#経営企画 2024/7/23更新

サステナビリティ経営ではストーリーを追及せよ

サステナビリティ経営ではストーリーを追及せよ サステナビリティ経営ではストーリーを追及せよ

気候変動や人権問題などの地球規模の課題に呼応して、サステナビリティの考え方を企業活動と融合させた「サステナビリティ経営」を、ビジネスの成長と競争力の源泉とする考えが広まってきています。

2022年8月には「伊藤レポート3.0(SX/サステナビリティ・トランスフォーメーション版伊藤レポート)」が政府主導で取りまとめられ、社会のサステナビリティ(社会課題への対応などによる持続可能性の向上)と企業のサステナビリティ(成長原資を生み出す力の向上と更なる価値創出)を同期化させるための経営および事業変革が、日本企業に求められるとして共有されたところです。

サステナビリティ経営を目指す企業は、理念やビジョンからの戦略策定、そして実践までの経緯を、一貫したストーリーとして社内・社外に発信することが大切です。

この記事では、経営者や経営企画担当者、サステナビリティ推進担当者に向けて、サステナビリティ経営を志すにあたって役立つヒントを質疑応答形式で記載しています。

Speaker

松沢優希

松沢優希

環境・サステナビリティ領域のコンサルタント。 環境ソリューション企業にて、新規環境ビジネスの開発やリサイクル工場の管理等を経験したのち、日系コンサルティングファームへ。 国内外の環境関連制度の検討に資する調査業務、民間企業の環境戦略の策定支援や新規環境ビジネス開発に向けた調査検討・実証支援等、40以上のプロジェクトに従事。 2023年1月より外資系テクノロジー企業のコンサルティング部門にて、より実行・実装に近い領域でサステナビリティ関連の支援を行う。2019年12月よりNewsPicksプロピッカーとして環境関連ニュースにコメント。専門家プラットフォームNewsPicks Expertにて、エキスパートアワード2021(ベストインタビュー賞)および2022(プロピッカー賞)を連続受賞。 ※当ページの発信内容はすべて個人の意見です。

Q1 .自社が取り組む“優先課題”はどう特定すればよい?

サステナビリティに関連する課題というと、気候変動やサーキュラー・エコノミー、生物多様性などの環境的なものや、人権やソーシャル・インクルージョンといった社会的なものなど、多岐に渡ります。このような中から、自社が解決すべきサステナビリティ課題をどのように特定するのか。つまりはやるべきことの特定とやらないことの決断はどのようにすればよいのか、と問われることがあります。

同業他社を意識しすぎず、経営理念から戦略までを再定義する

一般的な経営戦略の階層(ヒエラルキー)は、次のように表現されます。

最上位には企業の経営に対する普遍的な信念や価値観を示す「経営理念」、次に企業の目的としての未来の姿を示す「経営ビジョン」、その下に経営ビジョンで示されたあるべき姿と実際の姿のギャップを埋めるための、「全社戦略」、「事業戦略」、「実行計画」が続きます。

これまでサステナビリティは一過性のトレンドとして捉えられていたため、上記のような経営戦略の階層に相互に関連しないまま、検討が進められてきました。

やり方としては、同業他社を基準に最小限の行動を取ることが一般的でした。私がコンサルタントとして、企業から調査を依頼される際にも、以前は「同業他社がどこまでやっているか調べてくれ」といった要望が多かったものです。まずは同業他社をみて、足並みを揃える(または少しだけ上をいく)という前提があったのです。

しかしながら、同業他社の様子を伺いながらでは、大きな変革を伴うイノベーションが起こりにくくなります。私たちが抱えている社会課題の多くが取り残されてきたのは、これまでのソリューションでは経済的合理性が見出せなかったからだという側面もあり、課題解決と利益を同時に実現することは、本来チャレンジを伴います。

だからこそ短期的な改善ではなく、変革をもたらすイノベーションが求められているのですが、このためには中長期的な企業戦略として、グローバルな外部環境を捉えたうえでどのように貢献すべきかを検討する、同業他社を意識しすぎないアプローチが必要となります。

ときには、経営理念や経営ビジョンすらも、再定義したほうがよい場合もあります。

日本企業が従来から保有している「経営理念(社是、社訓などを含む)」は、創業者や経営者が示す、企業経営における基本的な考え方・価値観です。これらの中には、形骸化したり時代の変化と一致しなくなったりして、伝承・浸透させることが困難になってきているものも存在します。

一方で、サステナビリティがメガトレンドとして台頭した現代では、企業がどのように持続可能性と価値の最大化を両立するかを真剣に検討し、変革するために社内・社外的にメッセージを伝える必要があります。そこで、経営理念を時代にあわせて再定義したり、存在意義(パーパス)として明文化したりしてメッセージとして磨き上げるとともに、ビジョンや戦略、ビジネスモデルとリンクさせ、前面に打ち出すことが必要となる場合もあるのです。

たとえば、ESG(環境・社会・企業統治)の先進企業として評価されている花王グループの企業理念である「花王ウェイ」は、伝統的な社是社訓から、時代を経ても価値観がわかりやすいように刷新されてきました。

たとえば、2019年4月にはSDGs(持続可能な開発目標)の達成を目指した改定が、2021年7月にはパンデミックやESGの潮流を踏まえた改定が行われました。

さらには、同社のパーパスである「豊かな共生社会の実現」や、2020年12月に発表された経営戦略と中期経営計画である「K25 Vision」に示されている「未来のいのちを守る」といった内容も、持続可能な社会とその実現に欠かせない自社を意識したものになっています。

出所:花王Webサイト「花王のパーパスと価値創造

このように、企業の根幹を担う経営理念やビジョンを含めた経営戦略の階層すべてをサステナビリティの観点から再定義することで、自社の活動の方向性が明らかになります。以前の日本企業によくあったような付け焼刃的なサステナビリティ対応をよしとしない、サステナビリティ経営への本気度を示すことに繋がるのです。

マテリアリティの特定も、ストーリーで考える

企業にとって、すべての社会課題が等しく重要とはいえないかもしれません。よって様々な社会課題の中でも、特に自社としてコミットする課題を、重要課題(マテリアリティ)として明確にすることが求められます。

自社がどの課題に率先して取り組んだらよいのかがわからない場合、「(前項で示したように、外部環境を捉えて柔軟に形を変えた)企業理念が、自社が特定した重要課題(仮説)と整合し、戦略策定から実行フェーズも、筋道の通った説得力のあるストーリーとして描けそうか」を意識してください。

KPMGの「日本におけるサステナビリティ報告2020」によると、日経平均株価の構成銘柄225社(2021年2月時点)のうち、重要課題を開示する事業者は年々増加しており、2020年には89%の企業で開示があったといいます。

しかしながら、重要課題の決定プロセスに関しては、説明を行っていない企業が、全体の24%でした。本報告は一部の企業のみを調査対象としたものですが、重要課題を設定するに至った経緯の説明がない企業は、実際にはもっと多い感覚です。

重要なのは、経営者が事業環境や社会の変化をどのように捉え、重要課題を抽出するに至ったのかを理由とともに示すことです。経営理念や経営ビジョンとの整合性を意識したうえで重要課題の特定を行うと、説得力のあるストーリーが描かれ、差別化に繋がります。

そして絞り込んだ重要課題を踏まえて、どのように対応をすることによって、中長期的な企業価値の向上に繋げようとしているかを、全社戦略、事業ポートフォリオ、事業戦略に落とし込んで示します。事業活動は定期的にモニタリングを行い、これからの戦略や次年度計画に反映するPDCAサイクルをまわしていきます。

サステナビリティ経営では、重要課題が経営理念や経営ビジョンと戦略を繋ぎ合わせる役割を果たします。経営理念や経営ビジョン、重要課題、戦略は、ストーリーとして美しく整合しているか、今一度確認をしましょう。

Q2.現場の理解を得て、全社を巻き込むためにはどうしたらよい?

いよいよ、サステナビリティ経営における、実行の段階に入ります。

全社の戦略を具体的な活動に結び付ける段階では、マネジメント層と従業員の理解を得て、行動に繋げていかなければなりません。しかしながら、現場の理解を得るのは容易ではないという課題があります。ここでもストーリーを意識して、戦略的に人を牽引することが大切です。

サステナビリティ経営を現場レベルから成功させる変革のステップとして、以下の①~⑨を示しました。

(注)ジョン・コッターの変革の8段階のプロセスを参考に筆者がアレンジ

まず、①課題意識の徹底として、対応すべき社会課題が極めて重大であることを示し、認識を共有します。多くの企業が研修などで社会課題の重大さを従業員に周知しますが、それだけで終わってしまいます。これでは、変革のほんの序章で諦めたことになってしまいます。

次のステップとして②変革推進チームを築くことが必要です。組織の中で、サステナビリティを起点に事業を変革する推進チームをつくります。

次に、経営理念、経営ビジョン、重要課題、全社戦略などを踏まえて、より現場に近いサステナビリティ志向のビジョンを策定し、実現のための戦略をたて、これを組織内に伝達するという、➂ビジョンの共有の段階に進みます。

現場の課題とマッチしている社会課題から着手

特に重点的に解説したいのは、④現場レベルの取り組みを、⑤小さな成功に導き、これに対して、⑥報酬を与えるとともに外部発信をするというステップです。

変革の初期段階での④現場レベルの取り組みにおいては、一足飛びに「真新しい社会課題解決型ビジネス」や「抜本的なイノベーション」を創出する必要はありません。代わりに、現場レベルの自社課題から取り組みをはじめることを提案します。

持続可能な未来を志向する社会では、石油依存からの脱却、様々なロスや廃棄物の撲滅、徹底的な効率化など、汚染や現場の無駄をいかに減らすかが重要となります。これらは現場の課題解決やオペレーションの向上にもリンクしており、改善に取り組めば生産性や収益性の向上に繋げることが可能です。

たとえば、私はメーカーの工場排出物の管理向上の取り組みに、コンサルタントとして関わってきました。排出状況の分析、分別方法や輸送方法の改善、リサイクル会社の選定などにより、リサイクル率を上げるとともに、年間で約15%の工場廃棄物処理費の削減効果を得ることもありました。

この取り組みは、ごみ問題の改善とサーキュラー・エコノミーの実現へのアプローチとなるわけですが、企業の廃棄物処分や運搬に関連する労力やエネルギー、コストの低減にも繋がります。

このような現場の課題解決に役立つ取り組みが成功すれば、「サステナビリティへの取り組みは、コストがかかって自社へのメリットがない」「環境と経済はトレード・オフだ」という固定観念も払拭でき、協力的な雰囲気を醸成できるかもしれません。

この取り組みはひとつの例に過ぎず、重要課題への対応としては他にも様々な戦い方がありますが、まずは現場の負荷低減に役立つような取り組みから始め、社会的な課題への対応と企業価値向上の同時実現という一石二鳥を狙ってみることは、魅力的なストーリーとなり得ます。

報酬だけでなく、外部発信が重要

上記のように現場レベルの取り組みからはじめて、⑤小さな成功 を得た後は、⑥報酬を与えるとともに外部発信を行います。

近年はESGへの取り組みを役員報酬に連動させる企業が増えており、中には役員だけでなく社員の賞与などにも反映する企業が出てきています。しかし、金銭的報酬だけでなく、上層部がしっかりと成功を称賛することや、表彰することでも報酬の効果は発揮されます。さらには外部発信を残すことも報酬になり得ます。

どんなに小さな成功でも、外部発信でアピールすることは、様々なメリットがあります。

投資家をはじめとしたステークホルダーからの評価に繋がりますし、中央政府や地方自治体から注目されてベストプラクティスとして世間に共有されるきっかけとなることもあり得ます。他社を刺激し、業界全体のレベル向上を先導することになるかもしれません。

しかしそれだけでなく、外部発信は社内にも大きな効力があります。具体的には、成果の定着や、成功体験をもう一度得たいという意欲、スケールアップへの意欲の醸成に繋がるのです。

私は2019年12月よりソーシャル経済メディア「NewsPicks」のプロピッカーとして、毎日のように注目の環境・サステナビリティ関連ニュースをピックアップするとともに、専門家の見地からコメントするという活動を継続させていただいています。

日々ニュースを追いかけていると、様々なサステナビリティへの取り組みがプレスリリースされていますが、よくよく見るとCO2削減量が企業規模に比べてそれほど大きくないケースなど、社会的インパクトが限定的な取り組みも見受けられます。それでも対外への発信によって、取り組みが人々の目にとまり、評価の声が集まっています。外部の評価は、今後の意欲に繋がります。

発信の最後には、大抵「当社は本取り組みにより、省エネ型ライフスタイルの一層の定着を進め、2050年のカーボンニュートラル社会の実現に貢献してまいります」というような宣言が追加されます。これは自社へのメッセージでもあるのです。

このように、外部発信で成功体験を社内・社外に周知するとともに、コミットメントを示すことは、次のステップに進むために重要なことです。

続いて ⑦さらなる変革として、局所的であった取り組みは全社に、小規模であったものは大規模に展開します。

成功した社内での取り組みを元に、社外向けの新しいビジネスをつくることも考えられるかもしれません。これは自社の取り組みの認知度を高めるとともに、新たな収益源を確保することにも繋がります。

続いて、変革を継続的に展開し、徐々に拡大していくと、サステナビリティを基盤としたビジネスの考え方が当たり前のものとして企業の価値観や行動規範として浸透し、⑧企業文化に定着するでしょう。そして最終的には変革をもたらす⑨大きなイノベーションが生み出されることが期待されます。

これまでに示した通り、全社を巻き込んだサステナビリティ経営の実践は、一朝一夕で成り立つものではありません。小さな成功体験から大きな変革に繋げる、戦略的なストーリーを描いていきましょう。

Q3.開示・報告しにくいことは、どのように表現すればよい?

サステナビリティへの取り組みを評価し報告するにあたって、まだまだ取り組み途中で自信をもって開示・報告できる段階にない場合や、取り組み結果を定量的な形でうまく表現できない場合にはどのように対応すべきか、という疑問がしばしば出てきます。

私の考えでは、企業のサステナビリティ情報開示・報告は、「必要な情報のみを伝える」という従来の習わしから変化してきており、完全でない部分も含めて可能な限り、現状と分析結果を示すとよいと思います。

進捗状況を正直にわかりやすく伝える

サステナビリティ経営の状況を開示・報告する際には、目標と現在の状況を可能な限りわかりやすく伝えることが重要です。

つまりは、財務・非財務のKPI(重要業績評価指標)を持ち、それに向けた行動計画を示し、実績を結果だけでなく途中経過を含めて示すことです。

取り組みの途中段階であっても、進捗をオープンに伝えることが求められます。隠蔽された情報は、逆に受け取る側に不信感を抱かせてしまうリスクがあるためです。

特に、サステナビリティに取り組む企業が、情報を開示・報告する対象として重要なのは投資家です。投資家は情報が不十分な場合にはリスクを感じ、期待利回りを高く設定する傾向があります。

その結果、資金調達に伴うコストが上昇してしまうなど、企業活動にも不利益が生じる可能性があります。持続可能なビジネスを築くためには、取り組みの進捗を丁寧に開示し、ステークホルダーを安心させることが重要です。もし、現時点で完璧ではない部分があるとしても、正直に課題として認め、改善に向けたアクションプランを公表しましょう。

日本企業の統合報告書やサステナビリティ・レポートを分析すると、目標と実績の表現方法には次のようなレベルがあります。

日本企業の多くはレベル1から3にとどまっており、レベル4の企業はまれに存在しますが、レベル5の企業はほとんど見受けられません。

レベル5の企業は、グローバル企業としてはユニリーバが有名です。サステナビリティ活動の進捗状況を示す「Unilever Sustainable Living Plan」では、SDGsに関連付けられた目標と、それぞれの定量的な達成状況が表現され、未達の場合もなぜそうなったのか、今後の見通しはどうなのか、といったことが記載されています。

出所:Unilever Sustainable Living Plan 2010 to 2020 Summary of 10 years’ progress, Unilever
1枚目は概要、2枚目は詳細の一部。赤丸の部分が未達事項で、丁寧に説明されている

国内企業としては、住友林業グループの中期経営計画が参考になります。重要課題ひとつひとつに対して、目標達成状況を記号で示し、未達部分の要因などを示しています。

出所:住友林業株式会社「住友林業グループ中期経営計画サステナビリティ編2024

このように、目標に対する実績と、うまくいっていない部分、その理由と今後のアクションが十分に示されており、経営戦略から一貫したストーリーになっている開示・報告の表現は、ステークホルダーの信頼を得ることに繋がります。

非財務情報の定量化にチャレンジする

サステナビリティへの取り組みの中には、財務情報に結び付けて数値化することが難しく、うまく企業価値に織り込みにくい部分もあります。

これに対して一部の企業は、ESG(環境・社会・ガバナンス)と財務情報との関連性を解明し、企業価値への影響を示す取り組みを始めています。エーザイ、日立、KDDI、丸井グループなど、以下の表に示す企業はその一例です。現在は様々なアプローチで試行錯誤が行われており、発展途上ではあります。しかし、意識の高い情報の受け取り手は、こういった取り組みに関心を寄せるようになってきています。

ESGへの取り組みが企業価値に正の影響をもたらすことが示されれば、サステナビリティ経営戦略によって企業価値向上と社会課題解決が同時実現するであろうことを、より確信をもって語ることが可能となるでしょう。

今後もこの領域の発展に向けて、さらなる挑戦が期待されます。自社のサステナビリティ経営ストーリーをよりリアルに示すひとつの方法として、このような新しい定量化の取り組みへの挑戦も検討の価値があるかもしれません。

【ご参考資料】

スピーダは、経営企画業務において必要な様々なリサーチをワンストップで実現できる経済情報プラットフォームです。たとえば、今回取り上げたテーマ「サステナビリティ経営」について調べる場合、全上場企業のサステナビリティに関する開示事例を瞬時に検索可能です

①  本コラムで「サステナビリティ経営」を推進するための全体像をつかむ
②「スピーダ」でより効率的な情報収集・分析をおこない、アクションプランに落とし込む

この①と②のプロセスを、自社の戦略策定に役立てていただけますと幸いです。
ご興味をお持ちいただけましたら、ぜひ資料をDLのうえご参考になさってください。