#新規事業開発 2024/7/23更新

PEST分析とは? 活用シーンや実務事例をわかりやすく解説

PEST分析とは? 活用シーンや実務事例をわかりやすく解説 PEST分析とは? 活用シーンや実務事例をわかりやすく解説

いまさら聞けない用語解説シリーズ」は、ビジネスの現場で役立つ経済用語・最新トピックを紹介するコンテンツです。用語の基本的な説明をするだけでなく、執筆者の経験にもとづく見解や具体事例を盛り込むことで、より理解が深められる内容になっています。今回は、経営者・投資家・アドバイザーとして活躍している中村陽二さんが「PEST分析」について解説します。

Speaker

中村 陽二 氏

中村 陽二 氏

株式会社ストラテジーキャンパス 代表取締役。東京大学工学部、東京大学工学研究科にて半導体、ハードウェアセキュリティの研究を行う。マッキンゼー&カンパニーにて製造、IT、オイル&ガス分野の成長戦略、M&Aに携わる。株式会社サイシード創業、人材事業を買収後、代表として事業再生の後売却。売却先の企業で取締役に就任、2021年6月に東証マザーズ上場。上場企業経営に取締役として携わる。自身が代表を務めていた企業では事業開始6年で売上20億円、営業利益11億円に到達。特にデジタル関係事業に関する知見を有する。

PEST分析とは

PEST分析とは長期的な変化に関する情報を整理する際のカテゴリを政治(Politics)経済(Economy)社会(Society)技術(Technology)に区分し示したものです。

今では広く知られたフレームワークですが、その起源はマーケティングの教科書である『コトラー&ケラーのマーケティングマネジメント』(以下コトラー本)における、環境調査について触れた項目が原点となっていると考えられます。

コトラー本では「社会(Society)、経済(Economy)、政治(Politics)、技術(Technology)の大きな変化があり、それはゆっくり形成されるが、ひとたび起これば、ある程度の期間 -7〜10年、あるいはもっと長く - 影響を及ぼす」と述べられています。

このような「メガトレンドの分析を通じてどのような示唆を得るか?」ということがPEST分析の目的であり、基本的な定義として捉えておくとよいでしょう。

メガトレンドをP・E・S・Tという区分にすること自体に強い意味があるわけではなく、重要なのは7~10年の長期的な変化を自社事業とどう結びつけて考えていくのかという点です。

PEST分析とは「メガトレンドを考慮する必要がある場面において、見るべき観点のヒントをくれるフレームワーク」であると捉えましょう。

PEST分析を実務において活用するシーン

実際にPEST分析がどのようなシーンで活用されているのかを解説します。

実務でのPEST分析は、環境変化を捉える必要があり、その際に注目する観点をどうしようかという議論をする際に「この観点で見るのはどうか」というたたき台として使われていることが多いかと思います。

私はこれまで事業者として、あるいはコンサルタントとして、数百件の事業検討に携わった経験がありますが、「PEST分析をやらねばならぬ」という意識で着手することは極めて稀です。

メガトレンドを区分して記載すること自体にはそれほど意味を持ちません。実務的な示唆がある環境分析は、より論点が絞られており、一連のストーリーとなっているため「PEST」というフレームワークがそのまま使用されることはほぼないのです。

フレームワークの価値というのは1人だけで進めているとヒント程度なのですが、大人数でのコミュニケーションが必要な場面では大きな価値を発揮します。

事業の検討を進めると言っても、注目する観点は人によってさまざまです。これを完全に自由にしてしまうと、コミュニケーションは非常に非効率的になってしまい、結果として品質のばらつきも出やすくなります。

フレームワークを埋めることそのものに価値があるわけではなく、前述のような課題を解決するツールとして、フレームワークを活用しましょう。

PEST分析の観点から成長性を確認する

私自身が事業に取り組む際は、常に「長期的なトレンドに後押しされ、需要が上がり続ける事業に取り組む」ことを意識しています。

短期的な流行ではなく、長期的なトレンドに支えられているのかを確認をする際の観点としてPESTに注目すると、情報を探しやすくなります。

例として、タピオカスタンド事業について考えてみましょう。

長期的なトレンドに支えられていない(原材料価格の低減やコーヒーを代替する可能性など)ならば、短命に終わると考えることが妥当です。

このような事業に取り組む場合、最初から短期で終わることを想定しつつ参入し、機を見て速やかに撤退するという能力が必要です。実際にタピオカブームを乗りこなせた人は、参入を早期におこない、ブーム終焉の前に別業態に切り替えた方々でした。

このように、「長期的に成長するという考えで参入する」のか、「早期撤退を前提として取り組むのか」では、事業戦略がまったく異なります。

とはいえ、「タピオカスタンド事業は長期に渡って成長するのか?」という漠然とした疑問だけでは、具体的に何を調べて何を考えればよいのか分かりづらい。そこで中長期のトレンド分析であるPESTという観点が登場することになります。

「タピオカスタンド事業の成長性をPESTの観点から確認して欲しい」と指示すると、調査すべき項目がクリアになるわけです。

優先的な項目は「社会」カテゴリにあるカフェスタンドという業態に対する価値観の変化や「技術」カテゴリにある自動化、冷凍技術の発展でしょう。

「政治・規制」を考える優先度は低いと考えられますが、キャッサバや他タピオカ原料に関する関税や、原産国の政治動乱などが調査対象として挙げられます。

ちなみに「タピオカ」という検索ワードのボリュームは以下のように推移しており(Google trends)事業転換は必須であったことは言うまでもありません。

コトラー本においては、メガトレンドと短期トレンドであるファッジ(短期の流行)、トレンド(メガトレンドよりは短期の継続的トレンド)は区別されています。興味がある方は読んでみるとよいでしょう。

PEST分析から事業機会の発見・分析をする

PSET分析は、事業機会の発見や分析にも有効です。

大手企業がひしめく中、なぜ新規参入をして成長するベンチャー企業が登場するのでしょうか。その答えのひとつに、大手企業の隙である需給の差があります。

ここで「事業機会」を定義してみましょう。ここでは、事業機会とは新たな施策・事業により自社が成長を出来る可能性を意味するとします。

この事業機会が発生するのは、顧客ニーズと競合に相当する既存サービスの間に、ズレが発生してしまうからです。

具体的に、タピオカスタンド事業で例えて考えてみましょう。タピオカブームは終焉に向かい、顧客はフルーツジュースを求めているとします。しかし、タピオカスタンドを運営する企業は、すべてを捨てて、急にフルーツジュースを提供することはできません。

フルーツジューススタンドに変化するためには店舗を改装し、ブランドを変更し、フルーツの在庫管理を行い、スタッフを教育し、従来のサプライヤーを切って新たなサプライヤーを開拓しなければなりません。

このような変化を遂げる際、企業にとって最大のストレスは「タピオカが好きで入社したのに、会社の指示で突然フルーツジュースをやれと言われてもやる気になれない」と考える社員との軋轢になります。

さらに言えば、タピオカは減少傾向とはいえ目の前に日々の売上がありますが、フルーツジュースはゼロなわけです。

「自分はタピオカが好きだし、自社にはフルーツジュースのノウハウもブランドもサプライヤーもいなくて売上が上がるかどうかわからない」「なぜブームが変わりそうだからというだけでタピオカをやめなければならないのですか?」という場面が登場することは、容易に想像できます。

タピオカを自社の既存事業、フルーツジュースを新規事業に当てはめて考えてみると、どうでしょうか。似た場面に心当たりがある方もいるのではないでしょうか。

この転換をどのように進めるべきかという解説については、別の機会に記事にさせていただこうと思いますが、このような転換を図る契機となるのが事業機会の分析です。

このような場面ではどのような指示を出すべきでしょうか。実務的に事業機会を分析する場合は、とくに「政治・規制」および「技術革新」に注目するとよいでしょう。

政治・規制については、たとえば、プラスチックストローが規制されたとしたらどうでしょうか。台湾では2019年、店内飲食でのプラスチック製ストローが法律で禁止され、「タピオカをどう飲めばいいのか」と世論を騒がせました。

◾️外部参考記事
タピオカミルクティーが終わる…ストロー規制、台湾波紋

技術革新については、従来はオペレーションコストが大きかったフレッシュフルーツジュースが完全自動化されるとしたらどうでしょうか。

◾️外部参考記事
Feed ME 生搾りジュースマシンサービス

私自身は実際にタピオカスタンド事業の経験はありませんが、私が社長であれば以下のような指示を出すか、自分で調査すると思います。

「タピオカスタンド事業は長くは持たないだろう。以下を5日程度でやってみて報告してほしい」

◾️競合企業がトレンドの変化にどう対応し事業転換を図っているのか、その際にタピオカスタンド事業で培ったアセット(店舗、サプライヤーとのネットワーク、スタッフ等)をどう活用しているのか。実際に店舗に足を運んでほしい。

◾️新たな開拓余地がある業態、たとえば、フレッシュフルーツやミルクティーなどの事業が成長する可能性に関して規制・貿易動向調査、技術革新、従来の主力顧客層であった20代女性の消費動向変化に注目して情報を集めてほしい。

ここでは競合調査が含まれていますが、実務としては当然です。環境分析をやってから競合調査というステップを踏む必要などなく、自社の戦略策定に役に立つ情報について優先順位をつけて調査するべきです。

上の指示では「経済(Economy)」については指示に含めておりませんが、これは注目する範囲が決まってから調査した方が有効であると判断したためです。たとえば「オレンジフルーツジュース自動販売機事業」を検討するとなれば、オレンジ原価推移についての調査は必要になります。

調べてみるとどうやら急騰しているようで、これであればオレンジはやめておこうか、と考えることになります。

(外部参考記事)
オレンジ価格の推移

ちなみに法律・規制、技術革新はある程度わかりやすいと思いますが「経済」「社会」というと何を見ればよいのかわかりづらいと思います。事業検討の際には、以下のような変化に注目することが多いのでヒントにしていただければと思います。

■ 社会の変化
・商品・消費に対する価値感
・人口動態
・民族
・家族形態価値観

■ 経済環境の変化
・所得
・株価
・金利(ブロックチェーン等に取り組んでいる場合は特に重要)資源・原材料

PEST分析は環境の定点観測に役立つ

現在自社が取り組んでいる事業があるならば、今後発生する環境変化を予見していないと脅威を掴むことはできず、機会も掴みづらくなります。項目をある程度定めて、定点観測をするとよいでしょう。

タピオカ以外の例を挙げると、もし受託開発の事業を主力としているということであればChatGPT、LLM(大規模言語モデル)が与える影響(「技術」)は、機会にも脅威にもなり得ます。

エンジニアの賃金動向(「経済」)も影響を及ぼし得る要素です。経営層はこのような自社に強く関係する影響は常に見ておく必要があります。

このような活動は即時アクションには結びつかなくとも、自社を取り巻く環境にアンテナが張れている状態であることに意味があります。

ただ網羅的な整理というのはいくらでもエネルギーを投入出来てしまうため、やりすぎには注意をする必要があります。アンテナを張るという意識で定点観測するとよいでしょう。

フレームワークが何かをしてくれるわけではない

繰り返しになりますが、PESTとはメガトレンドを見る際のカテゴリを示したものに過ぎず、フレームワークだけ埋めても、何かが見えることを保証してくれるものではありません。

フレームワークを盲目的に埋めるというのはある意味楽ですが、意味のない時間になってしまう恐れもあります。明確な目的を持たないまま何となくPEST分析をやってみる、ということは避けるべきでしょう。

PEST分析を有効活用するには、以下の前提が必要です。

  • メガトレンドを見ることで対象事業の成長性を予測する・事業機会を予見する等の明確な目的を持つ

  • 調査項目の優先度を合意できている

  • 複数人数での検討を進める


複数人数で検討を進める際、事業検討が初めてのメンバーが含まれている場合や、他社を含めて進める場合には特にフレームワークがあることの意義を感じることができるはずです。

考え方を可視化したもの(=フレームワーク)」を活用することにより、検討すべき事項の抽象度が下がり、作業を大幅に効率化することができます。

PESTは作り替えてもよい

PESTという区分に絶対的な理由があるわけではなく多くの亜種が存在します。とくに「社会」だけ言われると、何を調査するべきかわからないので、使う側は混乱してしまいがちです。

実は、自社が注目する長期変化のカテゴリはそれぞれの定義がなされてれば、作り替えても構いません。

コトラー本においても「デモグラフィック、経済、社会-文化、自然環境、技術、政治-法律という6つの大きな要因を観察していく必要がある」とあり、PESTという区分が絶対的であるということではないのです。

亜種は多くの提唱者から出されておりPESTLE(Legal,Environmentalが加わっている)という整理方法も存在します。

PEST分析の実務活用事例

「注目しているトレンドが長期的なものであるか確認したい」を例にとって、実務での使い方をタピオカスタンド事業以外でご紹介します。

2023年のホットトピックである、LLM(大規模言語モデル)に関してPESTの観点から長期トレンドの分析を簡単にしていきましょう。

1.優先度を定める

「PEST分析(ないし環境分析)をしてくれ」と言われた際に注意すべきことは、優先度を定めることです。盲目的にPEST分析を進めようとすると、収集するべき情報は非常に多くなってしまうのですが、そのうち事業に直接的な影響を及ぼす変化はその中の一部でしかないため、非常に無駄が多くなります。

LLMの場合、まず大きな影響がある「技術」、そして「法律・規制」、続いて社会のAIに対する受容性という意味での「社会」、一応付随的に「経済」の原材料に相当する「電力」「チップ」「データセンター」を見てもよいかと考えます。

網羅的にしようとすると、人口動態なども調査項目も入ってしまうことになりますが、調べるまでもなく「高齢化が進んでおりより自動化に対するニーズは上がる」などの示唆が導出されるだけであるため、一生懸命データを集める優先度は低いでしょう。調査・分析の際には優先度を明確につけることが重要となります。

複数人で進めるのであれば、優先度について合意形成をおこないましょう。どのような情報が存在しどのような示唆が得られるのか、またその優先度について合意形成をおこなわないと、後で「なぜそんな無駄なことを調べているのか(例えば人口動態の調査に丸一日かけている等)」「規制など重要な部分が手薄だ」という問題が発生します。

2.調査を進める

「法律・規制」動向調査を例として取り上げていきます。

実務的にはこの時点では「偽情報・著作権・プライバシー(とくにヘルスケアや金融に関して)に関する規制変化が事業機会につながるのだろう」という仮説を頭の中で持っている必要があります。

仮説がない場合「それではまずはAIに関係する法律を調べてみよう」となり、調査の対象が無限に広がるため、実務的な時間内で調査を収めることが難しくなります。

たとえば、こちらのニュースを見てみます。

(外部参考記事)
岸田首相、AI規制へ「日本主導で国際ルール作り」…偽情報や著作権保護「対応必要だ」

記事中に「フェイク(偽)情報、プライバシーや著作権の保護に対する懸念なども指摘されており、対応が必要だ」とあります。このようなルールが何らか課される可能性を示しています。

国際ルールということは日本のことばかり調べていても仕方ありません、先行市場に目を向けます。たとえば、以下のニュースを見てみましょう。

(外部参考記事)
US begins study of possible rules to regulate AI like ChatGPT

U.S. Federal Trade Commission(連邦取引委員会,以下FTC)がGPT-4のリリースに制限をかけようとしていたことがわかります。現時点では具体化していないようですが、FTC動向を定点観測することで、このような制限が加わる場合、いち早く対応することができます。

FTC自身がAIに関するさまざまな発信をおこなっているので、いくらでも情報の深堀りをすることができます。ただし、実務としてはこれをやり始めると無制限に時間がかかるため、目立つニュースがあれば深掘りするという定点観測の対象とするのがよいでしょう。

(外部参考記事)
Consumers Are Voicing Concerns About AI

他にも総務省から出ている資料では、EUに注目しており一種のベンチマークにしていることがわかります。

(外部参考記事)
EUのAI規制法案の概要

示唆を導出する

事業検討やコンサルティングの文脈で頻出する「示唆」という用語ですが、ここでは「完全な情報ではないが、部分的に入手できた情報をつなぎ合わせると導出される論理的な結論」と考えて下さい。

たとえば、例に挙げた「法律・規制」動向調査からは、以下のようなことが言えます。

  1. 日本政府、とくに総務省はEUをベンチマークしており類似のルールが施行される可能性がある。EUにおいても事業をおこなっている企業については先行して対応が必要になるため、データの取り扱いを定め活用していく方針を模索しているはずである。ここに対してコンサルティングおよびシステム提供の余地がある

     

  2. 規制の策定に影響を及ぼす機関のひとつとしてFTCがあり、定期的に動向を観測する対象とするべき


もちろん、FTC以外の機関が重要な影響を及ぼしていたり、すでに企業はEUの規制へは十分対応していたり、他社が先行してサービス提供をしており参入余地がない可能性もありますが、検討の出発点としてはよいでしょう。

このように目的の明確化→優先度の設定→調査→示唆というサイクルを高速で回すことに慣れてくると、何らかのニュースを見た際にすぐに示唆を導出できたり、見るべき媒体を特定したりすることができます。

まとめ

本記事では、実務でPEST分析のようなマクロ環境分析をどのように使っていくのかという解説をおこないました。フレームワークだけを盲目的に埋めるという作業をしたとしても、効果を得ることは難しいものです。是非、目的の明確化→優先度の設定→調査→示唆というサイクルを高速で回すことを意識して取り組んでいただければと思います。

◾️株式会社ストラテジーキャンパスHP(代表取締役・中村陽二 氏)
https://strategy-campus.jp/

【ご参考資料】

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