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セミナーレポート 伝統企業が生み出す新規事業の挑戦 -共創の場でイノベーションを起こす-

伝統企業が生み出す新規事業の挑戦 -共創の場でイノベーションを起こす- 伝統企業が生み出す新規事業の挑戦 -共創の場でイノベーションを起こす-

2021.8.19 THU / 株式会社ユーザベースが主催するH2H(Home to Home)セミナー「伝統企業が生み出す新規事業の挑戦 - 共創の場でイノベーションを起こす- 」が開催されました。ビジネスを取り巻く環境が急激に変化しているいま、企業の更なる成長を描くため、企業・産業間の垣根を越えた「共創」に着目される方も多いのではないでしょうか。本セミナーでは、パナソニック100周年事業として渋谷に開業した未来創造拠点「100BANCH」を立ち上げたパナソニック株式会社の則武  里恵氏と、大企業を中心に新しいビジネスの共創を加速するプログラム「OPEN HUB for Smart World」を運営されているNTT コミュニケーションズ株式会社の戸松 正剛 氏をお招きし、お二人が考える「共創」とは何かについて語っていただきました。

Speaker

則武 里恵 氏

則武 里恵 氏

パナソニック株式会社コーポレート戦略本部経営企画部 未来戦略室
100 BANCH ユニットリーダー

岐阜県生まれ。神戸大学国際文化学部で途上国におけるジェンダー問題とコミュニティー開発を学ぶ。パナソニックに入社後、PR 担当として社内コミュニケーションやメディア制作を中心に、対外広報、IR、展示会、イベントの企画・運営などに従事。2016 年 2 月より100 周年プロジェクトを担当し、2017 年7月、次の100 年につながる新しい価値の創造に取り組む「未来をつくる実験区 100BANCH」を立ち上げる。200 以上の若者たちのプロジェクトの加速支援に携わるとともに、スタートアップと大企業の交流を通じた人材育成や組織開発などを推進。新しい組織文化の醸成を目指す。

戸松 正剛 氏

戸松 正剛 氏

NTT コミュニケーションズ株式会社マーケティング部門 部門長
C4BASE チーフディレクター

同志社大学商学部を卒業後、NTTグループ各社
(NTT~ 東日本~西日本~持株~コミュニケーションズ※シンクタンク等出向含む)にて、主にマーケティング/新規事業開発に従事。直近は、NTTグループファンド出資先スタートアップの成長/Exit 支援、J リーグ 他プロ
スポーツ業界とのアライアンスなど。現在は、ドラッカーのマネジメント二大要素「マーケティング」と「イノベーション」を大企業レベルでいかに実践するかをテーマに、お客様との共創コミュニティ「C4BASE(会員:大企業を中心に1,300 社 3,500 名)」を運営。 Vanderbilt University Owen Graduate School of Management(MBA)

若者が集まる「100BANCH」と、大手企業が集まる「OPEN HUB for Smart World」

半澤:まず、お二人が共創に取り組む背景と、その内容をご紹介ください。

則武氏: 2018年にパナソニックが100周年を迎えるのを機に、「100BANCH」という共創プロジェクトを2017年に立ち上げました。100年先の未来をつくるというテーマの下、常識にとらわれない若者が中心になってたくさんのプロジェクトを生み出す活動をしています。

若者をこのプロジェクトの中心に据えた理由のひとつとして、彼らが次の時代を担う存在であるということだけではなく、パナソニック創業者である松下幸之助も当時23歳という若さで100年先の未来を描き、パナソニックを創業しているからです。

松下幸之助は当時、モノづくりの経験も資金もない中、「これからは電気の時代だ」と会社をおこすことを決断しました。そのチャレンジが、その後の時代をつくり、当社の礎となったことを考えると、次世代の価値創造は若者たちの今のチャレンジから生まれるのではないかという着想に基づいています。

これからの時代、モノだけでは売れなくなると言われる中、どうしたらお客さまに喜んでもらえるか彼らとともに考えていきたいと思っています。

100BANCH では、毎月、高校生起業家からアーティスト、エンジニアまでジャンルを問わず35歳未満の若者たちのプロジェクトを採択し、20名の多様なメンターとともに彼らをサポートしています。

3ヶ月という活動期間内に、メンターや仲間たちと出会い、互いに触発し合いながら実験を繰り返していきます。本人たちの意思を重視しているので採択の基準は設けていません。メンターの誰か1人でも面白いと思ったら採択するのが唯一のルールです。

採択されたプロジェクトチームが受けられるメリットとしては、一つ目にガレージと呼ばれる24時間365日利用可能なスペースが使えること、二つ目にメンター達から支援が受けられること、そして三つ目にPRなどのネットワーキング支援が受けられることです。

ほかにもパナソニックの社員と展示会へ出展するチャンスや、活動を知ってもらうためのイベントの機会を創出するなどメンバーがジャンプアップできるような活動をしています。この4年間で216件のプロジェクトが採択され、1,000人以上のメンバーが活躍しています。

戸松氏:私はNTTグループに入社以来、主にマーケティングや新規事業開発に携わってきました。その経験を通じて、大企業に所属される多くの方が、社会課題解決に向けたアイデアとその社会実装に高い志をもっていること、同時に、新規事業開発に付随するさまざまな困難の中でもがいていることに気づきました。そうした人たちの居場所や挑戦の場をつくれないかという想いから「OPEN HUB for Smart World」という事業共創プログラムとコミュニティを立ち上げました。

大企業の中で新しいことを始める時、3つのプロセスがあると考えています。一つ目は解決したい社会課題に旗を立て、仲間を集めること(巻き込む)、二つ目はその課題解決に向けて、課題の本質を特定し、具体的なアイデアに落としていくこと(探求する)、そして3つ目は実際にアクションし、関係者からのフィードバックを受け、取り組みに磨きをかける(試行する)ことです。これらのループを回す過程では関係者を説得するなど、さまざまな社内的な困難を乗り越えていかなければなりません。

私たちOPEN HUBの役割は、コミュニティに集まるメンバーが一緒に並走しながら、彼らとともにこのプロセスを形づくっていくことです。皆が集まる場所を提供し、200名のカタリストと呼ばれる専門メンバーが時にプロセスの先導役を果たし、時にNTTグループが持つテクノロジーや技術を提供し活動を補ったりしています。

もともと100名程度の会員でスタートしたコミュニティですが、いまや大企業を中心に約1,300社から4,000名ほどの方に参加いただいています。何か社会にインパクトを与えたいと思っているような人達が多いですね。多くは大企業の新規事業開発、経営企画や開発部門に所属しているメンバーなので、大企業のメンタリティが分かるという点も特徴的です。

ポテンシャルの最大化が真の狙い。共創にデメリットはない

半澤:お二人が考える共創の場が果たす役割とは何ですか?

則武氏:スタートアップなど若いメンバーにとって、大きな企業の常識や、組織を動かす仕組みに触れるだけで新鮮だったり、有益なものだったりします。逆に大企業にとっては、彼らのカルチャーは自分たちにないものだからこそ価値があります。

彼らがもつ強い意思に裏打ちされたエネルギーと、大企業がもつスケール感を合わせることによって、社会により大きなインパクトをもたらすことができると考えています。お互いにないものを補完しあって、ポテンシャルを最大化することがこの共創の場の狙いです。

戸松氏:過去に起きた大きなイノベーションを思い返すと、例えばエジソンが日本の竹を使って電気照明の実用化に成功するまでには、何人もの発明家が積み上げた挑戦と失敗がありました。歴史を振り返っても、イノベーションはある日突然生まれるのではなく、時間軸と文脈の中で生まれてきたのです。

私たちもそうした文脈の一つになるべく、今すぐ芽吹かなくても将来的に役立つピースを1つでも2つでも生み出していきたいと考えています。そしてピースが増えれば、掛け合わせるパターンも増えていきます。そして、いっそうイノベーションが生まれやすくなるという実感を覚えています。

新しいことを作るムードの醸成が伝統企業には大切

半澤:共創をすすめる中で、社内でぶつかる壁や課題を感じる点はありますか? また課題に対して、どのように解決を図っているのかお聞かせください。

戸松氏:大企業で新しい事業を作ること自体に反対する人はいませんが、自分事として興味を持ってもらったり、応援してくれるかと言えば必ずしもそうはなりません。それに対して、私はマーケティング経験者の立場から、インナーブランディングに努めることが効果的だと考えています。

つまり、外に対して言うのと同じぐらいのボリュームで、新しいことをしていると社内に向かって発信していくのです。根気よく言い続けるというのはすごく骨の折れる作業ではありますが、大きな組織になればなるほど発信するということが重要になります。いま、私たちに必要なことは、事業そのものを作るのと同時に、継続的に新たな種を生み出す仕組みを組織内にインストールしていくことでしょう。

則武氏:100BANCH を一緒に作っていくというムードや土壌づくりを大切にしたいと考えています。100BANCH が採択するプロジェクトはジャンルも事業ステージも全く問いません。アーリーステージにさえ届かないようなレベルのものもあります。

しかし、不可能に見えたプロジェクトが実現することも往々にあります。これまで採択した216件のうち、プロダクトアウトかサービスローンチした案件は177件、起業した案件は33件にのぼります。

100BANCHを立ち上げた際、会見で記者の方から100BANCHのKPIについて聞かれました。その質問に対し当時の責任者が「KPIはありません!」と答えていましたが、 新しい社会を作っていくときに従来のKPIで活動を評価してはならないと感じています。

半澤:大企業ならではの組織の壁に対して、共創の場づくり”のような活動は評価軸が難しいのではないでしょうか?経営層を説得するための材料や進め方のヒントがあれば教えてください。

戸松氏:パナソニックさんのように、「KPIは不要」と言い切れることができない企業も多いと思います。ですから、KPIまではいかないしろ、中間の評価指標を提案することをお勧めします。

例えば、いま手元でアクティブに動いている案件が常に100件あるような状態を維持するというようなものです。消えていく案件も相当数あるため、100件を維持するにはどんどん新しい案件で埋めていく作業も必要です。数字という、目に見える分かりやすい指標で取り組みの活性度を示し、社内外を動かすという工夫も必要でしょう。

新規事業を既存事業とは切り分けて考える方法もあります。出島のような組織を新たに作って、既存事業のKPIとは異なる評価指標で測るというやり方です。しかしこれはトップが新規事業にコミットしていないと難しい。現実的にはボトムアップでできることには限界がありますから、現場で新規事業をおこすにはルールと評価を変えるしかありません。極論を言えば、組織が変わらないのであれば、挑戦する場を変える選択肢もあると思います。

半澤:共創を成功させるために必要な要件とは一体、何でしょうか?

戸松氏:OPEN HUBでは組織に属しているということ以外で特別な参加要件を定めていませんが、「こんな課題を解決したい」「素晴らしいアセットを活かしたい」など課題(=旗)があるところに自然と人は集まってきます。

旗さえ立っていれば私たちが相性の良い人を紹介することもできます。本当に彼らのアイデアが素晴らしいと思えば、直属の上司まで押しかけて行って一緒に説得を試みることさえあるくらいです。逆に、課題感がない人にレスポンスするのは難しいでしょう。

則武氏:たしかに100BANCH でも「このメンバーだからどうなるか見てみたい」という理由で採択される部分もあると思います。粗削りでもいいから、やりたいという意思が伝わってくることが魅力につながっています。

半澤:大企業同士の共創がうまくいく秘訣やポイントはありますか?

戸松氏:ポイントとしては 3つのキーとなる人物を揃える必要があると考えています。モノを作る人、ビジネスプランを考えて売る人、それからお客さまとユーザー体験がデザインできる人の3つです。

大企業であれ、スタートアップであれ、どれか一つでも欠けた状態のまま熱量だけで進めると、後で行き詰まるケースが多くなってきます。成功するために必要なものを揃え、どう組み合わせるかが共創の場に求められる力でしょう。

想像力や好奇心を生む 分からないことにこそ価値がある

半澤:実際、お二人の共創からどのような成果が生まれていますか?または変化はありましたか?

戸松氏:例えば、私たちは大日本印刷株式会社と共同で、顧客の行動、属性に合わせて、AIが商品をお勧めしたり、質問に回答したりできる次世代SP(セールスプロモーション)ツールの実証を進めています。

また三井物産グループとはサプライチェーン全体で「データを活用したフードロス削減」をテーマに、ブロックチェーンおよび IoT技術の活用による実証実験を行っています。

カシオ計算機株式会社とはBtoB向けプリンター事業を、 BtoC向けに展開できないか一緒に検討を始めています。そうした案件がいくつも積み重なってポートフォリオが増えてきたため、それらを掛け合わせることによってもっと面白いことができないかと期待しています。

則武氏:最近、活躍がめざましいメンバーとしては、ヘラルボニーという自閉症や障がいを持つ方が描かれたアート作品をいろんな商品に転用したり、ポップアップミュージアムを作ったりして彼らの社会進出に貢献しているチームがあります。ほかにも宮崎県日南市と共にモビリティの共同実証を行っているチームもいます。

大企業では多くの社員が、自分の意志で仕事をすることや、楽しみながら働くことは難しいと考えてしまっています。しかし、追求したいことがある人たちの発するエネルギーは非常に大きいからこそ、こうした風潮に一石を投じることができるのではないかと考えています。共創メンバーと触発し合うことによって、彼らのようなマインドセットを多くの社員に持ってもらえないかとチャレンジしているところです。

半澤:イノベーションに向けて、共創に取り組む視聴者の方にメッセージをお願いします。

戸松氏:「両利きの経営」という言葉がありますが、これは既存事業を深掘りして進化させていく「知の進化」と、新しい機会をどう見つけていくか「知の探索」のバランスをとりながらイノベーションを起こす考え方です。個人でも同じように、目先の仕事ばかり一生懸命追いかけているだけでは新しい想像力や好奇心は生まれてきません。10%でも20%でも多くの新しいことに目を向けて探索するに時間を割く必要があるでしょう。

最初のステップとして、まずは半強制的にでもその比率を上げることから始めてはどうでしょうか。

イノベーションにしても共創にしても、まず「わからないことがあることを受け入れること」が大切だと思っています。今までは理解できること、予測できることに重きが置かれ、企業も個人もその前提の下で行動してきたと思います。

しかし、これからは先行きが不透明で、将来の予測が困難な時代と言われています。分かるものの中だけで考えていくと見誤りますし、見えないもの、分からないものに対してもチャレンジする姿勢が必要になります。自分がわからないものを受け入れ、そこに意義ある価値を見出せた時、自分が思いもしなかった場所へつながる道を発見するかもしれません。

半澤:お二人とも本日は貴重なお話をありがとうございました。