#経営企画 2024/7/23更新

市場規模が見当たらない……その時どうする?

市場規模が見当たらない……その時どうする? 市場規模が見当たらない……その時どうする?

アナリスト解説シリーズ」は、経済情報プラットフォーム「スピーダ」で配信しているオリジナルレポートを一部抜粋・要約したお役立ちコンテンツです。

アナリストの視点で「いま注目の業界トピック」や「ビジネスリサーチの基本」を解説。コンテンツを通して、自社の調査・分析業務に活かせる「ナレッジ」が得られるようになっています。

短い時間でもわかりやすく、ポイントを絞った構成にしているので、通勤・移動の合間やスキマ時間にぜひご愛読ください。

はじめに

市場調査は新規事業開発や顧客課題の分析、投資判断などさまざまな場面で必要になります。しかし、ニッチ領域になるほど、市場規模をはじめ、思うような情報が集まらず、苦労した経験のある方も多いのではないでしょうか?

しかし、新規事業開発や顧客課題の分析という目的に照らせば、市場規模は必須でない場合もあります。効率的に作業をおこなうには、検討のフェーズや必要なアウトプットに応じて、情報収集の精度を変えることが重要です。

本コラムでは、どのような場面で、どのような情報を収集し、判断材料にすべきかを紹介します。

調査に必要な精度は、フェーズにより異なる

市場規模を含めた市場調査をおこなうケースとしては、新規事業やスタートアップ投資、M&Aなどが挙げられます。

たとえば、新規事業開発。

Step 0(最も初期のアイディア出しの段階)では、最低限の項目を簡易的に調査します。

Step1では、統計やニュース、簡易的な試算などを使いながら、外部環境や市場の有望性などを整理します。

Step2では、実際に企画書を作成する段階になり、経営陣や評価者を納得させる事業戦略とその根拠が求められます。

Step3では、事業化決定後、詳細な事業計画を作成する段階で、この段階になると有料レポートやコンサルティングサービスの活用が必要になる場合があります。逆にいうと、Step3以前の段階ではそこまで厳密性を追求する必要がないことも多く、公開情報での対応も可能となります。

下記のフェーズと調査項目はあくまでも一例です。投資規模やリスクが低い場合は、より手前のフェーズの水準でよいとされることもあります。

フェーズ別調査項目

以下では、SPEEDAや公開情報で対応可能なStep0〜Step2について、調査項目や調査方針を紹介していきます。新規事業を想定していますが、基本的な方針はその他の場合でも同様となります。

Step0:最低限の項目をスピーディに調査

Step0はアイディア出しの段階です。細かい事項の厳密性よりも、大枠を短時間で把握することが重要です。アイディアは検討とともに修正を重ねていくため、ここで細部を調査しても無駄になりかねません。

既存統計のうち、基本的に計算不要で得られる範囲で周辺情報を概観し、仮説に反する事実が出てこないかを確認。傾向に大きな差がないと考えられる場合は、粒度の粗い統計でもよいので手間をかけないことが重要です。

また収集ニーズや変化を示す事柄は数値化できなくてもよく、ニュースやトレンドレポートなどの定性情報で十分です。これらの情報は類似業界であれば共通する場合も多く、まずは経済情報プラットフォーム「スピーダ」で類似業界を探してみることも時短方法の1つとなります。

この段階で、ターゲットの母数がかなり小さい、急激な縮小傾向がある、お金を払うほどのニーズがあるか疑わしい、といった状況が出てきたら、相対的に実現難易度の高い事業として、この時点で案を落とすという選択肢もあります。

Step0の調査項目例

Step1:要所を深堀り

Step1では、限られた時間の中で要所となる部分を深堀りしつつ、事業の解像度を上げていきます。

合致する市場規模が見当たらない場合は、ターゲットとなるセグメントになるべく近い粒度に統計を落とし込み、想定単価を乗じるなどの方法で市場規模を試算します。

ただし重要なのは、TAMが10億円か100億円かといった桁感をつかむことであり、まだ厳密性を問う段階ではありません。

成長性も重要な要素で、普及拡大によるオーガニックな成長率のほか、技術革新や規制緩和で一気に拡大する可能性がある場合は考慮する必要があります。

こうした調査結果をもとに、事業の目指す規模、いま投資する理由、誰に何の価値を提供するのか、他社との差別化戦略など、企画を磨いていきましょう。

Step1の調査項目例

Step2:全体の合理性を追求

Step2は企画書の作成段階であり、事業の成功ストーリーとその合理的裏付けが求められます。

市場規模(TAM)では、ターゲット像をさらに明確化し、当該事業がリーチしうるマーケットや顧客単価を精査。ターゲットセグメントが異なる場合には別の商品/サービスが必要なことが多く、リスクと可能性を適正に把握するには段階別に数字を出すことも重要です。

成長性については、既存条件下でのオーガニックな成長(普及)見込みに加え、ターゲット母数の増加や技術革新による非連続的な成長といった振れ幅の大きい変数を押さえておくとより説得的な資料となります。また競合の成長戦略を踏まえた自社の戦略構築も不可欠な要素です。

Step2において求められる精度は、企業や事案によって異なりますが、顧客ニーズの強さや価格水準、ターゲットのうちどの程度の顧客をカバーできるのかといった詳細が必要な場合は、公開情報にないため自主調査が必要になります。

自主調査には、toC事業の場合は消費者アンケート調査、toB事業の場合は既存顧客へのヒアリングのほか、エキスパートリサーチなどがあります。

Step2の調査項目例

Step3:実現可能性を精査

Step3は、実際にどのように事業を展開していくかを検討する段階です。

調達・生産・販売などの事業の詳細のほか、資金調達方法、いつ何にどれくらい投資するのかといった投資計画、売上や費用・利益の見通しなどが含まれます。

これらの計画は、着手前に実現可能性を精査する側面もあり、詳細を詰めるためには知見を持つ業界関係者からの情報収集は欠かせません。自主調査のほか、場合によってはコンサルティングサービスを活用することもあります。

ここまで市場調査の大きな流れを解説しましたが、以下では具体的テーマ「①製造業の部品調達マッチング市場(金属加工)」「②単身女性向けミールキット市場」を例にStep0〜Step2における調査方法を紹介します。

テーマ①製造業の部品調達マッチング市場(金属加工)

1つ目は製造業の部品調達マッチングサービスである。発注者が板金加工などの金属加工をプラットフォーム上で発注すると、見積もりと最適な事業者選定が自動で行われ、発注者・受注者ともに新規の取引先が効率的に開拓できるものだ。

Step0では、機械器具製造業の出荷額から、需要者(発注者)の状況を確認します。これが大幅に減少している場合は要注意ですが、直近でも約60兆円の規模があり、2018年までは増加傾向にあったため、この段階では問題ないといえるでしょう。

この市場に変化を与える要因としては、DX化やサプライチェーン見直しの流れが挙げられます。リスク低減のため、調達する取引先の分散化や国内回帰を含めた地域の分散化を検討する企業が増えています。

また同市場でサービスを展開する企業として、ミスミやキャディなどが含まれることがわかりました。

調査項目と結果(例)

Step1では、統計などを基に市場規模の試算をおこなうとともに、関連情報の精査をおこないます。市場や顧客の解像度を上げることで、あるべき事業像を検討することが最大の目的です。

なお、ここでは市場規模の試算方法について簡易的な記載にとどめており、詳細は「【3分解説】明日からできる、市場規模を見積もる方法」を参照してください。

本来のターゲットは、発注者である機械器具メーカーの金属部品調達額となりますが、統計からは把握が難しいため、金属加工業界の出荷額からみると、2兆円規模となります。

商工中金によると、中小機械・金属工業のうち多品種少量生産を基本する企業が7割に上るため、これを乗じるとTAM(獲得可能な最大市場規模)は1.4兆円程度となります。

これは金属加工の場合ですが、部品調達全体に範囲を広げた場合、20兆円という試算結果になります。

今後市場が拡大する要素としては、サプライチェーン見直しによる生産の国内回帰があり、内閣府の調査によると、海外現地生産比率を今後5年間で減少させると回答した企業の割合は年々上昇し、2022年では10%超となりました。

国内回帰する量自体はそれほど大きくないものの、新たな調達先を探す必要があるため、マッチングサービスの顧客獲得の点では、有望な領域と考えられます。

市場やニーズの詳細を追うと、事業モデルで検討すべき要素も見えてきます。当該サービスは、設計と発注を繰り返す試作品や受注生産型製品において利用が進んでいるものの、それだけでは潜在市場の大部分が顕在化せずに終わってしまう可能性があります。

逆に中規模程度の量産製品や、金属加工以外を含む部品調達全体を対象にした場合、TAMは大きく拡大します。ニュースで参入企業の動向をみると、キャディが事業領域を拡大していることがわかりますが、そうした観点を考慮したものと考えられます。

調査項目と結果(例)

【ポイント】
・部品調達マッチング市場(金属加工)の簡易TAMは1.4兆円
・サプライチェーン見直しにより生産の国内回帰が進むとプラスの可能性
・試作品対応だけの場合簡易TAMより市場は小さくなる一方、
金属加工以外も含む機械メーカーの調達業務全般を対象とするとTAMは10倍以上

Step2では、基本的に使用可能な情報はStep1と同じです。サービス案をブラッシュアップすることで、適切なターゲットセグメントを設定するなど、企画書に向けて揃えるべき情報の精度を上げていきます。

しかしたとえば、需要者(発注者)の発注のうちどこまでカバーできる可能性があるのか(獲得可能なシェア)といった情報は公開されていません。サービスがカバーしうる割合はTAMの規模を大きく変動する要素になるため、有識者や現場の意見をヒアリングすることで精度を上げることも有効な手段です。

テーマ②単身女性向けミールキット市場

次にtoC市場の事例として、単身女性向けミールキット市場の場合を紹介します。対象は20~40代の働く単身女性で、忙しいが食事には気を使いたい層を想定します。素材とレシピがセットになったものが定期的に消費者の自宅に届くサービスで、サブスクリプション形式とします。

Step0では、テーマ①と同様にターゲット層を示す統計と背景情報を見ていきます。

確認する統計としては、単身(勤労)女性世帯が増加していること、調理食品への支出が増加していることが把握できれば十分です。人口の傾向などは一般的な共通認識になっているものも多く、定性的な記事情報で問題ない場合もあります。

変化要素はさらなる女性の活躍推進・賃金上昇、ニーズは健康志向や時短ニーズと、これまでの延長線上にある事項であり、確認のため出所を書き留めておく程度でよいでしょう。

競合は専門ECのオイシックス、生協などが該当します。昔から安定的なブランドを築いてきた生協や、らでぃっしゅぼーや、大地を守る会など食品宅配の大手を統合してきたオイシックスと、どう競争していくかがポイントとなることが見えてきます。

調査項目と結果(例)

Step1、市場規模の試算では、ターゲット母数に単価を乗じて算出することが可能です。2020年の国勢調査から年齢別単身女性世帯を抽出して母数とし、家計調査における類似品への支出額を最大単価としてTAMを算出します。なお、本サービスは調理食品(弁当・惣菜類)を代替するものとして設定しているが、より広く食品全体とするとさらに市場が拡大します。

今後の変化要素として、女性の社会進出による収入増で支出可能な額(単価)が上昇する可能性が高いです。また国立社会保障・人口問題研究所の予測では2025年の20-40代の単身女性世帯は減少する見込みではありますが、晩婚化・未婚化が進行していることから減少の程度は縮小する可能性もあります。

働く女性のニーズを見ると、自炊したいが実際には時間がなかったり献立や買い物といった作業が面倒という層が一定いることが窺えます。

一方で、最大の競合であるオイシックスは低価格帯商品や超時短商品、サステナブル領域の強化など全方位での展開を進めており、どう差別化するかがキーとなります。

調査項目と結果(例)

【ポイント】
・TAMは調理食品の代替市場として2,600億円
・単身女性世帯は減少の可能性があるものの増加要因もあり。 購買力は上昇見込み
・時短調理のニーズは根強いが、オイシックスとの差別化が難点

Step2、Step3では、toC市場の場合、マーケティングや配送といった部分にも手間とコストがかかるため、何をどこまで自社で対応するのか、ビジネスモデルやコスト構造も念頭においた企画立案が重要です。たとえば、宅配ミールキットの場合、製造部分をOEMに委託するのか、配送頻度とコストの設定、それらを踏まえたキット内容(冷蔵/冷凍、価格、付加価値)の検討が必要となります。

ビジネスモデルやコスト構造は既存企業の財務状況からもみることができるが(例:オイシックス・ラ・大地)、より具体のポイントを把握したい場合は、前述のエキスパートリサーチも活用できます。

市場規模にこだわるよりも目的に応じた調査を

以上、既存統計を活用した市場調査の方法を紹介しました。市場規模を探すことに終始してしまうケースが見られますが、市場調査は市場規模の特定が目的ではなく、それを前提とした戦略立案が目的です。

とくにアイディア出しなどの初期フェーズでは、詳細を調査することはかえって視野を狭めることにもなりかねません。求められる精度は企業や事案によっても異なりますが、そのフェーズの目的を意識した調査を心がけましょう。

【ご参考資料】

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