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#新規事業開発 2023/3/9更新

セミナーレポート 既存事業にとらわれない非連続な成長を創る新規事業開発

既存事業にとらわれない非連続な成長を創る新規事業開発 既存事業にとらわれない非連続な成長を創る新規事業開発

2020.8.5 WED / 株式会社ユーザベースが主催するH2H(Home to Home)セミナー「既存事業に捉われない 非連続な成長を創る新規事業開発」が開催されました。既存事業に変わる次なる事業の柱を育てるため、新規事業提案制度やイノベーション創出プログラムなどが立ち上げられています。一方で「シナジーを追求した結果、既存事業の延長線上になり、イノベーションが生み出せない」とお悩みの方も多いのではないのでしょうか。
そこで今回、東日本旅客鉄道株式会社の「ON1000(オンセン)」を運営する菊池康孝氏と、株式会社NTTドコモの「39works」を運営する中島義明氏をお招きし、どのように非連続な事業創出に挑戦されているのか、対談形式でセッションを行いました。

[モデレーター]
株式会社ユーザベース 執行役員 B2B SaaS事業マーケティング&ブランディング担当:酒居 潤平

Speaker

菊池 康孝 氏

菊池 康孝 氏

東日本旅客鉄道株式会社
事業創造本部 新事業・地域活性化部門

東日本旅客鉄道株式会社に新卒入社後、駅ビルショッピングセンターのフロア運営、テナントリーシング業務を経験。その後、中央線の駅ビル開発や沿線開発事業に携わる。2018年、現在の所属部署である事業創造本部にて、社員による新規事業開発プログラム「ON1000(オンセン)」を企画立案し、スタート。プログラムの実施、制度設計、推進体制整備に取り組んでいる。

中島 義明 氏

中島 義明 氏

株式会社NTTドコモ
イノベーション 統括部グロース・デザイン担当 主査

2005年に株式会社NTTドコモに入社。携帯電話へのGPS搭載やWindows Mobile端末のリリースに従事した後に、社内の研究開発の取りまとめの業務を経て、NTTドコモベンチャーズに出向。2014年から新規事業創出プログラム「39works」の立ち上げに参画。以後、新規事業に参画しつつ、事務局として運営や支援を実施。中小企業診断士。

酒居 潤平:まずお二方の自己紹介をお願いします。

菊池 康孝 氏(以下、菊池):JR東日本の菊池 康孝です。新卒で入社して以来、長年にわたり駅ビルやショッピングセンターの建設、商業施設の店舗運営、テナントリーシング業務などを経験してきました。現在は生活サービス事業を統括している事業創造本部で、新規事業開発・推進に携わっています。

中島 義明 氏(以下、中島):NTTドコモの中島 義明です。携帯電話のGPS搭載やWindows Mobile 端末のリリースなどに従事し、R&Dといった研究・開発方針を決める部署で働いた後、6年ほど前に新規事業創造プログラム「39works」を起ち上げました。現在は「39works」の運営をしながら、実際に案件も担当しています。

圧倒的なアイデア数と行動量が非連続な成長を生み出す

酒居:お二方とも新規事業創出プログラムの設立から運営に携わっていますが、それぞれの取り組みについて教えていただけますか。

菊池:当社の中期経営ビジョン「変革2027」では、2040年までに日本の総人口が3割近く減っていくことが予測されており、鉄道事業のように人口と相関性がある事業においては新しいチャレンジが必要だと考えています。

そのため当社では、「既存の延長線上ではない”非連続”な事業であること」をテーマに掲げ、社内新事業創造プログラム「ON1000(オンセン)」を2018年に起ち上げました。
本プログラムでは、グループ会社を含めて約75,000人いる全社員を対象に新規事業アイデアを募集し、新たな事業を創り出していこうと取り組んでいます。

新規事業は成功率が千三つと言われるほど軌道に乗せるのは至難の業ですが、量は質を凌駕するという考えのもと、とにかく多く考え、実行に移していくことで非連続な成長を生み出していくことを考えています。とはいえ、応募者には3つの軸だけ守ってもらうようにしています。

まず1つ目は「事業のスコープを社会全体に広げること」です。会社の課題だけに目を向けると既存事業の延長線上にある連続的な事業しか浮かんでこないため、社会全体の課題に目を向けることを大切にしています。2つ目は「30年後の未来からバックキャスティングで考えること」。30年後の社会はどのようになっていて、その時に抱えるであろう課題はどういうものなのかー論文や調査資料などのファクトデータも参照しながら30年先の未来を想像し、自分が提案するアイデアが未来の課題をどのように解決するのか、未来との紐づきを考えて起案してもらいます。最後は「個人や生活者としての価値観で発想すること」で、自分や周りの課題を多角的な視点で考え、発想へと繋げるようにしています。

中島:当社では企業理念に「新しいコミュニケーション文化をつくっていく」、そしてブランドスローガンには「いつかあたりまえになること」を掲げ、未来の”あたりまえ”を創っていきたいという思いから「39works」を起ち上げました。当社が取り組む新規事業創造プログラムには「39works」の他に、人事部と共同開催している「LAUNCH CHALLENGE」があります。「39works」は主にR&D社員を対象としており、通年応募が可能になります。「LAUNCH CHALLENGE」においては、ドコモグループの全社員が対象であり、年1回応募ができます。

「39works」を起ち上げた背景には、大きく変化していく環境へスピード感をもって順応していかないと、自分達が”茹でガエル化”するのではないかという危機感がありました。そこで、プロダクト開発においてお客様の声をもとに改修するスピードを早くするため、社内プロセスを大きくアップデートしました。社外パートナーとプロジェクト体制を組むことで、企画から開発、運用、保守までを一貫して実施しています。また事業化するまでのスピードを上げるためにも、まずは小規模でスタートし、高速にPDCAを回して改善を繰り返しながら、マーケットの声を重視してビジネスを育んでいくようにしています。これまで形にならずにクローズした新規事業案件もありますが、クローズすることが悪いわけではありません。経験データとして次回に活かすために、当社では「FailCon」というイベントを開催し、失敗した理由や振り返りを共有する場を設けています。

また運営するうえで、私達自身も楽しむことを大切にしています。そのため「39works」の行動指針としてエベレスト『ヒャッホー!』を掲げ、無謀な破壊ではなく、高い目標に楽しみながら挑戦するようにしています。

酒居:そもそもなぜ既存事業の延長線から脱したアイデア創出が必要なのでしょうか。

菊池:現在私たちが見ている景色は、新型コロナウイルスによって急速的かつ強制的にあらゆる変化がもたらされた結果、10~20年かけて緩やかに見えるはずだった景色を目の当たりにしているわけです。テレワークが急速に浸透する中、with/afterコロナ社会では駅に人が集まるという前提を考えなおし、新たなビジネスを考えていかなければなりません。

既存の事業の延長線で事業を発想してしまうと、現在の会社にとってのメリットやシナジーを考えてしまい、既存の枠組みから脱することはできません。加えて、既存事業とシナジーを生み出せる事業は、すでに既存部署が全力で取り組んでいます。私達がフォーカスすべきはイノベーションを加速するアイデアを創出することなのです。

小規模でスタートし、段階的に事業性を検証する

酒居:新規事業アイデア創出というと壮大なイメージを持たれ、応募自体を尻込みをしてしまう方も多そうですが、積極的に参加してもらうための仕組作りはどのように行っているのでしょうか。

菊池:とにかく多くのアイデアを考える事ができるように、読書感想文程度の文字数で提案フォーマットを作成し、エントリーできるようにしています。書類審査後はプレゼン審査を行い、通過したものはJR東日本の事業創造本部の社員と外部の専門家のメンタリングのもと、約3か月をかけて事業化に向けて一緒にブラッシュアップをしていきます。

最終審査は、当社幹部役員だけではなく、ベンチャーキャピタルの社長や起業家など外部審査員の方々もお招きし実施します。最終審査を通過した案件は約6ヶ月かけて事業化検証・審査を行います。全ての審査を通過した方は、事業創造本部に異動し、実際に事業化に向けて動き出すという流れです。このようにエントリーできる敷居を低くすると共に、事業化へのプロセスにおいても段階的なサポート体制を設けることで、発足してから1,600件ほどのアイデアが集まっています。

中島:新規事業を創り出そうとする時に、まずは小さくスタートし段階を分けることが非常に大切です。「39works」を発足した当時は、起案された後はすぐに事業化検証となり、特に段階を踏んではいませんでした。しかし発足から約1年半経った時、突然エントリー数が減少したんです。

そこで社内ヒアリングを行ったところ、新規事業と言われても何から始めればいいか分からない、という社員の声が多くあがり、応募することへのハードルが非常に高くなっていたということが分かりました。

そのため現在では、事業化するまでのフェーズを3つに分け、第1フェースではアイデア創出とユーザーが抱える課題の確認・顧客候補の発見を行い、第2フェーズでアーリーアダプタへの提供をすることで受容性を確認します。そこでソリューション検証ができた場合、最終フェーズで収益性などの事業化検証を行うように仕組を変えました。

酒居:多くのアイデアが起案される中で、実際に事業化した事例はどのくらいあるのでしょうか。

菊池:発足した初年度は3件の事業化に繋がっています。まず1つ目が、ベビーカーのレンタルサービスです。駅だけで借りられるのではなく街でも借りられるようにし、全国展開していきたいと考えています。もう1つが観光ツアーバスです。空席を個人旅行者とマッチングするようなサービスで、インバウンドなども視野に個人旅行者を対象にサービス展開をしていく予定です。3つ目は、実際に起案者のペットが健康を崩したのをきっかけに創った、献血ができる仕組構築などペットの健康サポートを目指している事業です。

中島:当社も「ecコンシェル」という、一人ひとりのお客様にあった最適な購入体験を導き出し、実店舗での体験のような極上の「接客体験」をWEBで提供するサービスを起ち上げています。他にも、駐車場事業者向けソリューション「docomoスマートパーキングシステム」や「embot(エムボット)」といわれるプログラミング教育ロボットもスタートしています。

酒居:本業と兼務をしながら事業化の準備をする中で、所属チームなど社内の理解が重要になってくるように思いますが、その点に関しはどのように環境を整えているのでしょうか。

中島:「39works」はCTO直下に配属されているチームのため、CTOから許可がでればリソース配分に関しては柔軟に対応してもらえる状況があります。「LAUNCH CHALLENGE」においては、人事部との共同開催であり、かつ6ヶ月という期間限定で行うこともあり、所属部署の上長や同僚からの理解は得やすい環境は整っています。

菊池:「ON1000」に関しては、”非連続”という明確なテーマを立てることで経営層と認識を擦り合わせられたことが大きかったと思います。既存の延長線上で考えない、つまりこれまでの事業創出とは考え方が全く異なるという点を理解してもらう。プロジェクト運営側も強い意識をもって社内に情報発信したうえで規定を作り、新規事業創出に対する意識醸成を徹底していくことが重要だと思います。

非連続な新規事業を生み出すために大切なこととは

酒居:新規事業アイデアを創出するうえで、大切にしていることは何でしょうか。

中島:発案者自身の原体験や身の回りで気付く日々の課題感からアイデアを救い上げていくことが大事かと思います。原体験があることで事業に対する強い思いを持つことができ、当人のモチベーションも維持されやすいと思います。また、その熱い思いは周りにも伝わるので、良いケミストリーを生み出しやすくなります。

新規事業は飛び地をつくっているようなものなので、打った飛び地が外部環境が変化することで将来的に凄く大きな波紋になるかもしれない。その時に会社としてリソースをどのように投下していくのか、市場アプローチをどうすべきかというフィードバックをかけていけることも踏まえて考えながら、新規事業を創出していくようにしています。

菊池:発案者当人の強い思いというのは大切な要素ですね。やはりリーダーシップを取り実行していくのは当人ですから。アイデアを審査するえで、その事業の「新規性」や「スケール性」は重要視しますが、本業が何兆円とある中で新規事業を起ち上げてすぐに数千億円規模の事業にはならないので、与えるインパクトを考えると動き出せなくなってしまう。だからこそまずは数多くアイデアを出し、小規模で起ち上げていくことがキーポイントになります。

酒居:起案や実行の段階では、売上規模や売上成長などの事業計画はどのように考えているのでしょうか。

中島:起案する段階で事業計画を立てても、机上の空論での推測でしかないので、ユーザーヒアリングを通し、現実的なコスト感を把握し、実を伴ったソリューションの検討に入ることができます。そしてソリューションを実際に提供してみることで、ユーザーが払ってくれる金額や期間など、ファクトを集めることで不確実なものが徐々に正値化されてくるわけです。そのうえで事業化をする際に、それまでの実績をもって、広告や開発を含めてどのくらい投資をしたら回収できるのかという事業検証、そしてこれまで収集してきたファクトが本当に正しかったのかという仮説検証を行っています。

菊池:当社の場合も、直近の収入と中長期的なポテンシャルを踏まえて考えて、将来的な可能性を見出しています。新規事業でいう、TAM(Total Addressable Market = 獲得できる可能性のある最大の市場規模)、SAM(Serviceable Available Market =実際にその製品がアプローチできる市場規模)、SOM(Serviceable Obtainable Market =実際にその製品が獲得できる市場規模)の話です。SOMはこれくらいで、黒字化はこれくらいで見込めますというような形で、国内から国外に広がればどうなるかも想定し、TAMをだすようにしています。

酒居:今後お二方が取り組まれたいことは何でしょうか。

菊池:社内の応募数を増やしていくために、いかにコミュニケーション量を増やせるかが鍵になってくると感じています。特にコロナ禍で将来に不安を感じている社員もいると思うので、さまざまな取り組みやスキル、考え方、ツールを届けることで、あらゆる可能性を見せていくことが大事なのかなと感じています。

中島:発案者側の原体験が重要になるので、そこは最も大事にしてほしいなと思います。実際にユーザーの方々と会うことで主観だけのイメージだったものが、より幅広い視野で具現化されていくわけです。そのため、まずは原体験を大事にしながら、積極的にユーザーの方との会話量を増やしていってほしいなと思います。そして運営側としては、どのように会社や社会が変わっていくのか読めない部分がある中で、当社のビジョンに対してどのようなストーリーが可能性を秘めているのか広い視野で受け止めていく必要があると考えています。

酒居:それぞれの立場からの示唆に富んだお話をいただき、ありがとうございました。