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#新規事業開発 2023/3/31更新

セミナーレポート 500ケースから導き出した 新規事業の成功確度を上げる方法

500ケースから導き出した 新規事業の成功確度を上げる方法 500ケースから導き出した 新規事業の成功確度を上げる方法

2022.11.8 TUE / 株式会社ユーザベースが主催するセミナー『500ケースから導き出した 新規事業の成功確度を上げる方法』が開催されました。今回のゲストは、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルにて新規事業支援をしたのち、株式会社ジンズにてメガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME(ジンズミーム)」の開発、会員制ワークスペース「Think Lab(シンクラボ)」の立ち上げなど、新規事業における豊富な実績をお持ちの井上 一鷹 氏です。

本セミナーは、新規事業・プロダクト開発支援とIT人材のマッチングを行うSun Asterisk社監修の書籍『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』(NewsPicksパブリッシング)との連動企画です。書籍の内容に触れつつ、より具体的なノウハウや新規事業成功のコツを井上氏に伺いました。

[モデレーター]
株式会社ユーザベース Marketing Division INITIAL Marketing Team Manager:志賀 康平

Speaker

井上 一鷹 氏

井上 一鷹 氏

株式会社SunAsterisk
Business Development Unit Manager

大学卒業後、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルに入社。大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略など新規事業立案に従事する。2012年、JINSに入社。商品企画、R&D室JINSMEME事業部マネジャー、ThinkLab取締役を経て、JINSの執行役員を務める。JINS退社後、SunAsteriskに入社、Business Development Unit Manager。著作に『集中力』(日本能率協会マネジメントセンター)、『深い集中を取り戻せ』(ダイヤモンド社)がある。

新規事業は精神論が中心。方法論が体系化されていなかった

まずは井上さんのご経歴からお伺いできますか。

新卒から15年、プロボノ含め100件以上の新規事業を支援してきました。現在は10年で400件以上の新規事業をつくってきた会社、Sun Asteriskに在籍しています。併せて500ケース以上の新規事業を研究し、成功の再現性を上げる方法を綴った書籍が、2022年10月に出版した『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』です。本日はこちらを一部凝縮してお話しします。

新卒で入社した戦略系のコンサルティングファーム、アーサー・D・リトルでは5年間、コンサルタントとして寝る間も惜しんで業務に打ち込みました。その後、自分でも事業を生み出したくなり、アイウェアブランドを運営するジンズに入社し、10年で企業内新規事業開発を2回経験しました。

立ち上げた事業の1つは、集中力を測定できるウェアラブルデバイスJINS MEME、2つ目はワークスペースThink Labの開発です。異なる事業ですが、2件経験しただけでも何かしらの再現性を発揮できることに気づきました。それが何なのかを体系化したいと考えるなかで出合ったのがSun Asteriskです。書籍は、Sun Asteriskで400件以上の新規事業を立ち上げてきた猛者たちとの研究結果と言えます。

『異能の掛け算』執筆に至った背景を詳しくお聞かせください。

デザイン(企画、設計)とプロトタイピング(試作、検証)を別の作業として切り分けると新規事業はうまくいかないと考えています。JINS MEMEも、JINS MEMEのデータを用いて空間を開発したThink Labでも、何度も試作し、プロトタイピングを繰り返して磨き上げていきました。

そして、考える(デザイン)と創る(プロトタイピング)を繰り返す速度は、サービスの強さとほぼ比例します。これは、ベンチャーサミットなどで同世代のスタートアップが集まった際、自分たちに比べスピードが10倍くらい早いことに気づき、実感しました。なぜ、伝統企業の方がリソース豊富なのにできないのか。その理由を体系化して、大企業や企業内起業にフィードバックをかけなくてはと考えました。

また、私は今回のように新規事業についてお話ししする機会が多くありますが、動画を見直したり他の登壇者の話を聞いたりするうちに、あまりにも精神論が強いのではないかと思っていました。聞き手が知りたいのは、具体的な成功理由です。失敗や成功は語るほど言語化できるようになるので勘所がわかってきます。しかし、誰も体系化していないという問題意識が生まれました。

あとは純粋に、企業内起業が最高に楽しかったからです。リソース豊富な企業内起業の場合、目先のキャッシュフローに悩まず、数年先のPL(損益計算書)や顧客への価値創造に集中できます。しかも日本企業は約500兆円の内部留保を抱え、新規事業を求めています。強く求められているのなら体系化して、日本から新規事業をたくさん生み出したい。その一助になればうれしいとの思いから執筆に至りました。

確実性を上げるのではなく、不確実性を下げる

新規事業の成功確度はどのようにして上げられるのでしょうか。

Sun Asteriskが創ってきた新規事業を見ても、100%の成功はありません。何を考えておくと上手くいき、何をやらないと失敗するのかを体系立てると「確実性を上げるのではなく、不確実性を下げる」観点が必要なことがわかりました。新規事業は誰もやったことがないので、当然すべてがわかる人はいません。大事なのは何が見えていないのかを知る、「無知の知」に至ることです。

そのために必要なのは、自分と違うタイプの脳みそを持つ人とのコミュニケーションです。気づきをくれるのは全く違うタイプの人です。しかし異能の人たちが集まると、「なぜ今こんなことを言うのか」のような状況が起こり得ます。単に脳みそが違えばいいわけでもなく、必要なのはBiz(ビジネス)・Tech(テック)・Creative(クリエイティブ)、この3種類のBTC人材です。

Biz(ビジネス)
事業を最大化する仕組みを創る人
Tech(テック)
技術を起点に、その価値を理想的な状態にもっていける人
Creative(クリエイティブ)
顧客(n1)起点で、理想的な体験価値を見出せる人

それぞれの人材が、どんなミッションを持ち合って新しい事業を考えるかを明確にし、核心と確証を得て成功率を上げていく必要があります。この概念を、異能のチームをつくる「チーム論」と、どのような方法で行うかという「方法論」に分けてお伝えしていきます。

どんなチームを組むべきか、「チーム論」について教えてください。

まずは「誰とチームを組むのか」ですが、ビジョン×スキルが同質か異質かを4象限にわけたとします。ビジョンとは、顧客価値です。前提としてそこがずれていると絶対にうまくいきません。

よくある落とし穴が、ビジョンもスキルも同質な人が集まる、大企業でありがちなパターンです。近しい人が集まると、「無知の知」に出合わずに進むため後々しっぺ返しを食らいます。
次の落とし穴は、ビジョンもスキルも異なるパターンです。スキル人材の寄せ集め集団は異能の集まりであっても、共通認識が違いすぎて瓦解してしまいます。
また、ビジョンが異質でスキルが同質の専門家集団の集まりは相乗効果が生まれず、遅々として進みません。新規事業をやりたいのは経営者だけで、実はやらされているパターンがこれにあたります。

最も新規事業に適する条件は「ビジョンが同じで、スキルが異なる人」が揃うチームです。メンバーには異能同士、BTCがそれぞれ揃っていることが不可欠です。たとえば私はBiz人材なので、TechとCreativeを仲間に入れなくていけません。不確実性を下げるには「無知の知」に至ることが大事なので、異能を補完する必要があります。

実はThink Labに取り組む際、メンバーは社内から集めずに友人から募り、業務委託でお願いしました。Think Labのビジョンに共感し、主体的にのめり込んでくれる人しか入れないことを徹底した結果です。ビジョンへの共感がないと、先週のアイデアを今週否定するような状況について来られません。

もしも友人に適した人材がいなくとも、特定のスキルを持つ人たちが集まるプラットフォームを活用したり、新規事業のコミュニティに顔を出したり、今の時代出会う方法はいくらでもあると思います。

—BTC人材と組む必要性を具体的に教えてください。

新規事業というのは新しい価値を創り、顧客に有用な形にして持続的に届けることです。それを満たすには、BTC人材が揃わないと実現できません。

また、AIやブロックチェーンの活用など時代とともに求められる事業が複雑化しています。1人の天才ですべてをカバーできなくなってきたからこそBTCが集まり、補完的に動かなくてはいけません。

ただし、ピラミッド型組織は縦割り構造でBTCが分断されるため要注意です。できれば最短距離で進めるように、サービスデザインまでは5人以下のチームで、100%のコミットが理想です。

—異能のメンバーたちとどうわかり合い、能力を活かし合えばいいのでしょうか。

まずはわかり合えない前提に立たなくてはいけません。たとえばBiz人材は、すぐに意思決定できるよう要点をまとめる傾向があります。一方でTechとCreativeの人は具体がないと、要点だけでは判断しにくく「なぜ、稟議を通すだけに思考しているのだろう」と考えてしまいます。しかし稟議を通さないことには、予算はつきません。お互いのミッションを理解し合わないとチームは断絶します。違う脳だからこそ無知の知をくれるという、リベラルアーツの考え方が求められます。

そしてゴールは必ず一致させることです。顧客価値をゴールに置き、そこだけは徹底して共有する。チーム内の共通言語と目標を定めることが大事です。

それでもチームがうまくいかない場合、私は半年で解散した方がいいと考えています。半年は目安ですが、最初に撤退条件をあらかじめ決めます。進行中の事業から撤退しないと、次の事業には取りかかれないからです。
また、フェーズによってBTCの関わり方は変わるので、誰が意思決定を持つかはフェーズごとに決めておかなくてはいけません。企業によっては意思決定者が別にいる場合もあるので、経営会議から逆算してマイルストーンを設定するなどの工夫も必要です。

「確信」と「確証」の両輪によって成功確度が上がる

—どのようなやり方で行うのか、「方法論」について教えてください。

大事なことは「デザイン(考えること)」と「プロトタイピング(試作)」の行き来を繰り返すこと、もう一つは、プロトタイピングを重ねて、作ったという経験に対してフィードバックをし、どう考えるべきかを体系化するということです。例え話ですが、今私が高校生に戻ったら、東大に入れると思っています。なぜなら過去に受験を経験したので、合格基準に向けて何をすべきか逆算できるからです。新規事業も同様で、何度が作ってゴールを知っている人は、逆算をしていけば、最小のスピードでゴールまで最短距離を走れるのではと思っています。
実際にやってみたところ、右脳的な「確信」と左脳的な「確証」の両輪によって成功確率が上がるという、新規事業の成立条件がわかりました(便宜上、右脳左脳と表現します)。「確信」とは、「確かにそれは欲しがられるに違いない」という直感で、成功を見出せる状態です。たとえば、直感力の強い経営者がいると「先週伝えた仮説、なぜ今週試さないんだ」のような、スピーディーな状況が普通になります。ただし右脳だけで走る会社は、n=1は見えてもマスマーケットに広げられないケースがよくあります。

一方、左脳の「確証」だけで判断する会社は、意思決定が主に合議制です。市場性や競合優位性、収益性も当然大事です。しかしロジックとして正しくても、出来上がったサービスを誰も欲しいと思わない、直感的にしっくりこない状況が起きます。そのため、右脳左脳どちらかに偏らないバランスが大事です。

—具体的に、どのように進めればいいのでしょうか?

右脳的な「確信」と左脳的な「確証」を分解し、その構成要素をまとめたVALUE DESIGN SYNTAXというフレームワークを開発しました。コンセプトや戦略をストーリーで語れることが大事だと考えており、構文にしているため、ガイドに沿って埋めるだけで足りない要素が可視化できます。オープンソースにしているので、ぜひ埋めてみてください。

たとえばサービスコンセプトでは、Bの人は「マクロ」の項目を埋めるのが上手く、「ミクロ」を埋めるのはCの人が強いなど、得意な項目が分かれます。「確証」を得るにはBが「その規模なら事業になりそう」と意思決定者に思わせる書き方をする。また、Cは「確信」を得るために、こそあど言葉で語れる人(n=1)を設定して「あるある」と言わせる。そうやってBとCが補完的に動いてサービスコンセプトを詰めていきます。

次に、競合優位性をどうつくるか。選ばれる理由(フック)、選ばれ続ける理由(ロック)がそれぞれ必要です。何をもって勝つかが大事で、ビジネスモデルなのか、UI/UXが優れているのか、このサービスでしか使えない機能があるのかなど、BTCのどこを使って勝つかを見分ける必要があり、これが戦略につながります。

たとえば「クリエイティブで勝つ」と決めた場合、UI/UXに強いデザイナー採用して内製化するなど、戦略や組織の話に連動してきます。何をもって勝つか、勝ち続けるかも、知的資産、無形資産の何が残るかを議論した上での設計が大事になります。

最初は必ず、BとCの人が連動してください。Bizは机上の空論を言い、Creativeの人は木を見て森を見ずな発言をするかもしれませんが、どちらも正しいです。ミクロとマクロを補完しあった先に、サービスのコアができるはずです。そして立てた仮説を、ユーザーインタビューなどを繰り返して検証し、確度と精度を上げていかなくてはいけないと考えています。

VALUE DESIGN SYNTAXを埋めていくうちに、バランスが偏る項目が出てくると思います。明らかにミクロが弱い場合はCの人、マクロが弱いとBの人など、足りないピースを補完します。これが、新規事業の肝です。掛け算すべき異能の特定が大事です。

0→1、1→10、10→100フェーズごとに切り分けて考える

—新規事業を推進するなかで、Biz人材がつまずくポイントと乗り越え方を教えてください。

私自身Biz人材ですが、たくさんつまずいてきました。まず大事なのは、次のように0→1、1→10、そして10→100とフェーズごとに切り分けて考えることです。

意思決定者の多くがBだと思いますが、顧客の最小価値が見え、MVP(Minimum Viable Product)ができた段階を、新規事業の0→1だと捉えています。しかし、経営者側からすると10の世界が描けないと大きな投資判断ができません。
「ここに10億入れたら100億返ってくる」のような方程式が見えないと、大きな意思決定ができないのです。そのため、0→1、1→10のフェーズを分けて社内で通すことがBの責務になります。

また、既存事業が伸びている大企業は10→100の方程式がある程度描けるため、「確実性を上げる」という観点で新規事業の意思決定を行います。しかし、新規事業はどれだけ「不確実性を下げる」かが勝負なので、Bがそのように導く必要があります。

フェーズごとのチェックポイントは、次の6つです。

<プロジェクト初期フェーズのチェックポイント>
1. 仮説構築⇄検証を数回行き来する前提でWBS(Work Breakdown Structure: 作業分解構成図)を組む 
2. BTCを集め、5分間でクイックに論点を出し合う
3. Tech人材を初期から参加させる

新規事業は必ず揺り戻しや仮説が間違っていることがあるので、仮説構築⇄検証を数回行き来する前提でWBSを作成してください。ただし、仮説構築⇄検証を無限にした瞬間、プロジェクトにはなりませんので、有限にすることが大事です。また最初の時点で、信頼できるBTC全員でイシューを確認してください。Tは仮説を机上で考えるのではなく、まず手を動かしてくれるのでスピードが早まります。

<サービスデザインフェーズ>
1. ユーザー受容性の検証は、Biz人材とCreative人材で行う
2. 一次情報に全員が触れて、ソリューションを考える
3. 全議事録をステップバックできるようにアーカイブする

インタビュー調査などは録画してRAWデータに残し、すべての情報をBTCの全員が触れてください。皆避けがちですが、絶対にやってほしいですね。

—アイディエーションでつまずく人も少なくありません。井上さんが「できる」「やりたい」と思うのはどんな時でしょうか。

たとえば、JINS MEMEは東北大学の川島隆太教授と研究を行いましたが、最初の発案理由は認知症の研究です。川島先生は認知症の研究医として「目の動きと姿勢の見える化によって、認知症の早期診断につながる」という仮説をお持ちでした。ちょうど私の母方の祖父母が認知症で苦しんでいる時で、この研究に携わることがライフワークにもなると思いました。

言語化していくと、新規事業の意味は読み解ける時がきます。大事なのは言語化することで、最初のテーマはなんでもいいのではないでしょうか。だけど自分ごと化できるストーリーは、見つけていかなくてはいけないと思います。

—井上さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。