムのフルアウトソースを実施。2012年にセールスフォース・ドットコムに入社し、大手企業を中心にクラウドを利用した経営改革を実現。その後、部長職として中堅企業を中心にクラウドを利用した経営改革を実現。多くのお客様の改革をサポートし、2017年2月より現職。中堅中小企業向けの約120名の営業組織をリード。

作田 遼
株式会社ユーザベース
上席執行役員 スピーダ事業CRO
大学卒業後、日本ヒューレット・パッカードへ入社。アカウントマネージャーとして大手製造メーカー、エネルギー関連企業を中心に担当。2012年、Salesforceへ入社。大企業向けの営業を経験した後、2016年にはコマーシャル営業の部長に就任。中小企業や成長中のベンチャー企業に対する新規顧客開拓、既存顧客深耕、チームメンバーの育成に携わる。2020年2月よりコマーシャル営業 ストラテジック営業本部本部長を務め、営業戦略の立案から実行を担当。2022年から執行役員に就任。2024年5月、ユーザベースの執行役員に就任。2025年1月より上席執行役員 CROに就任。
