SPEEDAとは
資料・コラム
#研究開発(R&D) 2023/3/10更新

セミナーレポート 6G最前線から考える技術開発

6G最前線から考える技術開発 6G最前線から考える技術開発

2022. 4.13 WED / 株式会社ユーザベースが主催するH2H(Home to Home)セミナー『6G 最前線から考える技術開発』が開催されました。2020 年に5G サービスが開始された一方で、世界では2030年代の実用化を目指し、6G(第6世代移動通信システム)の研究開発が進んでいます。6Gにより、現実空間と仮想空間の融合が加速し、遠隔操作・シミュレーション・予見予知などが高度化、社会課題の解決に向けた新たな事業創出が期待できます。本セミナーでは、株式会社 NTTドコモ 執行役員6G-IOWN推進部 部長 中村 武宏 氏をお迎えし、6G時代の技術開発と事業創造を議論しました。6Gによる通信技術の飛躍は、社会全体へどのような影響を与え、社会課題の解決を変容させていくのでしょうか。また、現在の技術開発モデルや製造プロセスを、いかに革新するのでしょうか。常に一歩二歩先の未来を見据え、6GでSFの世界が現実になると語る中村氏の挑戦とその思考に触れる時間となりました。

[モデレーター]
株式会社ユーザベース SPEEDA 事業執行役員 技術領域事業 CEO 伊藤 竜一

Speaker

中村 武宏 氏

中村 武宏 氏

株式会社 NTTドコモ
執行役員 6G-IOWN推進部 部長(ご出演時)

2006~2014年2月、高度無線通信研究委員会 モバイル・パートナーシップ部会 部会長。現在、5Gモバイル推進フォーラム企画委員会委員長代理、2016年よりITS情報通信システム推進会議高度化専門委員会セルラーシステムTG 主査、2021年2月よりBeyond5G推進コンソーシアム白書分科会主査。1999年より、3GPPでの標準化に参加。2005~2009年、3GPP TSG-RAN副議長、2009~2013年3月、3GPP TSG-RAN議長を歴任。

2030年のサービス化を目指す
6Gで遠隔操作や遠隔監視が加速

ー「6G」におけるNTTドコモのお取り組みについて、教えてください。

中村 武宏 氏:NTTドコモでは、5Gの高度化および次世代の移動通信システム「6G」の研究開発を進めています。移動通信では約10年かけて次世代システムを研究開発します。5Gは2010年頃から検討を開始し、2013~14年頃には世界中でプロジェクトが発足、2020年に商用化に至りました。

5Gは世界的にも初期段階ですが、世界中で6Gに関するプロジェクトが発足し、多くのホワイトペーパーが公開されています。国内では総務省がリードする形で 2020年12月にBeyond 5G推進コンソーシアムが立ち上がり、5Gの高度化や6Gに関する議論が推進されています。当社では2020年1月に「ドコモ6Gホワイトペーパー」の初版を公開しました。その他、国内外でも活発な動向が見られます。

6Gは2030 年頃のサービス実現を目指していますが、既に多くのプロジェクトが存在し、ホワイトペーパーが公開されている状況から、世界中で2028年頃に商用化される可能性も出てきています。

既にトレンドとなっている仮想空間における多くの活動は今後ますます進み、 そのニーズは高まってくるでしょう。データ量がこれまで以上に膨大になり、より高速な仮想空間と現実空間との連携が必要となると、5Gの性能では足りなくなる可能性は高く、2030年代に向けて5Gの性能を10〜100 倍上げていくことを考えなければなりません。

これはあらゆる分野での検討が必要です。我々は無線を主に扱ってきましたが、今後は無線有線を問わない技術開発が求められています。そこで当社では光を中心とした革新的技術を活用し、高速大容量通信で膨大な計算リソースを提供可能にするIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想(以下、IOWN)の下、あらゆる研究を進めています。

E2E(end to end)で多様な価値を提供する次世代情報通信インフラには、主に6つの飛躍的進化があり、サイバーとフィジカルの融合の高度化や低消費電力による環境対策など、持続可能な新たな価値の創造につながります。

(1)    超高速・大容量通信 
(2)    超低遅延
(3)    超カバレッジ拡張
(4)    超高信頼通信
(5)    超低消費電力・低コスト化
(6)    超多接続&センシング

これらの技術革新を支える基盤が、NTTがグローバルのパートナーと共に進めているIOWNです。

ー5G および6G の進化の市場への影響や、グローバルな観点から日本の取り組みの進展など、どう捉えていますか。

まず、移動通信の進化により、新たなビジネスを創造できると考えています。そういった世界では移動通信は至るところで使用され、あらゆる業界が関わってくるでしょう。「高速大容量・低遅延・高信頼」の5Gでは法人企業を中心に複数のユースケースが出てきています。まず有線が無線化することで、意識せずともつながる状態となり、場所の制約を受けなくなるため、遠隔監視、遠隔操作などが増えるでしょう。

6Gでは「超高速大容量・超低遅延・超高信頼」になることで、場所や時間を超えて人間の能力を拡張できるようになり、あらゆる社会課題解決への貢献ができると考えています。

現在のリモートワークは限られた音と映像だけの世界ですが、 6Gの世界では、実際に会っているような体験が実現するでしょう。結果、医療業界ではリモート診療が進み、建設業界では現場の重機を遠隔操作できるなど、人手不足への貢献も可能になると見ています。

デバイス開発の観点で考えると、周波数はハードウェアに直結するため、新たな周波数を使う場合にはアンテナを入れ替える必要があります。それ以外のほとんどの部分は流用し、できるだけソフトウェアのアップデートのみで新機能を入れる方向で進めています。

日本は、韓国や米国よりも1年程遅れて5Gのサービスを開始しましたが、実際の中身は充実していると捉えています。6Gに関しては国内でも積極的な動向が見られるため、決して遅れている状況ではなく、リードできる立場にあるのではないでしょうか。

ー来たる6G 時代、新たにどのような領域へ展開していこうと取り組まれていますか。

6G時代に向けてさまざまな技術の検討が必要です。新しい領域としては、非陸上(NTN:Non-Terrestrial Network)を含めたカバレッジ拡張技術です。5Gまでは基本的には人が多い場所を中心にサービスエリアを作ってきましたが、IoTの普及と共にあらゆる場面でセンシングネットワークの需要が見込まれます。今後は人のいない山岳地帯や僻地なども含めて、サービスエリアを設けることが必要だと考えています。

サービスエリアは空や海まで拡げる必要性も出てきています。まず航空機の中でも地上と同じような速度、通信環境を提供するニーズに応えると共に、ドローンビジネスや未来社会の空飛ぶクルマも見据え、空が非常に重要になるでしょう。さらに、どこの海でもつながる状態を実現させることで、新しいビジネスの可能性も生まれます。我々は音響技術などを用いて、海中へのサービスエリア拡大に向けても取り組み始めています。2030年代にはサービスエリアを宇宙にまで拡大することも想定しています。

また、周波数領域のさらなる広帯域化および周波数利用の高度化技術も重要です。6Gでは5Gの10倍程度高く広い周波数を使い、さらなる高速大容量化をはかることになりますが、高い周波数ほど電波が飛ばないため、エリア拡大にはアンテナが多数必要になってきます。これは技術で乗り越えなければなりません。

さらに、工場などで有線の代わりに無線を使うときに必要となる低遅延・高信頼通信(URLLC)の拡張および産業向けネットワークによる産業利用推進、無線通信システムの多機能化および、あらゆる領域でのAI技術の活用など多岐に渡ります。

人間拡張基盤となる6G
新たな技術伝承のカタチ

ー6Gにおけるユースケースの具体例を伺えますか。

5Gをすぐに導入する必要のあるユースケースとしては、大容量映像伝送や遠隔医療支援、コネクテッドカーなどです。6Gにおけるユースケースに関しても、ネットワークの研究開発と並行して積極的に取り組んでいく必要があり、2030年を目標に人間拡張基盤、リアルハプティクス(力触覚)、気配、雰囲気、どこでも端末などを想定しています。中でも人間拡張基盤は、2022年1月にオンライン展示会「docomo Open Houseʼ22」で人やロボットが腕や手の動きを共有する様子を公開し、大きな反響を得ました。

6Gの通信速度は人間の神経の反応速度を超えるため、脳や身体の情報をネットワークに接続することで、人間の感覚の拡張が可能になると考えられています。つまり、超高速大容量・超低遅延・超高信頼の6Gでは、人間の神経と同等の役割を担えるようになることで、身体のユビキタス化、五感の共有などがネットワークで扱えるようになるでしょう。これまではSFの世界の現象だったテレパシーやテレキネシスも脳波を検出しネットワークを介して伝送することで成立します。

これらを活用することで得られるものは非常に大きいと考えています。スキルの共有の観点では、高度な技を体得している人間国宝の方の技術をネットワークにデータ化することで、未来の世代への技術伝承も期待できます。我々はこのような世界を目指しています。

具体的には、さまざまな身体の動作を把握する機器(センシングデバイス)を用いて、脳波、筋電(筋肉の信号)などをデータ化します。このデータを人間拡張基盤に取り込み、動作を再現する駆動機器(アクチュエーションデバイス)を通してロボットや人間へ動作を共有する実証実験を行っています。

センシングデバイスで取得したデータを、アクチュエーションデバイスを通してロボットに伝える際、身体の動きの信号をロボットの大きさや骨格に合わせて変換します。データは人間から人間に共有することも可能です。同じ人間でも骨格や筋肉の付き方が異なるため、 発信側の動作は人間拡張基盤で受信側にあわせて信号変換します。共有は1対1だけではなく、1対3も可能です。

人間拡張技術を用いたユースケースとして楽器のトレーニングが挙げられます。今は指導者の説明や実際に演奏を見ることで楽器の演奏技術を習得することが一般的ですが、この技術を用いれば、筋肉の動きで演奏技術を伝える可能性が生まれます。このような取り組みを通して人間拡張の認識を現実的なものとして広め、普及させていきたいと考えています。

E2E(end to end)で人に寄り添う上で、プライバシーやセキュリティの観点で懸念を持たれるユーザーもいらっしゃるでしょう。どう使えるのか、どう役立つのかをユーザー目線で伝えることが必要です。人間拡張技術においては、筋肉の動きを伝えるのではなく、ピアノのレッスンに使えるといったユーザーが実際に得られるもの、あるいは社会課題解決に活用できる側面を実証していくことが重要になってきます。

技術革新には光と影(良い面と悪い面)がありますが、光の部分から得られるものが大きいと、その技術革新は進むと捉えています。我々は光の部分をわかりやすく伝えながら、実証実験で多くの方の協力を得ながら使える状態にし、同時に高いプライバシー性を持つ人のデータをどう扱うか、技術的な根拠をもとに説明していくことも欠かせません。倫理的な面でも専門家の意見も踏まえた説明ができる状態になる必要があると考えています。

ー6Gを実用化していく上で、重要視していることは何ですか。

5Gではユースケース開拓としてドコモ5Gオープンパートナープログラム® などを活用し、さまざまな業界と早期段階から新サービスを作り上げてきました。幅広い業界とWin-winの関係になれるような将来のサービスを作り上げていくことは非常に重要です。一方で、業界間の壁は高く、業界間で情報交換する場が少ないことが課題です。新サービスの創出では、ニーズだけではなくシーズも一緒になって組み合わせることが重要です。逆を言えば、ニーズとシーズがしっかり組み合わさると、素晴らしいものが生まれるということです。

日本にも面白い取り組みを行うベンチャー企業はたくさんあります。そのような方々と早期に出会い、よりシーズ同士が、我々のネットワークサービスも活用しながら組み合わせることが必要です。早期段階から業界間で情報交換を行う場を設けて密に情報交換していく活動は、ますます重要になってくるでしょう。面白い感性や技術、アセットを持ったベンチャー企業や大学と、気軽にあらゆることを試し、より良いサービスを低コストでスピード感をもって創出する場を作ることができれば、世界をリードできるのではないでしょうか。

ー技術の探求とビジネス化におけるバランスについて、どう捉えていますか。

新たなサービス、ネットワークを提供しなければならないという使命感もありますが、私自身を突き動かすものは、何より新しいものを生み出すことの楽しさ、創り上げていく中での新たな出会いや新たな発見、そこから生まれる新たな発想があります。義務や責任というよりは「新しいものを作り上げていきたい」という欲望と言えます。皆で楽しくWin-winの関係になり、日本社会を盛り上げ、社会課題を解決しようという想いはこれからも変わりません。

5Gでは「どんなサービスが生み出せそうか」という種を準備した自負はありますが、リアルなビジネスとして成立させる難しさを実感しています。実証実験を100回実施したうちサービス化に至ったのは10以下です。ビジネス化にはコストを抑えるだけでなく、多くのパートナー企業との Win-winの関係となれるビジネスモデルを作り上げることが求められます。ビジネス化の高い壁を壊していけるのは、単独ではなく、多くの方々の知恵と情熱によるものだと捉えています。

ー移動通信技術の発展を実現させるために、中村さんが大切にしていることを教えてください。

ホワイトペーパーの作成でさまざまな業界の方とのディスカッションを通して感じたのは、他の業界に対して深い興味をもっている方が多いということです。皆さんと意見交換をするだけでも、この業界のこの技術は活用できそうだとアイデアがたくさん出てきます。そういった場を設け、互いのシーズを出し合い議論を重ねれば、新たな発想は生まれます。それらを活用して新たなサービスを生み出すことは決して難しいことではありません。新たな情熱を持った方が参加し議論できる状態を促進することが第一歩ではないでしょうか。その次の段階として共創する仕組みを作らなければなりません。そこで停滞することないように後押しするような体制、企業としてのサポートも重要です。

新たなサービスを生み出すために、ジェンダーやジェネレーションを超えた多様な意見を取り入れられる環境を作っていくことが大切です。女性や若い世代のセンスや意見にハッとさせられる気づきがあった経験があり、改めて貴重だと感じています。さまざまなバックグラウンドを持つ皆さんが情熱を持って取り組んでもらえるよう、大学との協力体制も必要だと思っています。さらにあらゆる国や地域の意見も取り入れられるダイバーシティが重要だと考えています。

ー本日は貴重なお話をありがとうございました。