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経営判断の精度を高める外部環境の捉え方-地政学編-

経営判断の精度を高める外部環境の捉え方-地政学編- 経営判断の精度を高める外部環境の捉え方-地政学編-

2024.5.9  TUE  /   株式会社ユーザベースが主催するセミナー『 経営判断の精度を高める外部環境の捉え方-地政学編-』が開催されました。
選挙イヤーと呼ばれる2024年、どんな地政学リスク/チャンスが存在し、ビジネスにおいてそれらとどう向き合うべきでしょうか。本セミナーでは地政学リスクに関して豊富な知見を持つ、住友商事グローバルリサーチ株式会社 国際部 シニアアナリストの石井 順也 氏と、ジョーシス株式会社 シニアエコノミストの川端 隆史 氏をお迎えし、地政学リスクに関する情報の集め方と経営判断に使うための扱い方について議論しました。

Speaker

石井 順也 氏

石井 順也 氏

住友商事グローバルリサーチ株式会社
国際部 シニアアナリスト

東京大学法学部卒業、スタンフォード大学院修了(国際関係論)。弁護士資格所有。
外務省(アジア大洋州局、在米国大使館、内閣官房、北米局に勤務)、クリフォード・チャンス法律事務所、アンダーソン・毛利・友常法律事務所を経て、2015年から現職。現在はアジア新興国の政治経済、米国とアジアの関係の分析を主に担当し、インテリジェンス情報の発信を行う。政策研究大学院大学の博士課程にも在籍し、研究者としても活動する。

川端 隆史 氏

川端 隆史 氏

ジョーシス株式会社
シニアエコノミスト

外務省(在マレーシア日本国大使館、国際情報統括官組織等)、SMBC日興証券金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミスト、NewsPicks編集部記者と同親会社ユーザベースのアジア・エコノミスト、米国クロールのシンガポール支社シニア・バイス・プレジデント、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの戦略部門インテリジェンスユニットのシニアマネージャーを経て、2024年4月よりスタートアップの現職に転じ、ITガバナンス等をテーマに情報発信を担当。専門はビジネスインテリジェンス、新興アジア、地政学。東京外国語大学卒、栃木県足利市出身。アカデミアやメディア等での情報発信多数。

TOPIC1:なぜ、ビジネスに地政学が必要なのか

――2023年に企業の経営企画部門に調査したところ、多くの企業が「地政学リスクへの対応」を重点テーマに挙げていました。地政学リスクに注目が集まる今の状況をどう捉えていますか?

石井氏:
地政学自体は新しい概念ではありません。しかし近年、世界情勢を読み解く上でも、経営判断を行う上でも、重要な概念として注目されるようになっています。米国の政治学者ウォルター・ラッセル・ミードは「地政学の復活」という言葉を使っていますが、地政学はいまや国際政治のみならず、経済やビジネスにも直接影響を与える時代になってきたと感じます。

かつては、経済的相互依存やグローバル化、国際的なルールを通じて、経済発展と平和を実現していくリベラルな秩序が基本的に正しいものとされ、世界のビジネスもそうした認識を前提に発展してきました。このときの政治的なリスクは、ある程度意識されることはあっても、紛争が起こっているような例外的な状況を除けば、平時の経営判断で真剣に考慮されることはあまりなかったと思います。

しかし、2016年頃からブレグジットやトランプ政権の発足、米中の戦略的競争の激化があり、ナショナリズムや経済安全保障が重視されるなど、これまでのリベラルな世界観を覆すような動きが目立ってきました。ロシアによるウクライナ侵攻のように、むきだしの力が現状を変更する、パワーポリティクスの世界への回帰のような動きもみられます。今年はアメリカ、インド、インドネシアなど多くの主要国で選挙が行われますが、選挙不正を訴えて民主主義を揺さぶる動きも広がっています。このように近年、世界は急速に「物騒な時代」になってしまいました。こうした現実の変化を受けて、経済やビジネスに携わる人たちも、地政学リスク、つまり世界の政治的な動きやそれを読み解くインテリジェンスを無視できなくなったのだと思います。

川端氏:
ビジネスオペレーションにおける地政学の影響という視点で考えると、例えば、経営企画が取り組む重点テーマとして「サプライチェーン再編」や「原材料、各種コスト上昇に伴う対応」といった話しをよく聞きます。これらは地政学と密接に関係していますし、「関係があるだろう」と多くの人が思っています。

最近の分かりやすい事例としては、製造業を中心とした物理的なサプライチェーンです。ここには米中関係やウクライナ情勢といった地政学的な動きが関係しています。日本もTSMCの熊本進出など、半導体を中心に様々な投資の動きが見られます。一方で目に見えにくいため、あまり語られていないけれども重要なのが、デジタルバリューチェーンの視点です。例えば、マイクロソフトやアマゾンなど米国大手テック企業の東南アジアや日本などへのデータセンターやAI分野への大規模投資などにも、実は地政学的な影響が関係します。

巨大な外資企業による日本への製造業やデジタルバリューチェーンへの投資の動きは、日本にとってチャンスと捉えられています。しかし、そのチャンスを逃さないためには、デジタルバリューチェーンにおけるリスク管理が非常に重要になります。

例えば日本企業に投資したい欧州の会社が現れた場合、果たして国際的なルールメイキングに沿った形で対応ができるのか。日本式のやり方が相手方の基準や考え方に合致するのか、それを整える体制を作れるのかなどが、重要なトピックスになると考えています。こうした地政学的な動きを考慮していけば、リスクがチャンスに、チャンスがリスクに、とどちらにでもなりえます。

――地政学情報のビジネスへの活用は難しいと思われますか。

川端氏:
そもそも地政学は、地理的な環境が国家に与える影響を研究する「学問」であり、ビジネスのためのツールではありません。故に、そのままビジネスジャッジに活用するのは困難ですし、学問の役割ではありません。最近ではビジネスパーソン向けの地政学の本やセミナーをたくさん目にしますが、マクロ情報の解説が大半を占め、ビジネスへの示唆は非常に限定的、あるいは抽象的過ぎると感じます。自社の経営と地政学的な動きをどうブリッジさせるかを具体的なTipsを交えながらお伝えしていきます。

TOPIC2:ビジネスに効く地政学情報の「収集」の仕方

――実際にビジネスに使うにあたって、どのような視点が必要になりますか。

石井氏:
まずインテリジェンスを必要としているのが誰かという視点があります。経営層と現場が必要とする情報は、重なり合うところもありますが、異なる面もあるように思います。例を挙げると、経営トップやマネジメントは、経営戦略を考えるために世界全体の動きを掴む必要があります。どの国が伸びるのか、その国にはどういったポテンシャルと政治リスクがあるのかを把握し、その上でどこにどの程度のリソースを割くべきなのか判断を行います。したがって構造的、大局的、長期的な理解を深めることが求められます。各々の国の経済や政治が複合的に絡んでくるため、その理解自体が大変なことですが、インテリジェンスとしては割とオーソドックスな分析ともいえます。

一方で現場のビジネス担当者は、日々の業務に向かい合っていますから、世界の構造的・大局的・長期的な理解のみならず、それが目の前の課題にどう関わってくるのかまで考える必要があります。例えば今年は「選挙イヤー」とも言われますが、選挙によって政権交代はあるのか、政権交代があった場合、現場の人たちが関わる仕事にどんな影響があるか、具体的な事例に落とし込むことが求められます。これは世界のマクロ的な動きのみならず、ビジネスのミクロの現実まで知らないと分からず、ある意味で特殊な分析が求められます。難度が高いですが、ビジネスに直接役立つという意味で、企業にとってより分かりやすい価値を提供する仕事になると思います。

川端氏:
先ほど地政学的なチャンスだと話しましたが、一般的には、リスクとしてどう捉えていくかを考える場面が多いでしょう。例えば伝統的なリスク概念について、通常デューデリジェンス(投資対象となる企業や投資先の価値の調査。以下、DD)を行う場合、買収先や提携先の企業に問題はないのかなど、法務や財務上のリスクは必ず洗い出します。これには「型」があり、多くのビジネスパーソンが慣れている世界です。しかし例えば、新興国での選挙によるビジネスへの影響という地政学的なテーマになると、「型」が存在しません。これが、企業で地政学情報の担当を任せられた担当者が「戸惑い」を感じる局面なのです。いわゆる非法務・財務DDの世界です。

他の具体例で私が実務的に担当した案件としては、人権DDがあります。これには、まだ定型的な評価手法がありません。人権DDは各地域の政治や社会事情や国際社会での議論やルールメイキングの動向といった、マクロ政治経済の素養が必要となります。そうした視点を持ちながら、ビジネスオペレーションに落とし込んでリスク要因を明らかにすることが求められます。一方で、学術を中心とした政治経済の専門家はビジネスオペレーションに対する知識はありません。そのため、大学の先生の講演は大変勉強になるが、ビジネス上にはすぐ使えない、という人が現れてきます。ただ、そもそも大学の先生はビジネスオペレーションを提案することが仕事ではありませんし、直接的に求めること自体が的を外しています。そこを考えるのは、私たちビジネスパーソンの仕事です。

石井氏:
「地政学リスク」という言葉が目立たなかった頃でも、ビジネス判断にあたって法務や財務上のリスクは検討されていたはずです。ただ私が思うに、こうした「リスク分析」は、個別の明確な問題が先に存在していて、それにどう対応するかという、ある意味でケースバイケース、事後的、技術的な分析が中心だったように思います。しかし地政学リスクが重要になっている現在においては、すでに起こっている問題だけではなく、その裏にある構造や長期的な動きを先んじて理解するというプロアクティブな姿勢、すでにある制度や経済だけにとらわれない幅広い思考が重要になってきます。

例えば、イランやミャンマーへの制裁問題について、実際に起きた際に企業としてどう対応するのかはもちろん重要ですが、それだけでなく、そもそも問題が、どれほど実現する可能性があったのか、起こった後はどこまで強化されて、他の国々との関係などもどう変わるのかを分析する必要があり、そこには地政学的な視点が求められるということです。そのためには、ビジネス部隊も伝統的なリスクマネジメントを担当していた人たちも、地政学の知見を持つ専門家と相互補完的に進める必要があります。単にマーケットや制度だけを見れば足りる状況ではないということです。

――情報収集のソースとして「日本のメディアは参考にならない」という声もあります。信憑性の高い情報を得ることについて考えをお聞かせください。

石井氏:
たしかに日本のメディアの情報は物足りないと感じることがあるかもしれません。現代においては、インターネットの発展により、大手メディアに頼らずとも、世界各地の多言語の情報や専門家の見方を即時に入手することが可能になってきました。ですから日本のメディアが見落としている、あるいは理解できていない情報を独力でキャッチすることも、以前よりもはるかに現実的になってきています。

一方、ここ最近では、「陰謀論」という言葉もありますが、不確かでデマも含めた中国やロシアなどの情報戦に乗っかってしまう例も多く見るような印象があります。メディアに出ていない情報を見ると、その信頼性やクオリティは度外視して、面白いと思って安易に飛びついてしまうのではないでしょうか。

しかし、バイアスのかかった思考に陥ることは避けなくてはいけません。情報の信頼性やクオリティは絶えず精査すべきであり、この点では、大手メディアが出している情報には一定のレベルが担保されています。まずは信頼できる公開情報の収集を基本の「型」とすることが重要だと思います。そしてそこからさらに突き詰める場合、独断に陥るのではなく、まずは有力な専門家たちの見方を踏まえることが大切です。自分自身で情報をとり、オリジナルの見立てを行うのはその後からでも遅くはありません。それはある意味で次のステージということで、インテリジェンスとしてはかなりレベルの高い仕事になりますが、たとえば現地に赴き、自分自身の見立てをもった上で、現地の様子を確認したり、現地の人々や専門家と議論するということになります。

川端氏:
いくつか方法はありますが、まずは、OSINT(Open Source Intelligence)と呼ばれる公開情報からしっかりと取り組む必要があります。丹念な情報収集と整理は必須です。この公開情報を無視した「生の情報」や「現地情報」の取り扱いには注意が必要です。例えば、タクシー運転手がこう言っていた、現地の〇〇さんがこう言っていた、のような類いの情報です。そう発言している人は、現地の人であっても、特定分野の専門家ではありません。個人的な考え方や意見を表明したに過ぎません。ですが、こうした情報がビジネスの会議の場で案外と出てくることがあり、ジャッジメントにじわりと影響を与えていることがあります。「なんだ、公開情報か」と軽視していては、ビジネスインテリジェンスの強化は実現できません。

OSINTを踏まえた上での「生情報」の使い方として、一つ具体例を挙げたいと思います。以前、シンガポールでミャンマー関連のリスクコンサルを行っていた際に、私が重視していたのは米国議会の動向です。米国でビルマ・ロビーと呼ばれる人たちの発言や、誰がどの法案に関心を持っているかを丹念に観測すると、有力な議員のミャンマー政策に対する考え方が見えてきます。これは、議会が公表している資料や議員のホームページやソーシャルメディアから誰でも得られる情報です。このようにOSINTだけでも、ある程度の示唆は得られます。そして、この先は公開情報では得られないと分かった時点で、欠けたピースを埋めたり、裏付けをとったりするために、専門家と議論を進める、現地の特殊な情報源を活用して情報を獲得して分析をするというパターンで情報収集をします。この段階になるとHUMINT(Human Intelligence)が生きてきて、決定的な情報となることがあります。

――企業の一社員が自分で情報収集を行うのは難しいとも感じます。

石井氏:
おっしゃる通りで、私どもは専門家として専従的に情報収集を行っていますが、企業の皆さんが割けるリソースには、事業の規模や性質によって限界があると思います。私が在籍している企業は大手のため、相当のリソースを割いて、地域を分担して地政学情報の収集や分析に取り組んでいますが、それでも全ては網羅できません。そうした自分たちの限界を認識した上で、自分だけで何もかも背負い込むのではなく、必要に応じてその分野の専門家の知見に頼ることもどんどんやるべきと思います。

例えばアジア地域の場合、日本でも、「アジア経済研究所」といった公的な研究機関には長期間インドネシアをリサーチし、言語や現地への理解に長けた研究者がいます。重宝すべきインサイトが外にあるので、全て自分たちでやろうとするよりも、まずはこうした頼れる先を押さえておく方が近道と思います。特に自前のリソースに限界があると感じられる場合、外部の専門家と、その得意分野の情報を得る方が効率的かもしれないということです。

一方で、自分たちの事業分野に関しては独自の知見があるはずです。その分野が政治経済にどう影響するのか、組織の意思決定のための土台としてインテリジェンスを収集することは、自分たちのビジネス判断だけでなく、外部の専門家にとっても貴重なインサイトになります。そうした自分たちの持つ知見があれば、各所で意見を求められますので、それを軸にネットワークを広げるのも有効なアプローチではないでしょうか。頼られる人間になれば情報が集まってくるということです。

――専門家の見極めやつながりを得る方法を教えてください。

川端氏:
有象無象の「生情報」の目利き力や、この件なら〇〇さんという知識に加え、すぐに連絡できる関係性の構築は非常に重要です。

まずは公開情報で情報を押さえて整理し、空いた穴を埋めるため、場合によっては公開情報の裏取りや背景を理解するために、現地に飛んだり有識者に聞いたりして、そのネットワークに入っていく。すると優れた有識者やリサーチャーは繋がっているので紹介も期待できます。ただ、情報を得るという姿勢だけでは通用しません。大事なのはgiveの精神です。自分にはgiveできるものがないと言う人もいますが、そんなことはありません。ビジネスパーソンであればその業界について何らかの自分だけの強み、自分が携わる事業に関する知見などをもっているはずです。もちろん、企業秘密を話す必要はなく、公開情報や業界の常識を共有することでも情報交換になります。相手にとっては自分の知見が足りない部分の情報を提供してくれる人だとなります。こうして、ネットワークの広がりが期待できます。経験を重ねると徐々に目利き力がつき議論も可能になります。優れた専門家は異論や反論も受け止めてくれて信頼関係が深まります。そうしていくと、人を紹介してもらえるという「類は友を呼ぶ」流れが作れます。

TOPIC3:ビジネスに効く地政学インテリジェンスの「活用」の仕方

――情報の活用に向けて、社内調整はどうしたらいいのでしょうか。

石井氏:
情報収集や分析を専門とするインテリジェンス部隊には、ビジネスと距離がある人も少なくありません。信頼関係を築くためにも幹部や営業現場の人たちと交わる機会を設け、インテリジェンス担当者を孤立させない工夫が必要です。私も普段から職場内で勉強会や意見交換を実施し、また営業に同行して取引先で話したり、営業が行うセミナーに講演者として参加することもしています。

また、経営トップやマネジメント層に対しては、高い頻度でインテリジェンス担当者からブリーフィングを行うことが望ましいと思います。米国の大統領は毎日朝の数分CIAからブリーフィングを受けていますが、そのイメージです。弊社でも、毎日とはいかずとも、毎週のように会長や社長、役員にブリーフィングを行っています。また、ブリーフィングの内容としては、様々なシナリオとその蓋然性を示すと、具体的なイメージがつかめるので有効だと思います。難度が高い仕事ですが、ここまでやれると、まさにビジネスに効く地政学インテリジェンスの活用になると思います。

――トップ層へは情報のインプットのみで意思決定は求めないのでしょうか。

石井氏:
基本的な考え方として、インテリジェンスを担当することとビジネス判断を行うこととは分けるべきです。イラク戦争のCIAの失敗が有名ですが、インテリジェンスの担当がビジネス判断を先取りすると、結論ありきでそれに有利な情報だけを集めることになりかねません。会社にとっては厳しいシナリオであってもそこから目を背けないのがインテリジェンスの役割であり、まずは厳しい現実を把握した上で、これからどうすべきか、選択肢を示すことが大事です。その上での最終的な判断、つまり具体的にビジネスのオペレーションにどう落とすかは現場担当者に任せるべきで、分析と実行の役割分担は重要と思います。

川端氏:
私の場合、自社のトップへはもちろん、我々の先にいるお客様へも情報をシェアします。それによって、自社の情報能力に対する信頼が向上し、ブランド価値の向上にもつながります。これは市場を啓発し、ビジネス機会を開拓することにもつながります。

私が手がけているデジタルガバナンスと地政学は関係性がきちんと論じられていませんが、実際には非常に深い関係があります。それぞれ関係がなさそうな点と点であっても、私の視点では線や面になることがあります。こうした情報や分析を日々、社内のコミュニケーションツールなどでシェアしています。時には、営業担当者がお客様とのトークに活用されることもあります。このような社内外へ向けた情報伝達の動きを通じて地政学ないし、広く言えばビジネスインテリジェンスに対する捉え方も変わってくると思います。

ビジネスオペレーションへのインプトット方法については、マッピングが有効です。地政学の影響を受けやすいサプライチェーンを例に挙げると、まずは地理的な視点を持って自社製品の物理的サプライチェーンを徹底的に可視化していきます。部品ごとにどの国で作ってどのルートを通るか一連の流れを分解し、そこに紛争やテロなどカントリーリスクを重ねるとリスクマッピングが完成します。

また、サイバー空間の視点では、デジタルバリューチェーンの分解も必要です。例えば製造業では、特定の品の製造過程に利用するSaaS(Software as a Service)やクラウドのサービスがあるはずです。そこで利用されているサービスを調べていく。創業者のバックグラウンドや開発チームのいる国に地政学リスクがないか、という視点です。販売している会社はアメリカだけど開発は別の国のエンジニアがやっているというパターンもあります。もし、その国が国際政治上の問題を抱える国であれば、リスクになる恐れもあります。このように、物理的なサプライチェーンだけでなく、デジタルバリューチェーンも分解することができます。このようにマクロとミクロの情報を接合したリスク評価をすることを通じて、リスクの高いところに安全性の高いサービスを提供するといった新規事業のチャンスを掴む場面でも活かせます。

TOPIC4:地政学を活用できる「組織」の作り方

――ビジネスインテリジェンス機能を組織に実装する方法を教えてください。

川端氏:
私自身、営利企業におけるKPI設定の難しさを感じます。ビジネスインテリジェンス活動が売上にどう結びつくかを問われると、プレッシャーを感じないこともありません。今のところ、正しい回答はないと思います。そのため、売上などの通常のビジネス指標とは異なるKPI設計が必要です。レポート数など活動量の目安を決めることなどが考えられます。「そのインテリジェンスが売上にいくら貢献したのか」という問いに対して答えを出しにくいのがビジネスインテリジェンスの活動です。専門職としてのキャリアラダーを作らないと若手の育成や採用にも影響するでしょう。「自分はいくらやってもここまでなんだ」と感じてしまい、そもそも少ない地政学のプロになる貴重な人材が他社に流れてしまったり、ビジネスから離れてしまったりしかねません。あとはトップやキーパーソンへのブリーフィングを通して、ビジネスインテリジェンスの重要性を理解してもらうことが大事です。それによって地位も保全されます。地政学情報で陥りがちなマクロ的な情報の整理だけでは、ビジネスパーソンとして不十分だと思います。

採用については、営業現場など社内のメンバーとフラットにコミュニケーションがとれる性質が必要です。年齢や性別、職責や役職を問わず、あらゆる同僚から自社のビジネスの動きや課題を学び、地政学情報との接合点を見いだす姿勢を持つことです。こうした条件を備えた人材の採用が重要だと感じます。

石井氏:
企業が地政学の必要性を感じ始めたのは近年です。だからこそ対応できる人材も少なく、会社がどこまでリソースを割けるかという問題もありますが、私はやはりインテリジェンスを担う人材は企業に必要だと感じます。この点については、先ほど申し上げた通り、担当者が全ての領域をフォローする必要はなく、外部の知見を活用していく力こそが重要だと思います。官庁、商社、国際機関などの専門家の力を借りる術を身につけて、自分なりのネットワークを作り、自社事業に精通した上で、自分なりのインサイトを持つ姿勢が大事ということです。知識や情報は大事ですが、組織としては、マニアックな知識にこだわる人よりも、こうしたコミュニケーションとバランスのある判断ができる人材を育てることが重要ではないでしょうか。

――今まさに悩んでいる方へ、まずは何から取り組めばいいかのアドバイスをお願いします。

川端氏:
着手するにはいくつか段階があります。世の中はどんどん動いているので、まずは自社のビジネスにとって非常に重要な国や資源に対する疑問点をまとめ、研究者や専門家との関係性を作っていきましょう。その際に、問題意識に至った過程も伝えると、相談を受ける側も独自の知見を吸収できるのでgive&takeの好循環も生まれるのではないでしょうか。

石井氏:
新たに担当や部署を導入する場合、最初から自社事業の細かい部分にフォーカスして分析を行うとバイアスがかかる可能性もあります。まずはもっと広く地域を見るなど、そのくらいの余裕は与えた方がいいと思います。あまりにも自社事業や目先の利益ばかりに囚われてしまうと、専門部署を作っても本末転倒になるかもしれません。

――本日は貴重なお話をありがとうございました。