リコーとユニアデックスの経営企画部門が実践する、ソーシングから意思決定まで支援するAIエージェント活用術
AIは経営企画の仕事を変えることができるのか──。リコーでCVCを率いる伴野仁治氏と、BIPROGYグループの経営企画に携わりながら、個人としても複数の企業でAI導入を推進する波々伯部潤氏は、「AIとの対話を諦めないこと」や「AIによる標準化」が、いずれ「複利」となり組織に生産性の改善・進化をもたらすと説く。
AI活用のトップランナーである2人が、経営企画におけるAI活用の実践例から、組織への導入で直面した課題、そして未来の可能性を語り尽くす。聞き手はユーザベース スピーダ事業 CPO 西川翔陽が務めました。
※本レポートは、「Speeda Day ‘25」 ユーザーセッション「経営視点でひもとく、AI活用のリアルと可能性」の内容を再構成したものです。
Speeda Day '25
「Speeda、新生する」というコンセプトのもと、2025年10月9日に東京ポートシティ竹芝ポートホールにて開催されたSpeeda主催の1DAYイベント。情報収集・分析の先にある「意思決定と実行のありかた」を変えるべく約400人のお客様にお越しいただきました。当日はSpeeda史上最大の転換点として、AIエージェントを起点にした新プロダクト「Speeda AI Agent」のデモンストレーションやユーザー企業様によるセッション、ネットワーキングなどが行われました。
経営企画の現場から変革するAI活用の最前線
西川 リコーは経営企画部門におけるAI活用で先進的な取り組みをされている印象ですが、具体的な活用方法を教えていただけますか。
伴野氏 私は現在、CVCを通じてのスタートアップ投資と事業連携を担当しており、「投資領域の探索」から「投資の意思決定」まで一連の投資活動でAIを活用しています。
まず、投資領域を探索する段階では、AIのディープリサーチを活用します。ディープリサーチで簡易的に市場調査をした後に「スピーダ イノベーション情報リサーチ」などより専門的なデータベースとAIが組み込まれたツールを使い、情報の精度を高めながら深掘りしていきます。どの領域の、どのスタートアップにアプローチすべきか優先順位をつけたり、社内のどの事業と連携できそうか仮説を立てたりするわけです。
次に、スタートアップとの面談前準備や議事録作成では、現在15名いるチームメンバーが原則標準化された同じプロンプトを使っています。このようにプロンプトを標準化することは、組織的なAI活用において非常に重要なポイントです。

西川 投資活動の全工程にAIが組み込まれているのですね。
伴野氏 そうですね、とはいえまだ構想段階の部分も多いです。例えば、投資関連のレポートのドラフト作成には多少使えるようになってきましたが、デューデリジェンスや投資判断のサポート、いわば「AI決裁者」のような役割はまだ任せられるとは言えず、今後の技術進化に期待しています。
他にも、経営企画全体で過去の活動の振り返りにもAIを活用しています。例えば「過去の新規事業はなぜ失敗したのか」を分析する際に、関係者から集めた膨大なテキスト情報をAIでカテゴライズしたり、匿名化処理を施してサマライズしたり、といった使い方です。

西川 波々伯部さんは、伴野さんのお話をお聞きになっていかがですか。また、ユニアデックスではどのようにAIを活用されていますか。
波々伯部氏 リコーさんはエンタープライズ企業の中でも非常に進んだ事例だと思います。やはり多くのエンタープライズ企業ではセキュリティーの制約が大きく、リコーさんのように業務ワークフローに組み込むところについては、道半ばというのが実情ではないでしょうか。
私自身は、システムインテグレーターであるユニアデックス株式会社(BIPROGYグループ)で経営企画の仕事をしながら、個人会社でAI推進の支援もしています。私が所属する経営企画の現場では、会議の準備から議論の最中まで、ChatGPT、GeminiなどのAIを日常的に使用しています。
西川 複数を同時に、ですか。
波々伯部氏 常に同時に使っているわけではなく、ツールの進化や状況によりけりです。利用シーンとしては、例えば、会議中に論点が複雑になったときなど、その場でAIに情報を整理してもらいます。ひと昔前であれば「今日の議論をまとめて、1週間後にまた会議しましょう」となっていたところが、今ではその場で「この論点を縦軸と横軸で整理するとこうなりますよね」とAIに整理してもらって画面共有すれば済むようになりました。
これだけで1週間かかっていたリードタイムがわずか1分に短縮されるのです。経営において重要なのは、作業時間そのものよりも意思決定までのリードタイムであり、このリードタイム短縮がもたらすインパクトは計り知れません。

組織導入の鍵は「複利思想」と「標準化ステップ」
西川 伴野さんはリコーにおいて、15名のチームにAI活用を浸透させる上で、どのような点を意識されたのでしょうか。
伴野氏 とくに3つの点を意識しました。1つ目は「機密レベルの使い分け」です。スタートアップ探索や市場調査のようにオープンな情報を扱う場面ではAIを積極的に使えますが、経営戦略などの機密情報については、MicrosoftのCopilotにてデータがセキュアな環境でのみ使用するなど、明確に使い分けています。
2つ目は「複利思想」の重要性です。AIが出力した結果は最初から完ぺきではないのですが、そこでプロンプトの修正での改善を行う人と、AIで70%のモノを作りその後は手作業とする人では、2〜3カ月もすれば生産性に大きな差が生まれます。常に改善を重ねて精度が上がったプロンプトをチームメンバーで標準化・共有することで、まさに複利のように効果が拡大し、組織全体でレバレッジを最大化できるのです。
そして3つ目が「標準化のステップ」です。いきなり全員に同じツールや方法を強制すると、たいてい失敗します。そこでまずは数カ月間、各メンバーが自分の好きなツールで自由に「試す」期間を設けます。その試行期間を経てそれぞれの知見を持ち寄り、ベストプラクティスを議論して標準化するというアプローチを取りました。一度標準化したら終わりではなく、そのルールを守りつつ改善提案はいつでも受け付けて、皆で更新し続ける。この標準化と改善のサイクルを回すことが重要です。
波々伯部氏 非常に先進的ですね。とくにリコーさんのようなエンタープライズ企業の経営企画部門で、セキュリティーと利便性を両立させながら標準化を進めている点はすばらしいです。

西川 波々伯部さんは、さまざまなスタートアップのAI導入を支援されていますが、どのように導入を進めているのでしょうか。
波々伯部氏 私がご支援しているスタートアップでは、トップダウンで導入した際のスピード感に驚かされます。ある企業では、関わり始めた当初はほとんどの従業員がAIに触れたことがなかったのですが、月1回の勉強会、チャットでの活用や表彰などの仕組みを組み合わせた結果、わずか数週間でAI利用率が0%から100%に達しました。
また、大企業では難しい「ワークフロー自体の見直し」も、スタートアップなら非常に柔軟です。ノーコードツールを組み合わせて「10時間かかっていた業務をボタン1つで終わらせる」といった変革が、2〜3カ月という短期間で実現しています。

AIへの期待──「第2の脳」「事業部長の右腕」へ
西川 新たに発表された「Speeda AI Agent」をご覧いただいて、率直なご意見や今後のご期待を伺えますでしょうか。
波々伯部氏 「第2の脳」としての進化に期待しています。従来のSpeedaは、手作業で行っていた膨大な情報収集を自動化してくれた点で画期的でした。しかしAIの登場で、世の中のニーズは情報の単なる「収集」から、「選別」や「分析」、さらには「示唆の発見」へと移っています。
これからのSpeeda AI Agentには、収集した情報に基づいて、複数の仮説や事業シナリオを提示してくれるような機能を期待したいです。人間がゼロから考えるのではなく、AIが提示した複数の選択肢を叩き台にすることで、経営企画の仕事の質は格段に向上するはずです。まさに自分の「脳の延長線上で使えるパートナーです。

伴野氏 私は、より上位レイヤーでの活用を期待して「事業部長の右腕」と表現したいです。私たち経営企画メンバーの相棒というレベルにとどまらず、経営層の意思決定を直接支援できるレベルまで進化してほしいですね。
経営層の意思決定を直接支援できるレベルに進化するためには、IRなどで公開されているセグメントレベルの財務情報ではなく、企業内部の事業ポートフォリオレベルの業績データも組み合わせて分析できることが不可欠です。社内データとSpeedaの持つ外部データを掛け合わせることと、日常使いできるような使いやすいUIにより、真の価値が生まれると考えています。

西川 ありがとうございます。今回はお二方の実践的な取り組みから、AIは単なる効率化ツールではなく、人間の思考を拡張し、より付加価値の高い意思決定と行動を促すための「触媒」であることがわかりました。最後にお2人からひと言ずついただけますでしょうか。
波々伯部氏 最近読んだ本に「今の問題は、何が問題か分からないことが問題だ」というフレーズがありました。まさに現在の経営企画が置かれている状況だと思います。
情報に振り回されることなく、かといって現状に立ち止まるのでもなく、企業として前に進むためには、何らかの仮説を立てて行動に移すことが不可欠です。その一助として、Speeda AI Agentのようなツールが、行動に移すための仮説作りをサポートしてくれる、そうした進化を期待しています。
伴野氏 AIの活用は、1社だけに閉じるのではなく、今回のような場で経営企画やCVCに携わる皆さんと情報交換しながら進めることで、より広い範囲で「複利」の効果を活かせるようになると感じています。私もぜひ、皆さんといろいろ相互に学ぶ機会をいただければと思います。
Speaker

伴野 仁治 氏
株式会社リコー 経営企画センター 事業開発室 室長
2008年新卒でリコー⼊社後、⽣産部⾨(沼津)において⽣産拠点戦略、⼯場⽴上げ、⽣産管理システム構築などに従事。2015年からイギリスに海外駐在。事業運営‧新規事業開発。2020年より経営企画部⾨にて全社中経戦略⽴案,事業PFM⽴上げ、2021年より経営企画部 事業開発室 室⻑。M&A含む⾮連続成⻑の推進。2023年11⽉ CVC(RICOH Innovation Fund)⽴上げ。プライベートでは3児の⽗、趣味はサッカー観戦。

波々伯部 潤 氏
合同会社HOHO
新卒でリクルート⼊社、営業‧財務‧M&A/PMI業務を経て⾹港駐在。その後、複数社のCFOおよび経営企画を経験。現在はユニアデックス株式会社(BIPROGYグループ)の経営企画部にて、業務改⾰プロジェクトや投資関連業務などに従事。個⼈会社にて、さまざまな企業‧団体から各種アドバイザー業務や⽣成AI研修などを受託。特技はテレワーク向け⼿抜き料理(ありもの⾷材‧時短‧3品、物価⾼に負けず家族5⼈分1,000円以下)。

西川 翔陽
上席執行役員 スピーダ事業CPO
大学卒業後、ソニー株式会社(現 ソニーグループ株式会社)へ入社し、本社経営企画・新規事業開発等に従事。2013年より教育NPOの理事、2016年より東京大学生産技術研究所で協力研究員を務める。2017年にユーザベースへ参画。営業、インサイドセールス、マーケティング、カスタマーサクセス、プロダクトマネージャー、執行役員CCO(Chief Customer Officer)を経て現職。