#新規事業開発 2024/7/22更新

守屋実氏「大企業は必ず新規事業を生み出せる」

守屋実氏「大企業は必ず新規事業を生み出せる」 守屋実氏「大企業は必ず新規事業を生み出せる」

経営企画や新規事業などの領域で活躍する専門家や現場のトッププレイヤーをご紹介し、明日からのビジネスに役立つヒントをお届けするインタビュー企画。第一弾では、新規事業家の守屋実さんに「大企業×新規事業」のテーマでお話を伺いました。

Speaker

守屋 実 氏

守屋 実 氏

ミスミを経てミスミ創業者田口弘氏と新規事業開発の専門会社エムアウトを創業。複数事業の立上げと売却を実施、2010年守屋実事務所を設立。新規事業家としてラクスル、ケアプロの創業に副社長として参画。2018年、ブティックス、ラクスル、2か月連続上場。博報堂、JAXAなどのアドバイザー、内閣府有識者委員、山东省人工智能高档顧問を歴任。近著、「起業は意志が10割」(講談社)、「DXスタートアップ革命」(日本経済新聞出版)。

大企業の新規事業がうまくいかない理由

――本日は大企業における新規事業がテーマです。大企業が新規事業を立ち上げるとき、どのように仮説検証や仮説構築を進めていけばよいのか。守屋さんの実体験を交えてお話を伺いたいと思います。

はじめに大事なことをお伝えしたいのですが、僕の個人的な考えとしては、仮説構築や仮説検証における「具体的なテクニック」の話は、「枝葉」だと考えています。

そもそも大企業は「根っこの問題」を抱えているケースが多い。ここを理解しておかないと、大企業の強みは活かされず、弱みが露呈するだけで何も生めずに終わってしまう可能性が、相当高いです。

――根っこの問題とは何でしょうか?

大企業には本業があるため、新規事業が“本業の劣化版”になりがちです。新規事業は創業ですから、本来はそれ自体が本業であるべきです。

任されるメンバーも「上司にアサインされたから、新規事業という業務をやる」というスタンスだと、その時点で生命力が弱すぎる。

顧客への提供価値を考えず、上司の評価や今期の目標達成を考えて作業しているとしたら、それは根っこが腐っているのと同じです。

既得権益に守られた、唯一無二の独占的な新規事業なら話は別ですよ。だけど大抵は、その会社が初めてやるから「新規事業」と言っているだけで、その事業をやっている企業は他にもたくさんあるのが現実です。

自社の新規事業は誰かの本業なのです。

その「誰か」は、本業のために全力を尽くしている。でも、自社にとっては新規事業でしかないので、明らかに自社の本業に比して優先順位を下げている。戦後の高度成長期なら、まだ分かります。モノもサービスも、あらゆるものが需要に追いつかない状態であれば、それでも、どうにかなったかも知れません。

でもいまは、昭和は終わり、平成も終わって、令和なのです。なのに、いまだに「このやり方でいける」と思っている企業がいるのには理解に苦しみます。僕はそれに対して痛烈に批判的なんです。

仮説検証や仮説構築といった話は、この「本業と同じように自分事として全力で向き合う」という「強い意志」がないと、何の役にも立たないんです。それはもう、さんざん証明されている話なんです。

なぜそこまで言うのかというと、実は僕自身が、その間違いを犯したからです。

僕がいたミスミという会社は、機械加工製品の販売をおこなっているのですが、1990年代を中心に、飛び地の新規事業を量産しようとした時期がありました。そのときに、僕はメディカル分野に参入しようとして大失敗を犯したのです。

メディカル分野を選定した理由は、ミスミがどんな新規事業を展開すべきかの検討を依頼した外部コンサルティング会社の提案にあったからでした。

機械加工のミスミの社内新規事業なので、メディカルについて知っている人は一人もおらず、加えて飛び地の新規事業経験がある人も誰もいなかった。新規事業を起こすということについてあまりにも未熟で、知見の不足どころか、そもそも向き合う姿勢が間違っていた。

僕は、会社からやれと言われたからやったわけで、会社がイケると判断した市場だから市場性はあるだろうし、ミスミの強みである機械加工に倣って展開すればイイだけだと思っていたのです。

逆の立場になってみると、診療所で働く医師や看護師がチームを組んで、医療業界の常識で機械加工のミスミをひっくり返そうとしたという話です。

それを聞いたら僕らは間違いなく「無謀だ」と笑ったと思うんです。「機械加工の業界はそんなに甘くない」と。

でも、当時の僕らはそれと同じことをしていました。そして、その向き合う姿勢を疑いもせずに、病院向けにやって失敗、次に診療所向けにピボットしてまた失敗。

2連敗をして、そこでようやく気がついたんです。「自分たちは根本的に間違っているのかもしれない」と。

そこで考え方を180度変えて、「任命されたイチ業務」ではなく、「自分事として使命感にも似た感情」をもって臨んだら、見える景色が一新され、これまで気にすることもなくスルーしてきた事業の現場のエトセトラに、あらゆるヒントが存在していることに気づいたのです。結果、3度目の正直で動物病院向けでの再々参入で、やっと成功しました。

そのような経緯もあって、根っこの部分が間違っていたら、どんな武器を持っていても戦えないと、僕は身に染みて強く思っているのです。

本業の汚染から目を背けずに、3つの断捨離を

――大企業の新規事業がうまくいかない理由は、まず根っこの部分で新規事業への覚悟が欠けているということですね。

はい、そうです。ちなみに、もうすこし付け加えると、僕はよく「本業の汚染」という言葉を使うのですが、新規事業で成功するためには、「3つの断捨離」をする必要があるとも思っています。

大企業には、その企業を大企業にまで押し上げた優良で強靭な本業がある。その本業が強ければ強いほど、そして長年続けていればいるほど、組織のすみずみ、社員の全員が、「本業組織、本業人材」となっている。これは至極当然のことであり、だからこそ、その本業が強くあり続けることができている。

一方、その環境は、本業ではない新規事業に、本業の当たり前、本業の都合を押し付けて「本業の汚染」に遭わせてしまう。だからそうならないように、新規事業を本業から切り離すための「3つの断捨離」をしなければならない、ということです。

1つ目は「資金」の断捨離。

大企業は単年度会計で動いているので、新規事業とはそもそも時間軸が合わないんです。僕が以前、副社長を務めていたラクスルは、スタートアップの中ではそこそこの成功事例だと思いますが、上場するまでに8年かかっています。

時価総額1,000億円のユニコーン企業に成長したわけですから、僕は8年という期間が遅いとはぜんぜん思いません。ベンチャーキャピタルにおいても、10年単位で投資を考えるのは普通のことです。

でも、大企業は単年度会計なので、「1年でどうにかしろ」といった時間軸で新規事業に結果を求めてくる。

また、上半期に「何か新しいことをやってみろ」とは言うものの、下半期に全社の通期予算達成の話が出てくると、新規事業が予算調整弁になり、そもそも活動を押さえられてしまうことさえ頻出の景色です。

2つ目は「意思決定」の断捨離。

新規事業では、現場がどんどん意思決定をしていかなければならないのに、大企業にはミルフィーユのような複雑な会議体があります。

しかも、その会議体の格が上がれば上がるほど、社内向け作業の負担は大きくなり、事前の関係部署への根回しや、経理や財務への確認、経営企画室による添削など、もはや起案の前段階での実質的な承認の取り付けが必要となったりしています。

単年度会計でスピードを求めているのに、会議体で超強力なストッパーをかけてしまうのが大企業の構造なのです。

3つ目は「評価・処遇」の断捨離です。

上場していると、売上計画を10%外した時点で予算を修正して開示する必要があります。当然、それを回避するために、あらゆるリスクを潰しにいきます。結果、不確実性の塊である新規事業にも、初期の段階から計画に対する蓋然性が不要極まりないほど求められてしまうのです。

数値が計画通りにいかないどころか、そもそも新規事業は十中八九うまくいかないんです。でもそれは逆にいうと、10個やったら1個か2個はうまくいくということなのです。

だとしたら、9回転んでも大丈夫な挑戦の仕方をおこなうべきだし、そうして挑戦した人を評価することを大事にすべきなのです。

初日から上場審査のような勢いで事業計画を立てさせて、予定調和のような行動をさせて、売上と利益が予定どおりにいかないからマイナス評価、みたいなことをやってしまっている大企業が多いのが現実です。

資金、意思決定、評価・処遇。

こんな惨状で、新規事業を生みだせるはずがないのです。

――新規事業以前に、この断捨離をおこなうことがとても難しい。結果として新規事業がうまくいかないとも言えますね。

でも、それができたら大企業はめちゃくちゃ強いですよ。

たとえば、ラクスル創業時の資本金は200万円でした。何が言いたいかというと、成功する前のスタートアップでは、組織体制を組むことさえ簡単ではない、ということです。

一方、大手企業では優秀な人材がフルタイムで働いていて、毎月月末に給与が振り込まれるので精神的な安全性、安定性もある。

しかも、大企業である時点で社会における信頼残高が高く、何をするにも与信の問題とは無縁なのです。スタートアップは、そうはいきません。

他にも挙げればキリがないほど、大企業だからの優位性があるのです。

いまの日本は“失われた30年”でどうしようもない体たらくですが、日本の大企業がどんどん事業を生み出していけば間違いなく復活すると思っていて、だから、「本業の普通」ではなくて、「新規事業の普通」で、新規事業に向き合ってほしいのです。

でもおっしゃる通り、この「普通にやること」が死ぬほど難しいんですけどね。

大企業×新規事業の成功体験(JR東日本)

――大企業における新規事業で守屋さんの成功体験を教えてください。

僕がフェローを務めているJR東日本スタートアップの事例があります。

たとえば、日本で唯一実用化されている省人化無人決済店舗の「TOUCH TO GO」はどのように生まれたと思いますか?

みなさんが体感しているかわかりませんが、駅構内の売店であるキオスクは徐々に減っています。商品が売れないからではなく、働いてくれる人の確保が難しいからです。

徐々に店舗が撤退していく中、JRとしては、乗降客の便利を維持するためにも、何とか撤退に歯止めをかけたかった。

そこで僕たちが考えたのが、混んでいるお店は今までどおり、何とか人を採用する。すこし空いているお店は無人キオスクにする。すごく空いているところお店はウルトラ自販機(※冷蔵対応により、鮮度の高い商品の取り扱いが可能な自販機)にするという戦略です。

しかしながら、その戦略を実現する要素技術をJR側で開発することは難しかったので、無人キオスクとウルトラ自販機を作れる会社を、広く募集したのです。そうしたところ、スタートアップがたくさん手を挙げてくれたので、まずは大宮駅で無人キオスクの実証実験をやりました。

いくつかの改善点がわかったので、原因を解明して解決方法を考え、次に赤羽駅で実証実験をしたら、大幅に改善ができました。そして、さらなる改善を加え、満を持して高輪ゲートウェイ駅に1号店を出したんです。

キオスクの問題に解決の方向が見えてきたときに、新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、世の中の店舗は、非接触・非対面のサービス提供が求められるようになりました。

とくにコンビニエンスストアは、働き手の不足、長時間労働などの問題も抱えていたので二重に相性が良く、ファミリーマートの1,000店舗にTOUCH TO GOを導入することが決まりました。JRのキオスクの課題解決が、社会の課題解決へと広がっていった瞬間でした。

いまでは無人決済システムの企業として、さらなる躍進を遂げています。

成功のポイントとしては、解決したい明確な課題があって、解決するためのアイデアを集めて、解決の可能性を見出せたものが本当に解決できるか実証実験を繰り返しながら先へ先へと進めていった、ということです。

これは先ほどお話しした「新規事業における普通のこと」だと思うのですが、これをやっている大企業が本当にいないんですよね。

課題が具体的でなく自分事として何が何でも解決しようという想いがない。解決するためのアイデアではなくて、とにかくアイデアを集めようとする。解決の可能性ではなく、自社の会議体を通せるかの方が現実的には大事。実証実験を繰り返すことは評価されず、求められるのは一発必中、リスクの回避。

本業にとっては大事かもしれませんが、新規事業にとっては大事でないことを大事にしているのです。ただでさえ難しい新規事業の立上げを、わざわざより困難なものにしてしまっているのです。

経営者意識を持って「プロを使えるプロ」になる

――新規事業担当の方からは、「新規事業のアイデアが思いつかない」という悩みをいただくことも多いのですが、こちらの点はいかがでしょうか?

「思いつかない」という言葉を使っている時点で、ちょっと違うのではないかと思っています。

事業アイデアは、Googleで検索すればいくらでもヒットします。「事業アイデア」で検索すれば数千万件出てくるし、「ピッチ イベント 一覧」で検索しても数百万件出てきます。事業の概要、資金調達の内容、ビジネスモデルの解説や起業家本人によるピッチ動画も、事業のアイデアは、観切れないほど公開されているのです。

また、これらの溢れるほどのアイデアの海から、「どうやってアイデアを絞り磨いていくのか」の手順も、いくらでも公開されています。

なので、そういったことで悩む必要はなくて、そうではなくて「我々は本当にその課題を解決したいと思っているのか、やり切る覚悟があるのか」という自らの意志の話と、「その事業アイデアは本当に課題を解決できるか、試して試して試しまくり、考えて考えて考えまくる」という自らの行動の話に、集中すべきなのです。

ただ、こういったことを何度伝えても、それでもまだ、事業アイデアが思いつかないと「言っているだけ」の人が多いです。

これは、「わからない」のではなく、「動けない」のだと思います。

この「動けない」という病(やまい)の克服は動くことなのですが、自分一人で解決しようとすると、これまで通り解決できず、わからないと言い続けて拗らせるだけです。なので、自分一人で解決しようとせず、動けるプロを仲間として迎え入れ、一緒に行動することをおススメします。

新規事業の未経験者が、新規事業の経験者に習うことなく、独学で失敗や成功を重ねながら新規事業にプロになっていくには、時間がかかり過ぎます。世の中には、「経験者の知見」を手に入れるサービスがあるのですから、プロとともに動きながら習えばイイと思うのです。

自らがプロになるのも大事ですが、「プロを使えるプロ」になるのも大事なのです。

――JR東日本が「TOUCH TO GO」の開発でスタートアップと手を組んだのもその一例ですね。

世の中にはたくさんのプロがいますから、新規事業のプロや参入を検討している業界のプロを適時適材適所でどんどん引っ張ってくるべきです。

もし病院を作るなら、医師や看護師、薬剤師、医療事務などのプロを揃えますよね。それと同じで、新規事業を作るなら、新規事業のプロを始めとする、その事業の成長・成功に必要なプロを揃えるのが当たり前だと思うのです。

大企業は優秀な人ばかりなので、各領域のプロと一緒に働いていけば勝手に習熟します。そのような環境を作らないと学びも少ないし遅いと思います。

――不足している部分をプロに頼りつつ、自身も新規事業のプロになっていくために重要なポイントはありますか。

事業の起点である、「顧客にどのような価値を提供していきたいのか」という意志を持つことが重要です。

大企業には、発注権だけ持って外注に「丸投げ」するような人があまりにも多すぎます。外注するという手法自体の否定はしませんが、意志が不在であったり、与えられた業務という認識で自分事に出来ていなかったり、という本質が間違っている場合は、見過ごすわけにはいきません。

企業に所属している社員であることは間違いないのですが、新規事業の起案者は創業者であり、責任者は社長なのです。だから、経営者としての立ち振る舞い、経営者意識が必要なんです。

また、新規事業の承認者も同様に、その新規事業の経営者としての立ち振る舞いが必要です。

大企業でよくあるのは、何も決めずに新規事業をやることだけ決めて、「今期中にどうにかしろ」と現場のメンバーに起案させて、自分は「それは我が社らしいのか?」「本当に儲かるのか?」くらいしか言わない、という話です。

新規事業は、その会社の「未来の価値」を作る仕事です。承認者、つまりその企業における上位者であるなら、その企業の未来の価値について真剣に考え、具体的に手を打つことは当然の職責であり、新規事業の責任者は、むしろ上位者であるべきなのではないかとさえ思っています。

世の中にはいろいろな経済情報が開示されているし、SPEEDAのようにそれらを効率よく収集できるサービスもある。それらを使ってスピード感をもって検討し、自分たちがどんな未来を創りにいきたいのか、強い意志をもって一歩を踏み出してほしいです。

何度も言いますが、大企業の人はめちゃくちゃ優秀なのです。

優秀な人材、豊富な資金、圧倒的な信用、ネットワーク。スタートアップにはない強みが、ふんだんにあるのです。だから、新規事業における当たり前のことを当たり前にやれる環境さえ作れれば、絶対に成功するのです。

大企業は必ず新規事業を生み出せる。僕は、そう信じています。

――守屋さん、本日は貴重なお話をいただきありがとうございました。

本日のまとめ