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#研究開発(R&D) 2023/3/9更新

セミナーレポート IoT技術で加速させるサーキュラーエコノミー時代の新エコシステム

IoT技術で加速させるサーキュラーエコノミー時代の新エコシステム IoT技術で加速させるサーキュラーエコノミー時代の新エコシステム

2021.12.14 TUE / 株式会社ユーザベースが主催するH2H(Home to Home)セミナー『IoT技術で加速させるサーキュラーエコノミー時代の新エコシステム』が開催されました。脱炭素社会を目指し、循環型経済への転換が求められるなか、産業の枠を越えた連携の重要性が高まっています。異なる産業の技術をいかに繋ぐかは、DXを共通言語として製造業をはじめとしたリアル産業とIT企業などのバーチャル産業を融合するビジネスエコシステムの構築がカギとなるのではないでしょうか。サーキュラーエコノミー社会実現のために、製造業や社会インフラ産業はIoT技術でいかに産業革新できるのか。技術を繋ぐことによって産業間の横断に挑む新しいビジネスエコシステムは、どのような未来を切り拓くのでしょうか。企業経営者とアカデミアそれぞれの視点から展開されるリアルな議論となりました。

[モデレーター]
株式会社ユーザベース SPEEDA 執行役員 技術領域事業担当:伊藤 竜一

Speaker

岡村 信悟 氏

岡村 信悟 氏

株式会社ディー・エヌ・エー
代表取締役社長兼CEO

東京大学大学院(人文科学研究科)修了。1995年、郵政省(現総務省)入省。2015年、総務省情報流通行政局 郵政行政部企画課企画官に就任。2016年4月、株式会社ディー・エヌ・エーに入社、横浜スタジアム代表取締役社長等を務める。2016年10月、横浜DeNAベイスターズ代表取締役社長に就任。
2017年7月、執行役員兼スポーツ事業本部長、2019年4月、常務執行役員兼COO、横浜スタジアム取締役会長(現任)、2019年6月、取締役兼COOを経て、2021年4月、代表取締役社長兼CEO(現任)。

國領 二郎 氏

國領 二郎 氏

應義塾大学
総合政策学部 教授

1982年東京大学経済学部卒。日本電信電話公社入社。1992年ハーバード・ビジネス・スクール経営学博士。1993年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授。2000年同教授。2003年同大学環境情報学部教授などを経て、2009年総合政策学部長。2005年から2009年までSFC研究所長も務める。2013年から2021年5月まで慶應義塾常任理事を務める。

革命的なテクノロジーによる社会中心の経済活動への転換期

伊藤 竜一:はじめに、循環型経済に求められるビジネスエコシステムへの取り組み、お考えをご紹介いただきます。

國領 二郎 氏(以下、國領):IoTを含むデジタル技術は、文明的な転換をもたらす革命的なテクノロジーです。革命的という根拠として次の(1)~(4)が挙げられます。

(1)ネットワーク外部性
(2)ゼロマージナルコスト
(3)トレーサビリティ
(4)複雑系

(1)はユーザー数が増えるほど商品の価値が高まり、(2)は情報の複製コストは限りなく低くなります。(3)は出荷したものが追跡可能になり、(4)では別のシステムで動いていたものがグローバル化やネットワーク化で複雑な要因が絡み合います。このようなテクノロジーの革命は、情報共有の仕方やモノの利用情報の活用方法を変えています。

従来は大量生産して消費者に売り切るモデルでしたが、この革命的なテクノロジーによって、それぞれの情報という資源を誰でもプラットフォーム上に載せることができます。私はこれをバーチャルに「持ち寄る」経済の時代と呼んでいます。シェアリングエコノミーはこれを表す具体的なビジネスモデルであり、サブスクリプションでも同じ現象が起こっています。つまり、個人あるいは法人が所有権を交換する経済から、社会に貢献し、社会から報いられる経済に大きく変わってきているのではないでしょうか。それをIoTやプラットフォームが支えています。

この流れの大きな必然性の1つがサーキュラーエコノミー、環境問題です。そして人間が心の充足を求める社会的背景から進み始めた変化が、コロナ禍で大きく前進している状況だと考えています。

持続性を高めるビジネスモデルは、実際に起こり始めています。例えば次のようなものが挙げられます。

・シェアリング(トレーサビリティによる資産の多重活用)
・供給調整(IoT技術による需要のリアルタイム把握)
・予約型生産(真にニーズがあるものだけ作る)
・ダイナミックプライシングによる平準化

上記を考える際、技術システムと社会システムの双方を意識しながら設計し、社会の制度やビジネスモデルなどをテクニカルな要件で考えながら進めていく必要があります。大きなソシオテクニカル・システムという観点で捉えなければならない時代を迎えているといえるでしょう。

循環型経済の考え方で 21世紀の課題解決の基盤を構築

岡村 信悟 氏(以下、岡村):DeNAは、スポーツ、ヘルスケア、まちづくり、EV普及などのDX化によりサーキュラーエコノミーの基盤構築に挑戦しています。

球団経営をビジネスにするのは厳しいと言われていた中、横浜DeNAベイスターズでは、限られたファンの喜びを最大化することで球場の稼働率を向上させました。+αの喜びを増やすため飲食なども工夫を凝らしました。

これらの実行の基礎となったのはデータです。アナログで収集した材料をデータ化し、プロ野球興行のDXを実現した背景にあるのは、インターネットでのゲーム事業です。ユーザー側から得たフィードバックよりPDCAを用いて需要型で回すことが、循環型経済にもつながる発想の原点となっています。

ファンの皆様に留まらず地域に対してどのように貢献できるのか、あらゆる側面から取り組みを重ねた結果、ビジネスとして成功しました。この取り組みはスマートシティの発想、さらにヘルスケアやEV普及にもつながっていくと考えています。

21世紀に求められる課題は、QOL(クオリティ・オブ・ライフ:Quality of Life)の向上、超高齢化対策、社会コストの削減、持続可能なくらしです。このような相矛盾するものを克服して、複雑なものを複雑なままに、多様なものを多様なままにしながら、我々の想いを満たしていく社会基盤の構築が求められています。そのためにも循環型経済の考え方が必要であり、企業として実践したいと考えています。

リニア型からサーキュラー型への転換 テクノロジーを応用して最適化

伊藤:循環型経済(新産業構造)をつくるうえでの日本の現状と課題は何でしょうか。

國領:日本は工業社会モデルで大成功した経験から、そこに戻ろうという願望を強く持っていますが、そのマインドセットから抜け出すことが重要です。一方向的に生産したものを消費のサプライチェーンで流していた形から、本当の意味で循環していく必要があります。

物流・商流・決済も含めて縦方向型で最適化されたものを、サーキュラー型に最適化していかなければなりません。その中でテクノロジーは比較的応用しやすいと見ています。一方、ビジネスモデルの転換、取引関係の開拓、資金繰り方法の変革などをスピード感をもって対応することが、企業の生き残りを決めるポイントになると考えています。

岡村:技術と人間がどのように寄り添っていくのか、社会が技術と共にどのように次の豊かさを求めていくのか、私は歴史の時間軸で客観的に見ています。循環型経済は鎖国日本と共通する部分があります。江戸時代の経済は外部的な経済成長が18世紀半ばで止まり、その中で循環型経済を試行していたと言えるかもしれません。

20世紀になると日本は国民も国家も共通のものを求め、総中流の社会へと移り変わりました。現在は少子高齢化、成熟国家としての条件が先に到来し、制限された中で知恵を絞り、より快適なものを求める社会に変化しました。

日本の課題はいわゆる下り坂社会への対応であり、新たな経済の仕組みとして循環型経済が必須です。そこで企業は社会変革の装置となるでしょう。これまでのように公共に任せるのではなく、新しい突破口を民間が作り出そうとチャレンジしています。

伊藤:ビジネスモデルをどう転換していくか、海外と比較したときの日本の勝ち筋について、それぞれのお考えをお聞かせください。

國領:欧州が脱炭素化に向けて先陣を切っている印象ですが、ESG投資などファイナンスが先行するモデルの観点では、金融ロジックが成立してオペレーションレベルに落とし込めている例はまだ少ないのではないでしょうか。その点で考えると、日本がポジションをとれるチャンスはまだあると希望を持っています。

実際にスマートシティを実現していき、再利用可能な資源を地域社会の中で再活用していくには、優しさや思いやりを形にしていく能力を持つ人がいる社会のほうがうまくいくのではないでしょうか。そこにテクノロジーを組み合わせることで、日本の都市の魅力をモデル化し、世界に発信していくことは実現可能でしょう。

マネタイズの仕組みとしては、例えばダイナミックプライシングの活用です。ピーク時には使わなければならない人が使いながら、オフピーク時には安く提供することで価値を見出し、そこからお金を回収していくモデルです。これまで把握できなかったところにも、IoTによる新しいサービスやビジネスチャンスが生まれます。このチャンスをしっかり回収することが必要です。

岡村:欧州はあらゆるものを概念化して、うまく言葉に落とし込み、時代を創り上げることに優れています。SDGsもその一例でしょう。日本はここが不器用です。

限られた資源を使う循環型経済は、限られたキャパシティの中で最大にビジネスを作ること、あるいは限られた中からマネタイズすることに共通しています。ビジネスを最優先で考え、限られた中から課題を発見してPDCAを回す。そこにデータが存在することで、異分野をつなぐ共通言語となり解決策を見出せます。当社はそれをビジネスに繋げる点にこだわっています。

循環型経済を加速させるIoT 活用リアルとデジタルの融合を実現

伊藤:ヘルスケア事業とモビリティ事業におけるIoT活用について、ご紹介いただけますか。

岡村:ヘルスケア事業では、一人ひとりの健康状態をデータとして蓄積、可視化することで、循環型経済にふさわしい「健康でいながら長寿である世界」の実現を目指しています

アプリケーションにデータを蓄積、利活用することで、一人ひとりの健康寿命を延伸する試みです。処方箋や健診情報のほか、IoTによって自動的に歩行データが蓄積されます。ユーザーが日常生活を送る中で、健康状態は日々の食事などから知らずしらずのうちにデータとして整理され、さらに生活習慣、検診値、受診歴の変化と共に蓄積されていきます。

モビリティ事業では、EVを繰り返し利用することは持続的な社会に必要な転換です。これを社会に根付かせ、コストを下げて脱炭素を実現する取り組みが循環型経済の1つでしょう。

EVではエアコンの作動、高速走行、坂道走行などで航続距離が変わるため、中古EVを積極的に活用するには、走行可能距離を可視化することが重要です。

目的によって必要な走行可能距離は異なるため、縦割りで存在するあらゆる情報を可視化し、コーディネートすることでEVという仕組み自体を循環型経済へとスムーズに移行させることを目指しています。自治体の公用車におけるリユースEV(中古車)の導入では、千葉県市川市とDX実証を行いました。

国が画一的に実施するよりも、循環型経済に相応しいサービス、生活の質を向上させるものを民間企業がさまざまなサービスとして創ったほうがよいでしょう。ヘルスケアとモビリティの事業で私たちもこれに挑戦したいと考えています。

伊藤:サーキュラーエコノミーとIoTとの関係について、それぞれのお考えをお聞かせください。

國領:モノ・エネルギー・情報の3つは切り離せませんが、それぞれのサーキュラーについても見ていかなければなりません。例えばデータをいかに再活用し共有していくか、各分野内で非常に大きなポイントになるため、議論が必要です。

他方、そこを一歩乗り越えて、健康増進への繋げ方や事業展開の話になると、リアルの世界との融合が必要になってきます。社会モデル、ビジネスモデルを築いていくためには、リアルとデジタルを融合させた関係にしていくことが求められます。

岡村:循環型経済はさまざまな適用方法があり、あらゆる解釈が可能だと私は考えています。サーキュラーエコノミーとIoTの関係でわかりやすいのはEVでしょう。

データには、性能もあれば充電池の残量もあります。これらを可視化、コントロール、マネジメントすることで、EVは最後のギリギリまで使い切ることができます。あるいは時間をコントロールして稼働率を上げることで、最小限の資源を皆で精一杯使うことができます。

これが循環型経済の形ではないでしょうか。そのためにはモノがインターネットに接続され、データが蓄積されるIoTが欠かせません。

ヘルスケアにおいても、個人のデータを集団に活用することで、医療や投薬実績とつながり、また個人へフィードバックされます。活きたデータが蓄積されながら利活用され、健康に還元されていくことで、医療コスト、社会コストを下げることが実現します。これは再生産可能な社会保障であり、社会保障の最適化と言えるでしょう。

伊藤:サーキュラーエコノミーに参入していく企業が壁を乗り越える仕組みは、どのように考えるとよいでしょうか。

國領:大きな社会構造の転換がどこで来るのか理解していかなければなりません。例えば、既に自動車産業は、新車販売の価格よりもメンテナンスに払うLTV(ライフタイムバリュー:Life Time Value)がはるかに大きくなっています。

自動車販売企業がMaaS(マース:Mobility as a Service)にビジネスモデルを転換する際、部品メーカーはどうなるのかという問題があり、経済安全保障が大きなポイントになってきます。今、サプライチェーンの安全保障がクローズアップされ、信頼できるソースからの安定的な供給がLTVを保障すると言われています。逆に信頼性の高い企業として認知されることでポジションは強くなっていきます。

大量生産し、各方面に供給するモデルとは大きく異なってくるでしょう。転換は難しいかもしれませんが、産業界全体として取り組みを進めていかなければなりません。覚悟をもって進めなければ、旧来モデルではますます先細ってしまう可能性があります。日本は非常に優秀な部品メーカーが多いので、実現できると見ています。

社会システムの転換期 今、皆で考える心の豊かさ

伊藤:複数のステークホルダーが集まると利害関係が生じがちですが、どのように共創を生み出していけばいいのでしょうか。

岡村:20世紀型の社会システムを支えてきたのは垂直型の関係です。どこかでこの構造をばらす必要があります。そこを痛みと捉えずに乗り越えなければなりません。垂直から水平にしていくのはインターネットの構造と似ています。

当社の組織構造もピラミッド型ではなくフラットです。フラットな組織の経営は非常に難しいですが、デジタル化が新たな連携のあり様をつくります。フラットな社会システムへの転換には社会全体でのDXが必要です。

伊藤:大きな社会変容の中で産学官それぞれが果たす役割について、お聞かせください。

國領:「官」は公平性や平等の目配りが必要になるため、多様なニーズをきめ細かく拾おうとすると遅れてしまいます。そこで、多くの民間が異なるセグメントに対してきめ細やかに提供するほうがいいと考えます。

政府の持つデータ資源、行政サービスに関しても、フロントエンドのインターフェースは民間が担うほうが良いでしょう。一方で、テクノロジーがより生活の中に入り込み、AIは人の心の中に入り込んでいきます。すると、民間企業も限られたファンの喜びを最大化するサービスを提供していくことになるでしょう。

そのときにマネタイズのバリューの最大化だけを指標に経営すると大きく間違えることがあります。これからは人々のWell-being(ウェルビーイング)を意識した経営にしなければ、経営自体も反発を受け継続できなくなります。

今、Well-beingの計測方法や最大化による企業の報奨モデルについて研究しています。Well-beingの実態が見えてくるまでは、経営者がいろいろ判断しながら、利益最大化といかにバランスを取りながら、企業経営できるか考えていかなければなりません。これからはパブリックとプライベートのバランスを取りながら、経営していく時代です。

岡村:行政が支えるパブリックではなく、民間が支えるパブリックにしなければならないと考えています。株式会社の役割と資本主義の変質という大きな時代背景から、企業の評価方法がまだ一致していないのは当然です。経営者が抱えるこのジレンマを私はあえて楽しもうと思っています。

当社は横浜市のビジョンや政策に対して、積極的に参加し発信する姿勢を見せています。外に発信すれば自然とパブリックの目にとまり、我々の考え方もよりアウフヘーベン(Aufheben:矛盾するものを更に高い段階で統一し解決すること)されていくでしょう。

行政を支えながら、税金ではなく収益という形で持続性を持つ企業が増えると、より一人ひとりにマッチしたサービスが得られるようになります。プラットフォームも皆で支えるべきと考えています。誰かが1人勝ちする資本主義的な在り方ではなく、新しい領域をさまざまなパートナー企業と共に耕していくことが重要だと考えています。

伊藤:今後の展望について、お聞かせください。

國領:いかに持続可能な社会をサーキュラー的な発想を通じて実現していけるのか、そこで人間としての心の豊かさの実現を具体的にどうするか、考える局面を迎えています。

「限られたキャパシティから得られる収益の最大化」を経営学ではイールドマネージメントと呼びます。売上を最大化してマージンを得る考え方から、資産効率を高めて利益率を稼いでいく発想から成るビジネスモデルへの転換が必要です。

これによって、サーキュラーエコノミーを民間のビジネスモデルとして、皆で実現していく社会、その中でより多くの人が参加できる構造をつくることで、皆が社会貢献しているという自己肯定感が増していく社会が理想です。

岡村:これまでは、今存在する人々との間でパイを分け合い、共時性のある人を視野に入れていました。これからは通時性の発想を持ち、時間が過去から未来に向かうことを意識しなければならないと皆が気づきはじめています。

先人が木を植え、その木が育ち、後人が旅の疲れを木陰で癒せるのは、先人が木を植えるからです。これ自体が人間の生きがいにつながっているため、価値を創造する企業の経営者や社員はどこかで考えたいことです。

技術は我々を滅ぼすものではありません。社会観や未来観を皆さんと共に語りながら、複雑な未来をより展望のあるものにするために、データやデジタルが重要だという哲学を持ちながら経営にあたることが大切だと考えています。

伊藤:本日は貴重なお話をありがとうございました。