#研究開発(R&D) 2026/2/13更新

DICとヤマハ発動機が実践 | 技術開発を「感性とユーザー視点」で変革する6つのキーワード

DICとヤマハ発動機が実践 | 技術開発を「感性とユーザー視点」で変革する6つのキーワード DICとヤマハ発動機が実践 | 技術開発を「感性とユーザー視点」で変革する6つのキーワード

アート思考とデザイン思考は技術開発組織をどう変えるのか。2026年1月19日に放送されたビジネス情報番組「テクネ考」では、DIC株式会社 常務執行役員 有賀利郎氏とヤマハ発動機株式会社 執行役員 木下拓也氏が登場し、異なる視点の立場から「技術開発に非連続な進化をもたらす創造の思考」をテーマに語っていただきました。このレポートでは、両氏の発言を軸に技術と感性が交わる現場で何が起き、どのような組織的転換が求められているのか、6つのキーワードと、具体的な事例について解説します。

キーワード1|Direct to Society(ダイレクト・トゥ・ソサエティ)

DICは印刷インキ、顔料、樹脂などの材料を扱っている。有賀氏は「わかりやすい最終製品を扱っているわけではない、材料メーカーの私たちにとってデザインやアートは遠い存在だった」と率直に明かす。しかし、2024年に就任した池田 尚志 社長が「Direct to Society(ダイレクト・トゥ・ソサエティ)」という取り組みを掲げたことを機に、技術開発の方向性が大きく転換したという。

それまで同社は、加工メーカーや印刷会社など取引先の要望を汲み、ポリマー樹脂(DIC.PPS)では世界トップを走ってきた。しかし中国やアジアの競合メーカーの台頭により、そのシェアも徐々に下がっていった。そこで「最終消費者や社会の課題に向き合い、自分たちの材料が提供できる価値を模索しなければ将来的なニーズを予測できない」という危機感が高まり「Direct to Society」の実践を推進している。変化の激しい現代では、B to B企業もその変化をいち早く捉えるために、最終消費者や社会課題を直接知る必要がある。

キーワード2|デザイン思考と「技術マーケティング」

DICでは2021年より技術マーケティングに取り組み、全ての技術者にその考え方を身につけてもらおうと研修・育成に注力している。技術マーケティングとは、コア技術を競争優位性の源泉とし、技術を顧客価値に転換する活動のことを指す。顧客の潜在価値と顕在課題をヒアリングし、自社の技術ストックから新たな製品を生み出していく。このプロセスは、最終消費者のニーズや生活を観察し、すばやく試作品を制作しながら消費者の課題を解決するデザイン思考のプロセスに極めて似ている。「もともとプロトタイピングの文化はなかったのですが、試作を繰り返すうち自社の材料の可能性に気づいていきました」(有賀氏)。

プロトタイピングは単なる試作ではなく、顧客の潜在価値を共感的に理解し、技術の可能性を体験的に確かめる行為である。それはデザイン思考の実践だと言える。

キーワード3|基礎研究に通ずる「アート思考」の考え方

有賀氏は「研究者の発想とアートの考え方はとても似ている」と話す。基礎研究は新しい知を生み出す行動であり、研究者の探究心や「何かおかしい」という違和感から出発することも多い。そこで有賀氏は、コーポレートR&Dを統括していた際に研究所に隣接していたDIC川村記念美術館(2025年3月休館、2030年に国際文化会館内(東京)に移設予定)に研究員を派遣し、研究員がアートを鑑賞しそこから右脳的発想を生む対話型鑑賞を実践した。

「美術館が隣接しているのに、研究者がそれを活かさない手はないと考えたことが、この取り組みの始まりでした」(有賀氏)。芸術家が作品を描いたきっかけや「問い」の立て方などアート思考の考え方は研究者の右脳的発想を刺激し、研究者たちの新たな着想へとつながったという。

キーワード4|”所有”という行為の再定義

ヤマハ発動機の木下氏は、技術開発にアートとデザインが必要とされる背景の1つに、モノにまつわる価値観の変化を挙げた。オートバイはかつてA地点からB地点への移動体だったが、自動運転をはじめとする便利な移動体が登場し「転倒のリスクがあり、雨風にさらされる」などの不便さの方が表面化してきた。

モノを所有できれば幸福になれるわけではない現代において、オートバイの価値の再定義が必要になっている。ではそれでもオートバイを所有し乗り続ける理由とは何なのか。効率性や機能性ではなく、「生活を楽しむこと」── この価値を定義することがアート思考であると木下氏は考えている。

ヤマハ発動機株式会社 執行役員 クリエイティブ本部長(収録時)木下 拓也 氏

キーワード5|人間と技術を紐付け、探求した先の感動

ヤマハ発動機は「感動創造企業」を掲げ、自社をオートバイ創造企業ではなく感動を創造する企業だと捉えている。絵画、ダンス、音楽など人を感動させるアートは、人間性を探求し発露しようとする営みの結果生まれる。木下氏は「感動とは人に役立っているから生まれるものです。人間性を探求しなければ、感動とは何かを理解することができないですし、人間性に紐づいた技術でなければ感動を起こすこともできません」と強調する。そして今では「ART for Human Possibilities」という長期ビジョンを掲げている。

同社は2019年頃から立命館大学や東京大学と感動研究を始め、その過程で「感動とは何か」を紐解き、言語化・構造化したという。最終的には、感動を「生活を楽しむことに挑戦したその先にあるもの」と定義付けた。オートバイもピアノも、楽しむまでには練習が必要だ。最初は苦しいが、上達するにつれ新しい楽しみ方がひらけてくる。これを「鍛錬の娯楽」と呼び、楽しみのヒエラルキーを理解し、顧客がどの段階にいるかを把握しながら製品・サービスをデザインするのだと木下氏は話す。

キーワード6|研究開発に必要な直感的、右脳的アート思考

一般的に、デザイン思考もアート思考も右脳的発想と捉えられがちだ。しかし有賀氏は、「デザイン思考は左脳的で、アート思考は右脳的だと考えています」と話す。アート思考に通ずる直感的、右脳的発想は体験や経験を通じて得た感覚的情報を瞬間的に結びつけ、ビジュアライズすることで非連続的なアイディエーションを生み出す。一方、デザイン思考は生活者の暮らしを観察しそこから課題や解決方法を見出していく論理的な行為である。

技術開発において重要なのは「直感的、右脳的発想」だと有賀氏は強調する。偉大な研究者に発想の源を聞いてみると、右脳的発想やひらめきがきっかけになっていることが多いのだという。AI全盛時代の今でも、新たなクリエイションや未来の予測は人間の右脳的発想に依存する部分が大きい。

DIC株式会社 常務執行役員 グループCTO 技術統括本部長 工学博士 有賀 利郎 氏

デザイン思考・アート思考で生まれた製品・取り組み

ここからは、番組内で紹介されたデザイン思考、アート思考をもとに生まれた具体的な製品や取り組み例を紹介していく。

【DICの例】

球形ドローン  
池田 現社長が事業部門長だった頃、プロテクターバンパーの実験中「ドローンを球形にしてプロペラを配置すれば、平行移動や回転が容易になる」とひらめき、その場でスケッチして生まれたのが球形ドローンだ。この球形ドローンはCES2025でInnovation Awardを受賞。当時すでに池田氏は役員だったそうだが、「直感的、右脳的発想」をもった研究者が経営層にいるからこそ具現化した製品化だといえる。

樹脂メッキ型 ロボットフィンガー  
ポリマー樹脂(DIC.PPS)にレーザーでパターンを描き、メッキを施すことで樹脂自体がタッチセンサやひずみセンサになる。これをロボットフィンガーに応用することで、従来カメラで座標を検知していたロボットフィンガーをカメラレスで動作できるようになった。これは1人の技術者が10年かけてマーケティング活動を行ってきた結果生まれた製品だ。同社ではもともと材料の「物性値」などの数値を提示する方法で営業活動を行ってきたが、この例のように材料の特性を活かし新たな用途を積極的に提案するようになっている。用途や製品を具体化し、顧客に新しい価値を提示した好例だ。

水圧転写フィルムのプラント設計  
有賀氏が20年前に手掛けた水圧転写フィルムのプロジェクトでは、立体物に木目調のフィルムを水圧転写する際、空気が入って不良品になる問題があった。有賀氏は直感的に「空気が入らない機構をつくれるかもしれない」と思いつき、イメージのメモを描いてエンジニアと対話、そして実装することで不具合を解消した。右脳的ひらめきをすばやくアウトプットして形にすることが重要だといえよう。

【ヤマハ発動機の例】

ヤマハ流デザイン思考
ヤマハ発動機には、1955年の創業当時からオートバイなどのデザインを外部デザインファームに委託してきた歴史がある。その歴史を振り返り、同社が長年にわたって創造的な製品をつくってこられた要因を「ヤマハ流デザイン思考」として独自に定義している。

木下氏は、「社外のデザイナーが当社の事業や技術に対して、『デザインとはこうあるべきだ』と意見をくださるので、理想のデザインについて常に議論がなされクリエイティブジャンプが起こりやすい環境だったのだと思います。インハウスデザイナーだけでは、数字や売上の論理に負けていたかもしれません」と打ち明けた。

こうした背景を踏まえて、「ヤマハ流デザイン思考」とは<座組みの妙 × 場のつくり方 × やり方の工夫>だと木下氏は振り返る。

座組の妙とは、社外のデザイナーに客観的かつ本気で「あるべきデザインの姿」を意見してもらえる体制が組めていたことを指す。これにより、数字や短期の事業論理に左右されず、デザインの視点を保つことができた。場のつくり方とは、文字通りディスカッションする「場所」のこと。会社の会議室がいいのか、合宿に行くのか、あるいは顧客のオフィスがいいのか。場の設定が議論の質を左右する。そして「やり方の工夫」とは、決まったフレームワークに従うのではなくテーマごとにやり方をカスタマイズすることをいう。

同社ではこのように「座組み・場・やり方」を常に工夫し、「ヤマハ流デザイン思考」をアップデートしデザイン思考を実践するプロジェクトを「量的に増やす」ことを重視している。実際デザイナーが事業部門のビジョンメイキングやプロジェクト、会議などに出向き、ここ数年で40数件のプロジェクトと1075名に及ぶ関係者と「ヤマハ流デザイン思考」を実践した。

「破壊的なイノベーションは千三つ(1000のアイデアのうち成功するのは3つだけ)だと言います。ならばとにかくたくさんのプロジェクトに挑戦し、社内をクリエイティブにしていきたい」(木下氏)。

人間研究
企業目的として「感動創造企業」を掲げるヤマハ発動機では、感動のサイクルを生むには人間研究が必要だと考えている。人間研究とは、人を感動へ導く身体的現象(「没頭する」「集中する」などの行為)や、感情はどのようにつくられるのかについてを研究することを指す。自社の生涯顧客になってもらうため、「一瞬の体験」の先にある、「ハマってしまう」「人に伝えたくなる」状態をいかにつくり、感動のサイクルをどう生み出すかについて研究を続けている。

まとめ|創造的な組織を生み出す2つのキーファクター

最後に、デザインやアートの力を活かし、創造性を高めてイノベーションを起こすには次の2つが重要だという。

1.右脳的経験

研究開発は右脳的な発想やアイディエーションから始まると有賀氏は強調する。右脳的発想を生み出すには、体験、経験、感覚的な情報を蓄積し、それらを瞬間的に結びつける能力が必要だ。そのためには異分野体験や人との交流、感動といったリアルな体験、経験の蓄積が必要となる。発想の源となる「蓄積」がなければ、発想の結びつきも生まれない。

こうして生まれた発想を社内で推進し、具現化するには「体験や感動の蓄積」をステークホルダーに伝える能力も必要だ。そのためには、日頃からデザイナーをはじめとする多様なステークホルダーとの会話や体験を増やさねばならない。多様な体験や感動の蓄積からくる右脳的発想と、それを具現化するための翻訳・転換──その両立によって創造的な組織が生まれると有賀氏は考えている。

2.”3つの脳”を置く余白

木下氏はイノベーションを起こす組織(座組み)をつくるには、「ビジネス脳」「開発脳」「クリエイティブ脳」という3種類の考え方を持つ人を置く余白が必要だと説く。

「ビジネス脳」は数値化を得意とし、実施した施策のPL/BS上の効果を重視する。「開発脳」は実験と検証を通じて論理的に正解へと導く。そして「クリエイティブ脳」は正解のないものごとの価値を定義し、正解がないままで良し悪しを判断する能力のことを指す。一般的に、イノベーションが起きやすいのはこうした異質な人や考え方が組み合わさったときだと言われる。

全てを数字だけで判断する同質性の高い組織になってしまうと「儲かることは全てやるが、儲からないことはやらない」という極端な意思決定しかできなくなってしまう。マネージャーの仕事は、創造性を発揮させるために組織に意図的に「余白」をつくりクリエイティブな仕事に挑戦できる場を設計することだと木下氏は考えている。

Speaker

有賀 利郎 氏

有賀 利郎 氏

DIC株式会社 常務執行役員 グループCTO 技術統括本部長 工学博士

1964年東京都生まれ。1994年東京工業大学博士課程修了、同年大日本インキ化学工業入社。技術者として、生分解性材料や加飾フィルム開発を担当。加飾事業においては、家電・住設・自動車メーカーへの直接マーケティングを通じ複数の新規加飾フィルム製品の企画・開発・量産化に携わる。2015年よりマーケティングを担当、CVCの設立と、スタートアップとの連携・投資を核としたヘルスケア事業を推進。2020年から執行役員R&D統括本部長、2024年から常務執行役員 技術・R&D担当 技術統括本部長、2026年より現職。

木下 拓也 氏

木下 拓也 氏

ヤマハ発動機株式会社 執行役員 クリエイティブ本部長(収録時)

1967年福岡県生まれ。1990年九州大学工学部を卒業し、ヤマハ発動機(株)入社。MC(モーターサイクル)事業本部にてさまざまな役職を経て、2018年1月MC事業本部長に就任。同年3月執行役員。2022年1月にクリエイティブ本部長に就任し、製品・イノベーションに関わるデザインおよび企業ブランディングを統括する。

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