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セミナーレポート 企業の持続的成長をもたらす知財ガバナンス

企業の持続的成長をもたらす知財ガバナンス 企業の持続的成長をもたらす知財ガバナンス

2021.9.16 TUE / 株式会社ユーザベースが主催するH2H(Home to Home)セミナー『企業の持続的成長をもたらす知財ガバナンス』が開催されました。本セミナーでは、知財ガバナンス研究会の全面的な支援を得て、幹事のHRガバナンス・リーダーズ フェロー 菊地 修 氏をお迎えし、同研究会メンバーであるシスメックス 知的財産本部 理事・本部長 井上 二三夫 氏と、ブリヂストン 知的財産部門長 荒木 充 氏と共に知財ガバナンスのあり方とその最前線を議論しました。知的財産部門は価値ある情報を司る戦略的な部門として、これを意味ある改革とするためにどのように思考し、アクションを取るべきなのでしょうか。政府でも成長戦略実行計画や知財推進計画2021で、知財投資・活用戦略を推進するためにガイドラインの策定を開始し、国家の変革を成す好機となってきたこの時期に行われる、企業価値を向上させる知財投資・活用戦略とは何か、どのように進めるべきか、産業・経済・業界を越えた対談となりました。

Speaker

菊地 修 氏

菊地 修 氏

HR ガバナンス・リーダーズ株式会社フェロー
知財ガバナンス研究会 幹事

1981年、東京芝浦電気株式会社(現株式会社東芝)に入社し、社会インフラから情報システム、ソフトウェア、デジタルコンテンツ、ネットビジネス等の事業分野における知財戦略業務を担当すると共に、本社の知財法務責任者として知財訴訟や知財リスク管理を指導し、不正競争防止法や著作権法等の法改正に関与。2007年、株式会社ACCESSに入社し、次世代携帯電話(現スマートフォン)の標準プラットフォーム(OS)を開発し、その知的財産をグローバルにライセンスする事業に参画し、知的財産部長として知財戦略を策定しグローバルでの知財創造・保護とライセンス等のオープン(活用)戦略を実行。2012年、ナブテスコ株式会社に入社し、会社のグランドビジョン実現に向けて、グローバルでの事業競争力強化と企業価値高揚を図る知財戦略経営体制を構築し、各事業における「コア価値」を「知的財産」と位置づけ、その獲得・強化を的確に実現する知財戦略を策定してナブテスコクループ全体で事業活動の一環として実行。ナブテスコは「2018年度 知財功労賞 経済産業大臣表彰」を受賞。また2018年からはナブテスコ R&D センター長も兼任し、Connected Industries 時代に向けた機械のIoT化、メカトロニクス化を早期に実現するため、先進的な技術開発とその知財戦略を一体的に推進。

井上 二三夫 氏

井上 二三夫 氏

シスメックス株式会社
知的財産本部 理事・本部長

1982年に精密機械メーカーに入社し、知財業務に従事。出願・権利化・活用・交渉・係争・ IPL・M&A・海外法律事務所勤務を含め、企業の知財活動全般を経験。2001年からは、190以上の国と地域で事業展開し海外売上比率が85%を超えるシスメックス株式会社にて、医療分野におけるグローバルな知財マネジメントを担当。『経営に資する知財活動』をモットーにし、ステークホルダーの皆さまの期待に応える知財活動の実践に努めている。

荒木 充 氏

荒木 充 氏

株式会社ブリヂストン
知的財産部門 部門長

1988年ブリヂストン入社。駆け出しから20年間はタイヤ設計に従事。欧米中で計8年の海外駐在を経験。タイヤ設計部長、開発企画管 理部長、品質保証本部長を経て現職に至る。現場でのさまざまな経験を軸に、「モノ・コト・データ」のソリューション事業に貢献できる知財機能の変革に取り組む。独自IPランドスケープ開発や事業貢献型の知財ミックス設計コンセプトを柱に、日本発グローバルタイヤ企業に於いて知財戦略策定を統括。

知財投資に対する情報開示で企業の儲ける力を強化する

伊藤:はじめに、それぞれの活動についてご紹介いただきます。

【知財ガバナンス研究会について】

菊地氏:知財ガバナンス研究会は、2021年4月、企業の競争力向上と持続的な成長の実現による日本の再興を目的として、 HRガバナンス・リーダーズ社が発足させました。この研究会では、国内の知財関係者を集約し、その知恵と経験を活用することで、知財投資・活用の戦略基盤を構築し、企業の持続的競争力の獲得戦略の策定・実行を支援する活動を展開しています。

また、投資家らのステークホルダーの皆様の期待や動向などを情報収集するとともに、企業が「知財ガバナンス」に取り組むべきかを検討しています。また、国内外の知財投資・活用戦略やその情報開示に関する情報収集や人財交流を行うとともに、IPランドスケープの情報分析も行い、市場、顧客、競合など社外の動向と社内の競争優位の分析による事業戦略支援など、知財ガバナンスの普及活動を続けています。この背景には、今年6月に金融庁、東京証券取引所が改訂したコーポレートガバナンス・コード(CGC)があります。ここで知財投資・情報開示に関する条文が下記のように記載されています。

3-1 ③ 上場会社は(中略)人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。

4-2 ② 取締役会は(中略人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。

つまり、上場企業は、以下の「知財ガバナンス」を実行することを、投資家らからも求められるので、的確に実行する体制を構築し、実践していく必要が生じます。

  1. 取締役会で、持続的な成長のために知財投資を経営戦略として監督すること
  2. 知財投資の内容を経営戦略や課題を踏まえ具体的に情報開示すること

このCGC改訂の目的は 、「企業の稼ぐ力の強化」で、まさに「知財」を中核とした企業経営を実現し、競争力の向上と持続的な成長に直接貢献する大きなチャンスといえます。

現在、政府では、知財・無形資産への投資を促進するために、企業がいかに知財投資活動やその活用戦略を行い、その結果を投資家に開示していくか?に関するガイドラインを策定しています。さらに知的財産推進計画2021として、競争優位の源泉となる知財の投資活用を活性化する新たな資本・金融のメカニズムの構築に取り組んでいます。私自身も、このガイドライン策定の政府検討会にメンバーとして参加し議論に関わっています。

多くの企業で、取締役会を中心としてコーポレートガバナンスを実行しており、今般のCGC改訂により、今後この取締役会での監督対象に知財ガバナンスが入ることになります。これにより、会社の長期的な持続的成長の戦略を検討し、その執行役員による実行を監督する体制構築が望まれています。

この長期的な成長戦略を取締役会で議論するためには、IPランドスケープで社外や競合の状況を把握しながら進めることが重要です。さらに自社の強みは何か、競争優位がどの知財に保護されているかを見抜き、それをいかに事業活動で活用し、事業競争力を確保しているかを、社外のステークホルダーに情報開示していくことも投資拡大のためには必要になってきます。

このように知財ガバナンスとIPランドスケープを一体化して経営を進めていくことが重要です。経営活動を通じ、知財部門は、従来の特許出願や調査が中心の「知財管理者型」から、IPランドスケープを行って事業戦略の構築や実行に貢献する「経営コンサル型」へ進化しています。さらに経営者の視点から、事業の持続的成長を支え企業価値を向上させる戦略部門として経営活動に参加し「知財ガバナンス型」へと飛躍していくことが期待されています。

伊藤:知財ガバナンスの変化の方向性や今後の見通しをお聞かせください。

菊地氏:企業のパーパス(存在意義)やマテリアリティ(重要課題)から企業の進む方向を把握したうえで、知財投資の目的や対象を分析します。知財は、単なる特許ではありません。顧客開拓やサプライチェーンの構築、DX、新しい製造設備の開発など、新たなノウハウやプロセス、顧客マーケティングを生み出すものは、すべて知財で、知財投資の対象となります。

そこで、知財部門は今のビジネスモデルに対していかなる価値を創造すべきかを IPランドスケープなどで探索し、その投資判断に関与すると共に、この投資によって得られた知財を的確に権利保護などを行い財産化を進めることが必要です。同時に、ビジネスモデルで戦略的に活用し、その結果得られた競争優位を投資家らに説明することで、更なる投資を呼び込むようにすることが必要です。

伊藤:経営と技術部門、または全社のコミュニケーションを活性化させるためには、どのような活動が必要でしょうか。

菊地氏:今後マーケティングを行うためには、経営情報と知財情報を相互に掛け合わせ、社内外の事業環境を分析する能力が必要になってきます。その実行内容や方法も、経営課題や経営ビジョンも市場環境の変化に合わせて変化するため、事業部門や技術部門など多くの関係者とコミュニケーションを取りながら情報分析していくことが、ますます求められます。

【シスメックス株式会社について】

井上氏:シスメックスは、世界190以上の国と地域の医療機関に臨床検査機器、検査試薬、サービス&サポートの提供を通じて “検査結果” をお届けする事業を展開しています。血液の基本項目を測定するヘマトロジー分野では、世界一のシェア、検体検査事業では売上高世界トップ10に入っています。
当社では知財活動の基本理念を制定し、知財活動の目的が  “ 経営に資することを明記し、知財活動によって企業価値(株価時価総額)を上げることを究極の目的としていることを社内に宣言し周知しています。

投資家が最も重視するものの1つとしてキャッシュがあげられます。投資家が投資対象とする企業に求めるのは、まずキャッシュを生む「高収益事業」、次に「近い将来に高収益事業が実現する高い蓋然性(確実性の度合い)」、そして「高収益事業が継続・成長していく高い蓋然性」です。これらを適切に開示するためには、研究開発、事業展開、知財活動、この三位一体の実践が必要になってきます。

知財活動は事業活動の一部です。事業活動は最小の投資で最大の事業効果を得ることが大原則であり、それは知財活動にもあてはまります。知財投資の効果として、知財権の活用によりどれだけの経営数字を得たか、将来どれだけのキャッシュが得られるかが重要です。特許出願をする場合、効果の上がる出願活動をしなければなりません。得られる効果が同じなら投資は少ないほど効率が良いため、我々は投資と効果の関係を考えながら、効率の良い知財投資を心掛けています。

知財には、ルールとツールの2つの側面があります。企業は知財のルールを守って事業活動を行い、リスクを最小化する必要があります。一方ツールの側面では、知財の活用によりビジネスモデルを保護し、競争力を強化して成長を加速させていきます。当社は知財レビューにより、事業リスクの最小化や、競争力の強化、成長に繋がる知財活動ができているかどうか常に監視しています。このような知財活動を行うことで、安定したキャッシュの獲得と、さらなるキャッシュの増加を目指しています。

知財部門は各事業部門の活動を知財プロフェッショナルとして支えています。例えば製品が世に出るまでの各フェーズにおいて、知財レビューをシステマティックに実施しています。すべてのフェーズで知財マターを明らかにして勝つシナリオを作り、次のフェーズに進むことを厳格に実施しています。知財ガバナンスの観点から見ると、常に知財レビューを実施しているため、各事業部門から経営層への報告審議事項は何度も知財レビューを経たものとなります。すなわち、自動的に知財ガバナンスが効く仕組みになっています。

伊藤:知財部門の社員が経営、情報開示、投資について学ぶ機会についてお聞かせください。

井上氏:研究開発者向けの知財研修に加え、10年ほど前から、将来の執行役員や取締役への昇格を見据えて、本部長・部長クラス以上にシニアマネジメント層向け知財研修を実施しています。少人数で(最大5名程度)2時間にわたり経営と知財が一体であることを学ぶ場としています。次世代の経営層に向けた研修は極めて重要です。

シスメックスでは知財活動を適切に実施するために、『学ぶ』『称える』『感じる』の3つの観点から知財カルチャーの醸成を行っています。『学ぶ』では知財研修を実施、『称える』では表彰や報償精度を実施、『感じる』では知財活動の重要性を体感・共感できる場として知財展示(以下、IP Wall)を設けています。

エレベーターホールの近くのIP Wallは、社員が生み出した知財が登録、表彰、活用されたことを自然に体感できる場所です。IP Wallは当社の見学コースにも含まれており、世界の機関投資家を招き、ブランドへの信頼を高める活動にも活用しています。

【株式会社ブリヂストンについて】

荒木氏:ブリヂストンは長年にわたりタイヤを製造販売してきたことからモノを創って売る(A)がビジネスモデルの土台となっています。そしてこの土台の上にソリューション事業の(B)と(C)が成り立っています。

(A)モノを創って売る事業戦略のべース
(B)価値を創って売るタイヤセントリックソリューション事業
(C)システム価値を創造して売るモビリティソリューション事業

これらを知財の観点から見ると(A)はモノづくりで培われてきたデータを読む力、(B)と(C)はビッグデータを社会価値に変換する力になっています。例えば、タイヤの状況データと航空機のフライトデータを組み合わせたビッグデータを、アルゴリズムを用いて計算すると、高精度にタイヤの交換時期が予測可能です。これにより、航空会社では在庫削減はじめメンテナンス面で大きなコストメリットが生まれます。このような交換時期ビジネスモデルを知財成果物として特許取得をしていますが、その周りには見せていない多くのナレッジやノウハウがあって、事業価値はこうしたさまざまな知財の組み合わせによって創出されています。

一般的な知財ミックスの考え方から派生させた独自の考え方で、ベースとなるナレッジやノウハウ(リアルとデジタルの双方)、特許技術、品質保証やサービスのノウハウ、そしてビジネスモデルと積み上げたものがブリヂストンの知財ミックスです。このように事業価値が生まれるよう、ナレッジ・ノウハウ・特許を取捨選択して組み合わせていくことで、相乗効果を生み出しています。

知財を価値に転換するには、知財を可視化するマネジメントが求められます。そこでIPランドスケープが大きな意味を持ちます。まずは自社のバリューチェーン全体での知財の強みを把握しなければ、業界・競合の中での自社の位置づけを正しく判断できません。そのため、当社では特に内向きの IPランドスケープ(社内バリューチェーン・エンジニアリングチェーン全域に分布する知財の可視化)を重視しています。

例えば開発ではナレッジ→基礎設計量産設計性能評価のエンジニアリングチェーンがあり、これが次のバリューチェーン項目に繋がっています。各工程でどのような知財がどれほどの強度で分布しているのか、欠けているものは何か見ていく必要があります。
課題を特定して自社の強みを把握することは、知財部門としての大きなミッションですが、外向きのIPランドスケープ(競合・業界の知財分析からの自社の位置づけ把握)で見ていくことが重要です。

伊藤:IPランドスケープにおける研究開発部門や事業部門とのコミュニケーションについてお聞かせください。

荒木氏:モノを創って売っていた時は研究開発部門とのコミュニケーションが中心でした。しかしソリューション事業で価値を創造して売る今は、バリューチェーン全域の知財を使って事業価値に繋げていくことが必要で、研究開発部門とのコミュニケーションだけでは不十分です。

事業部とコミュニケーションできなければ、知財部門としてのミッションは果たせないという危機感がありました。当初は事業部門から、なぜ知財部門が? という反応でしたが、IPランドスケープを共通言語としている現在は、さまざまな知財を掛け合わせて新しい価値が創出されることで相互の理解が深まっています。

知財を事業価値に転換させる
株価を上げる知財戦略がミッション

伊藤:長期的な視点で知財戦略と経営戦略が一体となり、 道筋を立てるための組織や仕組み、課題設定についてお聞 かせください。

菊地氏 : シスメックス様のビジネスモデルは現在のIoT事業の最先を行っているものです。検査用試薬、その検査機器、そしてこの検査環境を常に最適な状態にしておくネットワークサービスの3事業を、有機的に一体化して、顧客の検査品質を担保する事業を行っており、その事業をつなぐコアがSYSMEX」ブランドになっています。このため、このブランド商標は会社にとって最も重要な知財であり、この模倣に対してはグローバルで徹底的に対策を講じておられます。

このシスメックス様のように、知財自体は、特許やノウハウ、商標などの事業要素ごとのパーツであっても、それらを事業戦略に組み込み、事業全体として競争優位を獲得し、独占的な地位を確保して顧客を囲い込むかが最も重要です。他社との競争領域に入るものは特許でおさえ、社内で蓄積してきたノウハウはしっかりとその秘密性を高め、会社の信用が化体したブランドは、その模倣を徹底的に排除して競争力を確保しておられます。この持続的に事業を成長させる活動を井上様が実践されてこられたことで、シスメックス様の株価は50倍になったと伺っております。これこそが知財ガバナンス時代の知財リーダーに求められる能力だと考えます。

井上氏:メーカーとしての活動の中心は「事業」です。その事業が成長していくために事業部門が何を目指しているか、まずは意思確認が必要です。そのうえで事業部門が目指していることを達成するに、知財部門として何ができるか考えることが重要です。いくら知財戦略が美しくても株価は上がりません。いかにして事業計画をそのまま実現できるようにするか、これが知財部門のミッションだと考えています。

荒木氏:知財が事業価値にいかに結びつくかという点では、1)知財リソースそのものと、2)知財を事業価値に結び付けられるシステム、の2点が必要だと考えています。知財を事業価値に転換できるシステムの重要性を理解したうえで知財を作り、活用しなければなりません。さらに、その情報開示によって信頼を得ることが必要です。モノづくりの企業はここが開示できていないことが多いと感じます。

成果を開示することで信頼得ることまではできるかもしれませんが、その上で将来への期待を得るためには可能性(チャレンジ/ ポテンシャル)を定量的に示すことが必要であり、最も難しいと感じています。

事業化に繋がる技術の積極開示で投資家からの理解を得る

伊藤:情報開示のバランスやあり方について、それぞれのお考えをお聞かせください。

菊地氏:政府の検討会での議論では、投資家への情報開示において、社内の秘密情報やノウハウを開示することは控えるべきとしています。例えば、新しい製品に対する新技術を採用した製造ノウハウについては、そのノウハウの機能などを定性的に説明すれば良く、技術的な内容までを開示する必要はありません。

海外のアクティブ投資家は、世界中の企業の中から長期的に持続的な成長をしそうな会社を選んで投資しています。このような投資家に対して自社の競争力や成長性についてその根拠を知財面からも情報開示することによって、積極的に自社を売り込んでいくことも必要になると考えます。

日本人らしい控えめな姿勢も大切ですが、投資に関しては、投資家の投資対象テーブルに並べられるように、積極的に自社の優位性や成長性を知財情報も活用して PRしていくことが求められています。

井上氏:我々の知財活動の評価軸は経営数字、そしてそれを評価する株価と考えています。事業を行う企業である限り、特許のアセットに高い価値をいただいても、本業である業績が悪化すれば本末転倒です。事業化に結び付けられる技術をどれだけ持っているかが重要です。その知財を活用しながら利益を上げ、近い将来に世に出るものを技術説明会で投資家に伝え、理解が得られれば投資家による新たな投資に繋がり、株価上昇に結び付くと考えます。

ここで留意すべき点は、継続して機関投資家の投資を得るには、投資家を絶対に裏切ってはならないということです。信頼関係のためにも、技術を正しく伝えていくことが重要です。

荒木氏:知財を事業価値に転換していることを伝える情報開示には、将来の利益期待を定量的な指標として知財情報を活かす必要大きく3 つの課題があると考えています。

  1. 開示していない知財の効果(見せているものより見せていない所や、繋ぎ方にこそ効果がある)
  2. 競合・業界の力学環境下での相対評価、ひとりよがりでない客観性が必要
  3. 知財が価値を生む、組織の仕組みや体質も重要

多くの日本企業は控えめで、積極的な情報開示をしていないと感じます。日本企業は生産性が低いと言われますが、情報を開示していないことによる誤解も含まれ、過小評価されているかもしれません。定量情報だけではなく、定性情報も含めた新たな情報開示の在り方にも期待しています。

知財活用を共通言語に
企業経営に知財ガバナンスを組み込む

伊藤:知財ガバナンスにおける日本の勝ち筋、日本企業の再興に求められていることをお聞かせください。

菊地氏:コーポレートガバナンス・コード(CGC)に、知財投資に関する補充原則を追加規定したのは、世界初の取り組みです。これは知財投資をCGCに導入し経営戦略の対象とすることで、会社を牽引していくことができるようになります。他方、現時点では、欧米や中国の企業においても、知財投資に関する活動内容や成果を積極的に情報開示している事例はあまり見かけません。日本企業がこの分野をリードして、海外投資家の関心を集めることができるようになると、日本の証券市場も活性化するものと期待されます。

また、海外の先進企業では、社内のガバナンス体制としてサステナブル委員会を設置する企業が増えています。
この委員会で、サイエンス・テクノロジー・知財などを加味して議論が行われています。GAFAなどでもこういった視点を取り入れ、取締役会で知財戦略も加えた成長戦略の議論が進められているようです。

このように日本でも、今後は社内にサステナブル委員会や 知財・イノベーション委員会などを設けるなど、この新たな経営のあり方を取締役会と執行部門に形成して、以下のような議論していくことが必要になるでしょう。 

  • どのような知財を獲得するために投資を行うか?
  • 執行部門がどのような知財投資を行いその実行を行っているかを取締役会が監督するか ?
  • この知財投資により獲得された競争優位などをいかに投資家に伝え、投資価値の理解してもらうか?

井上氏:競争力をつける対象は「知財」ではなく「事業」です。事業競争力を強化するための技術を開発し、それを活用して競争力のある商品を事業化することにより企業が目指す方向に向かって成長していく。この役割の認識を誤ると競争力につながらない大量の特許出願となり件数争いが起こります。特許件数で事業は守れません。

当社は事業・技術・知財部門から人が集まり、日常的に知財 レビューを続けています。知財ガバナンスが日々の業務の中 に自然と溶け込んでいるレベルで実行すること、知財の話を することが当たり前のカルチャーを醸成することが重要です。

荒木氏 : IPランドスケープを活 用することで、グローバルにおける競争力向上のチャンスを掴めると見ています。IPランドスケープは企業活動のすべてに共通言語として作用します。

知財はこのようにもっと活用できるという共通認識を持つことで、知財ガバナンスを企業経営に定着させていけるのでは ないでしょうか。知財部門のミッションは、自社の知財・強みを事業価値・社会価値に転換するプロモーターになること です。価値を創出していくプロモーターとして今後も知財活動を続けていきたいと思います。

伊藤:本日は貴重なお話をありがとうございました。