サステナビリティ経営とは? 企業における重要性と実践方法
「いまさら聞けない用語解説シリーズ」は、ビジネスの現場で役立つ経済用語・最新トピックを紹介するコンテンツです。用語の基本的な説明をするだけでなく、執筆者の経験にもとづく見解や具体事例を盛り込むことで、より理解が深められる内容になっています。今回は、環境・サステナビリティ領域のコンサルタントとして活躍している松沢優希さんが「サステナビリティ経営」について解説します。
Speaker
松沢 優希
日本IBM サステナビリティ担当 シニア・マネージング・コンサルタント
環境・サステナビリティ領域のコンサルタント。 環境ソリューション企業にて、新規環境ビジネスの開発やリサイクル工場の管理等を経験したのち、日系コンサルティングファームへ。 国内外の環境関連制度の検討に資する調査業務、民間企業の環境戦略の策定支援や新規環境ビジネス開発に向けた調査検討・実証支援等、40以上のプロジェクトに従事。 2023年1月より日本IBMのコンサルティング部門にてサステナビリティ関連の企業支援を行う。2019年12月よりNewsPicksプロピッカーとして環境関連ニュースに継続的にコメント。専門家プラットフォームNewsPicks Expertにて、エキスパートアワード2021(ベストインタビュー賞)および2022(プロピッカー賞)を連続受賞。 ※当ページの発信内容は所属組織を代表するものではございません。
はじめに
「サステナビリティ経営」という言葉を耳にしたことはありますか? これは、経済的な利益だけでなく、環境的・社会的な影響も考慮に入れて企業経営を行う経営スタイルです。近年、このサステナビリティ経営が企業の競争力を高め、持続的な成長を達成するために重要であるとして、注目が集まっています。
サステナビリティ経営とは具体的に何を意味するのでしょうか。また、なぜそれが企業にとって重要なのでしょうか。そして、どのようにしてサステナビリティ経営を実践すればよいのでしょうか。
この記事では、これらの疑問に答え、サステナビリティ経営の重要性とその実践方法について解説します。サステナビリティ経営の取り組みを始めるための第一歩として、ご一読ください。
サステナビリティとは
「サステナビリティ」を「持続可能性」と訳すイメージは、1987年のブルントラント委員会における報告書「Our Common Future(邦題「地球の未来を守るために」)」の影響が顕著です。
この報告書では、持続可能な開発を「現在の世代のニーズを満たすために必要なものを確保しつつ、未来の世代が自分たちのニーズを満たす能力を損なわない開発」と定義しています。そしてこの報告書は、その後の持続可能な開発の議論や行動の基盤となり、2015年に示された持続可能な開発目標(SDGs)に繋がっています。
持続可能な開発の三つの柱は、経済、社会、環境であり、これらがバランス良く考慮されていることが求められます。
企業における「サステナビリティ経営」とは
サステナビリティ経営とは?
サステナビリティの概念は、経済成長を否定しません。しかし、無制限の経済成長は環境への負荷を増加させ、社会的な不平等を生む可能性があるために、経済活動は環境や社会の側面と調和を図る必要があると考えられます。
これを受けて、サステナビリティ経営とは、企業が経済的な利益だけでなく、環境的・社会的な側面も考慮に入れて経営を行うことを指します。
具体的には、CO2排出量の削減、リサイクルの推進、健全な労働環境の確保などを、継続的にビジネスに取り込むことが挙げられます。加えて企業は事業活動を通じて、社会課題の解決に貢献することも期待されています。
CSRとサステナビリティ経営の違い
CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)とサステナビリティ経営は似ていると感じる方も多いと思います。しかし、CSRとサステナビリティ経営は、考え方が根本的に異なります。
CSRは、企業が経済的な利益だけでなく環境的・社会的な影響に対して責任を果たすべきだという考え方に基づいています。一方で、サステナビリティ経営は、企業が環境的・社会的な側面をバランス良く考慮した経営を行い、長期的な成長と繁栄を目指す経営スタイルです。
CSRは、企業の社会的責任を果たすための個別の取り組みやプロジェクトとして実施されることが多いです。一方で、サステナビリティ経営は、企業のミッションやビジョンに組み込まれ、経営戦略の中心に据えられることが一般的です。サステナビリティ経営は、企業の長期的な繁栄と持続可能な成長を目指す一方で、CSRはこのような長期的な視点を必ずしも持っているわけではありません。
現代の企業は、気候変動、資源の枯渇、人権問題など、グローバルな課題に直面しています。これらの課題に対処するためには、単に責任を取るという考えを超越した、戦略的で包括的な取り組みが求められます。さらには、投資家、消費者、従業員など、多岐にわたる利害関係者が、サステナブルな企業経営に対し強い関心を示しています。
サステナビリティ経営は、より現代企業にマッチし、長期的な成長と競争力の強化に不可欠なものであるといえるかもしれません。
SDGsとの関連性
SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)は、2015年に国連総会で採択された17の目標です。
その下に連なる169のターゲットとともに、貧困、格差、環境問題などの地球規模の課題を解決するための方針を定めたものです。SDGsは、2030年までに達成することが目指されており、国や自治体、企業、市民一人ひとりが参画し、それぞれの立場で取り組むことが求められています。
「サステナビリティとは」で述べた通り、サステナビリティ経営とSDGsは深く関連しています。
SDGsが採択された当時、国際連合事務総長であった潘基文氏が、「企業はSDGsを達成する上で重要なパートナーである。企業はそれぞれの中核的な事業を通じてこれに貢献することができる。私たちはすべての企業に対し、その業務が与える影響を評価し、意欲的な目標を設定し、その結果を透明な形で周知するよう要請する」と述べていた通り、SDGsの目標達成に企業の力は不可欠であり、事業と離れた取り組みではなく、事業活動そのものを通してSDGsに貢献することが期待されています。
さらにSDGsは、世界で望まれる社会課題解決のゴールとして公的かつ政治的な合意であることから、この目標を参考にこの世に存在するあらゆる社会課題を俯瞰し、企業の目標設定に活かすことも可能です。
たとえば、企業が持続可能な経営を推進する上で、重要かつ優先すべき課題やリスクであるマテリアリティ(重要課題)の特定に、SDGsを活用している企業も多く存在します。
企業がサステナビリティ経営を進めることで、SDGsの目標に貢献すると同時に、SDGsの視点を取り入れることで、サステナビリティ経営をより深化させることができるのです。
サステナビリティ経営のビジネスメリット
サステナビリティ経営によって長期的には環境や社会の持続可能性に寄与すると理解はしても、メリットがイメージしにくいために、踏み切ることができない方も多いかもしれません。しかし実際のところ、サステナビリティ経営は企業にとって多くのビジネスメリットをもたらすと言われています。
ここでは、戦略実行のためのツールであるバランス・スコアカードにおける4つの視点から、サステナビリティ経営のメリットの例を示します。
◾️財務視点のメリット
(1)投資家からの評価向上
世界のサステナブル投資に関する情報を提供するGlobal Sustainable Investment Alliance (GSIA)の調査によると、2020年には全運用資産の約36%がサステナブル投資となっており、拡大傾向にあるといいます。つまりは、サステナビリティ経営を行う企業は、投資を集めやすくなると考えられます。
さらに、こういった企業は、ポジティブスクリーニング、つまりはESG(環境、社会、企業統治)の観点から評価の高い企業やセクターを投資対象とする動きの対象となりやすく、環境や社会に対してネガティブな影響を与えると判断される産業からのダイベストメント(投資の撤退)を避けることができると考えられます。
◾️顧客視点のメリット
(2)ブランドイメージの向上
世界の様々な機関で、生活者意識に関する調査が進められており、サステナビリティへの生活者意識の高まりが、購買行動に影響を与えているという有意な結果が示されています。
具体的には、消費者が製品を選ぶ際に、その製品が環境に配慮しているかどうかを重視する傾向が強まっています。つまりは、サステナビリティ経営を行う企業は、その取り組みを通じてブランドイメージを向上させることができると考えられます。
◾️業務プロセス視点のメリット
(3)リスク管理や規制対応
サステナビリティ経営を行う企業は、社会課題を俯瞰し、自社にとってどのようなリスクが中長期的に顕在化しそうなのかを真剣に分析します。そして対策を行うことで、事業リスクを未然に防ぐことができます。また、規制にも打たれ強い企業体質となります。
(4)ムダ・コストの削減
サステナビリティ経営では、製造・流通時のロスや廃棄物の撲滅、徹底的な効率化など、あらゆる汚染や現場の無駄を減らすことにチャレンジします。これらは現場の課題解決やオペレーションの向上にもリンクしており、改善に取り組めば、コストの削減、および生産性や収益性の向上に繋げることが可能です。
◾️学習と成長視点のメリット
(5)イノベーションと競争優位性の獲得
サステナビリティ経営に取り組む際、企業は自社の製品やサービスを再考し、それらが環境や社会に与える影響を最小限に抑えたり、改善したりするための新たなアイデアや解決策を生み出すことを必要とします。これにより、新たな市場の開拓や、製品、サービス、プロセス、ビジネスモデル開発におけるイノベーションを促進することに繋がります。
(6)従業員の満足度の向上
サステナビリティ経営は、従業員が自分たちの仕事が社会的な価値を生み出し、環境に配慮したものであると感じることを可能にします。これは従業員の満足度を高め、優秀な人材を引きつけます。
デロイトの調査によると、サステナビリティの取り組みが先進的な企業で働く従業員は、取り組みが不十分な企業で働く従業員よりも、仕事に対するエンゲージメントと満足度が高く、その企業に長く留まる傾向があると報告されています。
以上のように、サステナビリティ経営は、企業競争力の向上と、様々なステークホルダーの評価向上に寄与する可能性があります。
サステナビリティ経営の実践・始め方
実際にサステナビリティ経営を始めるには、どのようなステップを踏むべきでしょうか。この章では、サステナビリティ経営の始め方や、実践のステップをご紹介します。
ステップ①課題の洗い出し
まずは企業が関連する社会課題や環境課題を洗い出します。例えば、企業が影響を及ぼす可能性のある地域社会の問題や、気候変動による原材料の枯渇、労働者の人権問題などが含まれます。
ステップ②経営理念や経営ビジョンの再定義とコミットメント
グローバルな外部環境を捉えたうえで、中長期的な企業戦略として、どのように貢献すべきかを検討します。必要に応じて、企業の根幹を担う経営理念や経営ビジョンを含めた経営戦略の階層すべてを、サステナビリティの観点から再定義することを検討します。このうえで、サステナビリティ経営に向けたトップのコミットメントを示すことが重要です。
ステップ➂重要課題(マテリアリティ)の特定、戦略への落とし込み
社会課題の中でも、特に自社としてコミットする課題を、重要課題(マテリアリティ)として明確にします。絞り込んだ重要課題を踏まえて、どのように対応し、中長期的な企業価値の向上に繋げようとしているかを、全社戦略、事業ポートフォリオ、事業戦略、事業目標やKPIに落とし込んで示します。
ステップ④組織体制の整備
事業戦略を実行するために、サステナビリティ経営を実践するための組織体制を構築します。俯瞰して取りまとめ、推進する組織・メンバーのほか、変革の中心となる実行チームも必要です。
ステップ⑤実行と評価
サステナビリティを起点にした事業戦略を実行に移し、その結果を評価します。評価する際には、目標に対して実績はどうであったかを認識します。下記⑥に示す通り、ステークホルダーに評価を求めることも必要ですが、自社内でも実行後の評価と再実行を含めたPDCA(Plan - Do - Check - Action)のサイクルを何度も回していきます。
ステップ⑥ステークホルダーとのコミュニケーション
ステークホルダー(顧客、投資家、地域社会、従業員など)とのコミュニケーションを実施し、サステナビリティ経営の取り組みを共有し、評価を得ます。
ステップ⑦改善と進化
評価とフィードバックを基に、サステナビリティ経営の取り組みを改善・進化させていきます。
ビジネス環境や社会的なニーズは常に変化しますので、サステナビリティ経営の実践も一巡して終わりではなく、状況に応じて変化させつつ、実行と見直しのループを繰り返していきます。
まとめ
サステナビリティ経営は、経済的利益だけでなく、環境的・社会的な側面も考慮に入れて企業経営を行う先進的な経営スタイルです。これは、企業に持続的な成長をもたらすとともに、多岐にわたる利点を生み出す可能性があります。
サステナビリティ経営に取り組むためには、変動するビジネス環境や社会的要求に対応し、取り組みを継続的に改善・進化させる柔軟なアプローチが必要です。
決して一朝一夕に完成するものではありません。しかし、サステナビリティ経営の取り組み自体がビジネスの成長と競争力の源泉となり、推進し続けることで、社会環境の持続可能性とともに、企業の持続可能性も同時に高まっていくでしょう。