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セミナーレポート 未来の市場を創り出す 新規事業開発のリアル

未来の市場を創り出す 新規事業開発のリアル 未来の市場を創り出す 新規事業開発のリアル

2021.2.17 WED / 株式会社ユーザベースが主催するH2H(Home to Home)セミナー「未来の市場を創り出す 新規事業開発のリアル」が開催されました。急激な市場環境の変化の中で、既存資産を活用した新事業領域の開拓は企業の成長戦略を描く上で不可欠と言えます。一方、「事業化へのハードルが高い」「既存体制でのイノベーションは難しい」など、事業立ち上げには多くの困難が伴います。そこで今回は新規事業開発の現場で多くの市場創出実績をもつお二人に、なぜ新規事業開発に挑戦するのか、新規事業の成否を分けるものは何かといった、着目すべきポイントをお伺いしました。

Speaker

大谷 渉 氏

大谷 渉 氏

株式会社リコー
執行役員
Smart Vision事業本部 事業本部長 兼 Ricoh Innovations Corporation 会長

1985年リコー入社、研究開発、技術企画部門を経て、2012年から新規事業開発担当として、全社の事業開発プロジェクトの運営と投資判断の責任者。提案~実行プロセスの設計および日本、USとインドの事業開発拠点の運営を行ってきた。2017年からは自ら立ち上げた事業テーマの事業本部長として運営中。企業内の事業開発プロセス全般の経験を持ち、価値創出にフォーカスする。

大幸 秀成 氏

大幸 秀成 氏

株式会社東芝
CPSxデザイン部 チーフエバンジェリスト
研究開発センター研究企画部 参事

1982年株式会社東芝(当時の東京芝浦電 気株式会社)入社。入社後26年間は、半導体製品のマーケティング、研究開発、製品立上げ、販促、FAEとして国内外顧客開拓を中心に活動。並行して、米・欧企業とのアライアンス、共同開発を推進。最近の12年間は、半導体に関わらず、東芝グループの異部門をつなげ、新規事業立上げを推進、社内プロデューサー役も担う。異業種・異文化の顧客やパートナー企業と開催する「共創ワークショップ」を新規市場開拓のフレームワークとして設計し、ファシリテーターならびに運用を担う。

プリンターで長年培ってきた技術領域から、未来の基幹事業を生み出す

酒居:まずは大谷さんの新規事業開発に対する取り組みについてお聞かせください

大谷 渉 氏(以下、大谷):リコーのスマートビジョン事業本部でTHETA 360. biz(以下、シータ)という360度カメラの製品開発と事業化に携わっています。発売当初から不動産や建設関連業界を中心に利用いただいていますが、昨今はコロナ禍の影響によりさらに多くの需要をいただいております。シータの360度画像データを使ったSaaS型ビジネスも急ピッチで展開し、将来的には宇宙やエベレスト山頂の360度画像を映し出すといった、時間と空間を超越したサービスに育てたいと考えています。

酒居:なぜこの事業を始められたのですか?

大谷:リコーの基幹事業はプリンターですが、将来的に紙を主軸としたビジネスは衰退していくだろうという危機感がありました。カメラは一見、異なる領域の事業のようですが、リコーがプリンターで長年培ってきた光学技術・画像処理技術と同じ領域です。そこで、プリンター以外の柱となる新事業を開発すべく、2010年から360度カメラの開発をスタートしました。現在は、SaaS型ビジネスも含め、世の中のトレンドやマーケットの先を見通した戦略を描いています。

新規事業は「人」が中心となり、周りを動かすことで形になる

酒居:続いて大幸さんの新規事業開発における役割についてお聞かせください。

大幸 秀成 氏(以下、大幸):現在、東芝のCPSx デザイン部に所属しています。

この部門は工業デザインだけでなく、東芝の戦略を“絵”に描く戦略デザインも担当しています。未来志向の戦略を誰にでもわかる“絵”の形にし、実現していくためにそのファシリテートとコーディネーションも行います。東芝グループの様々な部門からこれらの委託業務を受ける部門でもあります。

また2021年2月には、「クリエイティブサーキット」という共創スペースが新設されました。ここは社内外のお客さまを招きワークショップを実施するなど、新しいマーケットをクリエイティブする「トモ(共)にツクル(創)」場所です。ここでも共創活動の支援をしています。

酒居:デザイン部に所属しながら、横断的に新規事業を統括されているのでしょうか?

大幸:はい。コーポレート研究所の企画部を兼務しています。私の役割は、東芝グループで新しく始める事業へのアドバイスや、方向性の提示、知見を集める方法などを一緒に考えていくことです。新規事業開発の面白くもあり難しいところは、人が中心になって周りを動かさない限り形にならないことです。リーダーの存在や、チームの一体感がとても重要なので、私はアンカー役または膠(ニカワ)の役として、人と人をつなげる仕事をしています。

酒居:お二人ともそれぞれ新規事業開発の立場にありながら、異なる役割を担っていらっしゃるのですね。次に、それぞれの観点で「新しい未来を作り出す新規事業開発」について、詳しくお話を伺いたいと思います

新規事業に大切な「ビジョン」╳「情熱」╳「経験値」

酒居:新規事業開発を始める時、イシュードリブンとシーズドリブンのどちらからアプローチすべきでしょうか?

大谷:どちらからアプローチするというより、イシューとシーズが重なる部分を見つけることが大事です。アライアンスを検討するとなった場合、強い切札(シーズ)を持っていなければ相手にされません。

そもそも出す切札がなければ勝つこともできません。並行して私はイシューとシーズの合う部分を見つけられるよう、常に世の中の動きをウォッチしながら事業開発の着想を得ています。今はどんなプラットフォーム型ビジネスが生まれているのか、何が売れているのか、何が利益を生んでいるのかというところを常に見るよう心がけています。

酒居:大幸さんは、イシュードリブンとシーズドリブンについて、ご意見はいかがでしょうか?

大幸: 東芝もどちらかといえば、シーズ発の新規事業テーマが多い傾向です。課題解決を中心に考えていくと、結局、手段をどうするかという壁にぶつかります。大切なことはシーズとイシューを確実につないで形にしていけるようなプロデューサー的機能ではないでしょうか。

酒居:お二人とも10年以上新規事業開発に携われたご経験を通して、実際の成功確率はどのように高めていくべきとお考えでしょうか?

大谷:そもそも新規と言っている段階で、事業として将来像はかなり漠然とした状態ですから、必然的に難しいというのが前提です。新規事業開発が難しいもう一つの理由は、既存事業では既成の枠の中で自律的に動いていきますが、新規事業では全ての機能を一気通貫で作る必要があることです。大企業にはこうした場面や経験を積むチャンスがないため、経験を積むという機会を戦略的に作っていかなければなりません。

酒居: 大谷さんに、スライド「企業の“やってみようサイクル”」と、「やる人の“やってみようトラップ”」をご用意いただきました。新規事業のサイクルとトラップについて、教えてください。

大谷: 大企業の「新規事業やってみよう」というサイクルは、起こっては消えという“うねり”のことです。決まった周期があるわけではありませんが、この“うねり”を表したスライドです。

まず「やってみようサイクル」とは、新規事業をやってみようとスタートして、大体はその時点の流行りのトレンドでテーマを設定しますが、1年で結果が出ないまま数年続き、最終的に形骸化して縮小していき、数年後にまたゼロから始めるというパターンです。新規事業をはじめると「やってみようトラップ」が3つあって、これを越えていくのが大変です。

トラップ1は売り上げを作るよりも、事業を作るための組織やプロセス作りに終始するパターンです。

トラップ2は、売れていても強力なお客さんのエネルギーに引っ張られて利益が出せないままサービスを続けることで、本来の目的を見失ってしまうパターンです。

利益が出た次はスケールする必要があるのですが、トラップ3は今やっていることで手一杯で、スケール化まで手が回らないというパターンです。

大幸:私もトラップ1が、初めの一番大きなハードルであると思います。事業開発は確実にユーザーに届けて、対価を得ることが目標です。トラップ3のスケール化はさらに難しくなります。東芝もインフラカンパニーを目指すと言っていますが、実際は特定の用途向けシステムに陥り入りがちです。「プラットフォーマーを目指す」と言うもののスケール化を実現するのは簡単ではありません。

酒居:このトラップに陥らないために、どのような考え方で進めていけばいいのでしょうか?

大谷:スタートアップの場合、このトラップはほとんど存在しません。彼らは利益を出さなければ事業活動を継続できないからです。大企業の場合は、利益が出ずとも事業活動は継続できてしまうという部分があります。そこで重要なのは「本来の目的は何か」「何をやりたかったのか」ということを忘れないことです。

酒居:これまで新規事業をあえて「止める判断」も経験されているのでしょうか?

大谷氏:新規事業開発の打率は3割5分程度で捉えることが必要だと思います。ヒットの定義は売上数億円規模を想定しています。新規事業で5億円売り上げるのはかなり困難なことですが、企業投資として正当化するには数十億円以上が必要です。スタートアップより回収すべき金額は大きくなります。ただ、利益を出すことにフォーカスしすぎると委縮するので、バランスのとり方は議論の余地があると思います。

酒居: 経営の意思決定が遅いなど、自分自身の問題以外で起こる阻害要因について、どう対処していけばいいのでしょうか?

大幸: 何のための事業かというビジョンを定めることです。ビジョンがなければ、売上がない、利益が出ないという理由だけで切り捨てられてしまいます。新規事業はどんな環境下でも貫く、という強い意志を持たなければ継続できません。必ず実現するというビジョンを、リーダーとチームが持っていることがポイントです。

酒居:新規事業を計画するなかで、不変のビジョンの立て方はあるのでしょうか?

大幸:やはり自分が好奇心を持てるテーマであること、どれだけ調べても尽きない情熱のあるリーダーがいるかはとても重要です。さまざまな調査データを調べ上げて伸びる市場を基準に新規事業開発しても、情熱のある人がいなければ進みません。情熱ある人は吸収力や学習力が非常に高いため、どんどん材料を吸収する状態になると、ビジョンは自然に出来上がっていきます。

もう一つ大事なことは、仮説検証を繰り返すことです。検証とは、次の世の中はこうなる、こんな課題解決が必要という仮説を立て、何をどのように組み合わせるか、その通りに実現可能かどうかをレビューしながらブラッシュアップをかけていくサイクルです。仮説を立てることによって学習が進み、スキルが蓄積されていきます。これができれば、意外と新規事業のヒット率は自然に上がっていき、逆にこの仮説検証ができないリーダーの下では成功しません。

大谷:そのサイクルを何度も経験することも重要です。経験がない人がいきなり100億円のビジネスを目指すのは、1回も打席に立ったことがない人がプロの球でホームランを打ちに行くのと同じです。ぜひ経験を積むプロセスやチャンスを作っていってほしいと思います。そして、3〜4回失敗しても、チャレンジし続けられるかが見極めどころです。

酒居:仮説を立てる時の考え方やコツなど、ヒントがあればお聞かせください。

大谷:こうすれば成功する、というようなHOW TOはありません。ただその中で私がおすすめしているのは「温故知新プログラム」です。以前は不可能だったことも、現在の技術、環境、インフラで再チャレンジすることで、事業化できる可能性は大いにあります。人間の考えることにそれほど大きな違いはないため、過去のアイデアをベースに再考する価値はあると思います。

もう一つのヒントは、異分野のビジネスの好事例とその背景を、自らのビジネスに当てはめて考え直してみることです。類似点や相違点を探し出すなかから発想を得るという方法もおすすめです。

大幸: 私のおすすめは、本質を見極める力を磨くことです。これは一つの例ですが、男性の育児休暇推進についての一般的なコメントとして、「会社は理解がない」「女性と男性では立場が違う」というようなものがあります。これらは本質を見極めたコメントではありません。本質は「子育てをどう考えるか」だと考えます。本質が見えてくると、揺るぎない信念が醸成されて、事業のビジョンにもつながります。そこに現代ならではのキーワードを加えれば、おそらく今まで以上に新規事業は楽に進むのではないかと思います。

酒居:長期的なビジョンと短期的利益のバランスはどのように取ったらいいでしょうか?

大谷:ビジョンの検証には、売上または利益が一番分かりやすいエビデンスだと思います。聞いてみると買うと言う人は大勢いますが、実際はほとんどの人が買いません。お金を出して買うお客さんがいるかどうかは最高のエビデンスです。

常に好奇心を持ち、本質を追求し続けることが新規事業開発成功への道

酒居: 最初から成功できる人は稀です。失敗しても何度も打席に立つチャンスは、どのように作っていけばいいのでしょうか?

大幸:ある程度の規模のビジネスで商品が売れなくなったとき、品質不良を出したときが失敗です。新しくビジネスを作っていく段階での失敗はもっと前向きにとらえるべきです。新規事業に取り組む上での失敗(躓き)は学ぶための肥やしと考えてください。仮設通りにならなければ、理由を分析し、次の仮説を立て、さらにレベルアップしていくことを、肌感覚で分かるようになるまで繰り返すことです。

大谷:新規事業はもともとプラン通りにいかないものなので、PDCAで考えると目標に対してマルか、バツかという単純な議論になってしまいます。そうではなく、新規事業開発において重視すべきは、プランに対して想定外の何が起こったかということです。またそれを次にどう活かすのかを考えることも大切です。常に好奇心を持って、価値を追求し続けてください。その努力が思わぬ幸運を呼び、結果的に成功へつながるでしょう。

酒居:スタートアップや起業ではなく、大企業の中で新規事業開発にこだわる理由についてもお聞かせください。

大谷:スタートアップに比べて大企業はぶつかる壁や方法論が全く違うとつくづく感じていますし、その違いが面白いからです。大企業ならではの壁をどうやって乗り越えていくかをもっと追求したいと考えています。

大幸:ものづくりをスケールアップするのは難しいことです。今の時代はEMSで製造を委託すればいいという考え方もありますが、それで全てが足りるわけではありません。大企業の場合、スタートの難しさはありますが、シーズも人材も豊富なためスケールアップが可能なことは1つの大きなポイントです。

酒居:それでは最後に、お二人がなぜこれだけの熱量を持って新規事業開発に取り組んでいらっしゃるのか、その理由をぜひお聞かせください。

大谷: 新規事業開発は、前人未踏の山に自分の意志で登るようなものです。「死んでしまうかもしれないが自分は行く」のような自己選択がなければ務まりません。そのうえ、PDCAを回すことや、マルかバツといった評価もありません。この自由な世界観に一度触れたら二度と戻れなくなりました。ある枠の中において、自分の裁量で自由に楽しめる世界です。同時にそれを楽しめるようでないと上手くいきません。

大幸:レールが敷かれていない場所に、自らレールを敷くかのごとく、市場を創造することに醍醐味を感じます。新規事業開発は、一度経験すると止められなくなるほど魅力ある仕事です。

酒居:お二人とも、本日は貴重なお話をありがとうございました。