VUCA時代の新規事業に欠かせない情報収集スキル 実践!「トライアングル・リサーチ」で前に進める新規事業開発 vol.1 (前編)
新規事業の検討や推進には、リサーチのスキルが欠かせません。
なぜなら、独自性の高いアイデアを生み出すには、独自性の高い情報収集が必要だからです。
しかし、分析フレームワークは世に溢れていても、そもそも分析すべき情報、それも信頼のできる、質の高い情報を見つけるリサーチスキルはなかなか学ぶ機会がないのではないでしょうか。
そこで、本シリーズでは、株式会社coto design代表取締役の石森宏茂さんを講師に迎え、全5回の解説を通して、新規事業検討を着実に前進させる武器としてのリサーチスキルをご紹介していきます。
Speaker
石森 宏茂 氏
株式会社coto design 代表取締役
新卒で株式会社ベネッセコーポレーション入社。法人営業、営業企画、経営企画、国内外の事業開発、M&A検討等に従事。2021年4月株式会社coto design創業。上場企業・スタートアップ企業・高等教育機関・NPO法人等に、新規事業開発伴走支援・経営戦略・事業戦略・営業戦略立案支援を提供。並行して、複数のスタートアップ企業に会社員として所属するパラレルワーカー。NewsPicksエキスパート。
トライアングル・リサーチとは何か
立体的で確からしい、新鮮な情報を得るリサーチ
まずは、シリーズを通して取り扱う「トライアングル・リサーチ」とは何かというお話をさせていただきたいと思います。
はじめに結論を申し上げると、トライアングル・リサーチは、下の図で表すことができます。
何か1つのことを調べようと思ったときに、データ・ナレッジ・コンテンツの3つの視点で調査をすると、立体的で確からしい、新鮮な情報を得ることができます。
まずは、
①データ (企業発信の情報や業界や市場の情報)
②コンテンツ (第3者がまとめたレポートやニュースなど)
これらはいずれも過去のものになりますので、ある地点においては情報が古い。
加えて、新鮮な情報を得る必要があります。
そこで、
③いまの時間をリアルタイムに過ごしている人・詳しい人に実際に聞いてみるナレッジ
を活用して、データとコンテンツの解像度を上げます。
この3つのトライアングル・リサーチを、バランスよく使っていきましょうというのがvol.1の趣旨になります。
新規事業開発は“わらしべ長者”の実践である
突然ですが、皆さん、日本昔話の「わらしべ長者」をご存知ですか?
たまたま手に持っていたわらしべにあぶが止まり、それを見たお母さんが泣いている子どもに渡すためにみかんとわらしべを交換する。
そのあとも物々交換を繰り返し、最後は長者になるお話です。
私は新規事業開発はまさに「わらしべ長者」だと考えています。
リサーチや検証を通じて価値をどんどん高めていき最終完成系に導くことや、最初に意図していたものと違う形で着地するケースも多いからです。
このわらしべ長者の図はこれから何度か出てきますので、覚えておいてください。
うまくいく企業とうまくいかない企業の差
最も重要なのは、価値に対価を支払う顧客の存在
本題に入る前に、これからのお話の前提となる私の考え方をお伝えさせてください。
新規事業開発で押さえるべき最も重要なポイントとして、私は「顧客視点」を重視しています。
少し古いデータですが、アメリカのVCによる投資の追跡調査結果をお見せします。
投資した企業の企業価値が元本割れした割合はだいたい65%(図3)。
また、日本のデータでも、新規事業への取り組みで「成功した」と回答したのは約30%(図4)なので、チャレンジをして成功する割合はおおよそ3割と見えてきます。
では、うまくいく企業とうまくいかない企業の差は何か。
それは、市場ニーズの把握力と市場ニーズを反映した製品サービスの開発力(図5)です。
あくまで自社回答・個人回答ではありますが、顧客のニーズをしっかり汲み取ることができた人たちが成功しています。
海外でよく言われることですが、スタートアップの失敗理由を聞くと、3分の1が誰も欲しがってないものを作ったことがミスだった(図6)。
つまりニーズがなかったと回答してるんです。
このようなデータからも、ビジネスの顧客は誰かをしっかり捉えて、その人たちが欲しがっているものを作ることの重要性を理解いただけるのではないでしょうか。
そのためには、顧客が誰かを特定しなければならないですし、その特定した顧客が何を欲しがっているかを見つけなければいけない。
そこで、必要なのがリサーチです。
良いリサーチとは何か
新規事業開発を成立させるための6つの必要要素
まず新規事業開発を進める上での全体像を下の図で確認しましょう。(図7)
まずはじめに、ファウンダー(新規事業開発の担当者など)が、誰のためにこの事業を作るのかという設定からスタートすることになります(Founder-Customer Fit)。
2つ目に、その「顧客」が「どんな課題やニーズ・ウォンツ」を持っているのか、顧客のどんな課題を解決しようとしているのかを考えます(Customer-Problem Fit)。
3つ目に、この顧客の課題を解決したいと本当に思うのか。担当者が腹落ちしているかという点を確認します(Founder-Problem Fit)。
特にこの3つ目が大事な理由は、心の底から、「この人たちの、この課題を、絶対わたしが解決するんだ。そのためのビジネスを作るんだ」という点をしっかり押さえられてないと、事業開発を推進する力が弱まる可能性さえあるからです。
顧客の顔と課題が見えれば、課題を解決する方法に話を進められます。
課題を解決するために何か物を作った方がいいのか、Webサービスが良いのか、そもそも打ち手があるのか。
その打ち手は、今の世の中の技術で解決できるのか、プロダクトにできるのかという話に進みます。
そして最後は、形になったプロダクトが世の中できちんと売れるのかですね。
売れた先に別のマーケットでも拡大できるのか、0→1、1→10、10→100といったプロセスもありますが、大まかな流れは以上です。
どこまでいっても、「この事業の顧客は誰か」から事業開発はスタートします。
だから担当者は、誰の課題を解くのか、その人たちは本当に課題とニーズを持ってるのか、の解像度を上げることが大切になります。
そして、この解像度を上げていく手法としてリサーチがあるわけです。
次の行動の判断材料となる分析結果を出せるのが“良いリサーチ”
しかし、リサーチにも「良い・悪い」があります。
日常的にリサーチを行う中で、そのリサーチ活動自体が良かったか悪かったかを、言語化しているケースってなかなか無いですよね。
リサーチとは、正しい判断や判断材料を生み出すためのものです。
「これがわかったから次こうすればいいよね」「こういう壁があるとわかったからこれはもう止めよう」など、回答次第で次に進む、進まないという判断の材料になる分析結果を出せるリサーチが良いリサーチです。
事実を可視化する“リサーチ”と、解釈を示す“分析”
次に、リサーチと分析の違いについてお話ししたいと思います。
リサーチとは、現状や事実の可視化の作業です。
一方で分析は、この現状や事実の可視化の作業で見えたことやわかったことが、今やろうとしている事業開発プロジェクトに対してどんな意味合いや解釈を導き出す作業です。
ここを一緒にしてはいけません。
多くの悪いリサーチは「こんなことがわかりました」「こうらしいです」と事実の可視化だけで終わっているケースが多いんです。
求められるのは、「こんな数値が出たので、このプロジェクトにこんな影響があるかもしれません」「こんなことがわかりました。今やろうとしていることは競合他社もやるかもしれないので、うちがすぐやった方がいいかもしれません」のような、リサーチ結果から想像して、仮説を立てて予測を立てることです。
そのためには、事実を正しい手段でしっかり集めることが必要です。
なぜなら、調べたもの自体が誰かの解釈である可能性があるからです。
ですから、担当者はそれが本当に事実か判断することや、事実に対して解釈を出すためには視座を上げることが必要になります。
つまり、いち担当者としてではなく、そのプロジェクトや会社視点で事実を分析することがとても大事になってくるのです。
事実把握の“リサーチ”は通過点
リサーチと分析の分岐点を示した、次の図をご覧ください。
例えば、ある企業が新規事業開発を行うために3C分析(※1)を行うと、自社は業界のシェア2位だったとします。
その企業は、これまでは1位だったので、過去と比較すると新しい競合が存在することになります。
この変化を受けてこの後の影響を予測すると、競合企業が成長し自社のシェアがもっと下がるかもしれないし、外資系企業がベンチャー企業を買収する可能性もあるかもしれない。
ただ、あくまでその想像はいち担当者の想像に過ぎません。
本当に影響が発生するのか、どの程度発生するのかといった仮説を基に、ニュースで調べたり、その業界の専門家に業界動向を聞いてみたりして検証することが必要です。
リサーチではしっかりと事実を把握することが必要です。
そして、分析では仮説を立てて予測し、検証することが大事です。
ネクストステップに進める良いリサーチはこの分析をしっかり出せることが重要です。
すなわち仮説を出すまでが、すごく大事になります。
仮説構築と仮説検証、リサーチにおける2つのフェーズ
では、新規事業開発のリサーチを、フェーズに分けて詳しく理解してみましょう。
最初のわらしべ長者の図で説明すると、フェーズ1はわらしべがある状態。
フェーズ2は、わらしべがあぶに留まり、物々交換をしていくところです。
フェーズ1では、どのような仮説でも良いので、小さな仮説を作ります。
フェーズ2は、フェーズ1で作った小さな仮説を、リサーチや壁打ちを通じて検証し、事業化に向けて進めていくフェーズです。
ただし、調査アプローチは共通です。
全てのものがデスクトップリサーチで完結しませんし、全てのものがインタビューやアンケートでは完結しません。
粒度や水準は違えど、アプローチはどちらのフェーズでも同じようなアプローチで攻めていきますので、その使い方をしっかりと理解しておくことが必要になります。
良いリサーチャーになるための3つのポイント
また、良いリサーチを行うためには、良いリサーチャーであることがポイントです。
良いリサーチャーになるためには、3つのポイントが存在します。
1つ目は、どの手法がどのリサーチに向いているかを把握しているか、リサーチ対象の概観が、しっかり理解できているかという点です。
次に2つ目は、対象を取り巻く語彙を理解できているか、という点です。
人は自分が知っている言葉でしか検索できないので、語彙力は大切です。
また、類義語も重要です。例えば“サステナビリティ”と、“サスティナビリティ”では、出てくるもの出てこないものが変わります。
最後に3つ目は、課題特定能力です。
私もリサーチを行う際には「今何がわかると前に進むのか」と自分に問いかけています。
そうすれば、進むべき方向やゴールはどこかという議論になるので、今、明らかにすべきものが何かを見極め、リサーチを進めることができます。
新規事業開発におけるコミュニケーションの重要性
メンバーの皆さんは、依頼を受けてリサーチすることも多いと思います。
しかし、結果を報告すると、「いやこうじゃないんだよ」と言われること、ありますよね。
そうならないためには、依頼する側と、依頼を受ける側で、「なぜこれを調べないといけないのか」というコミュニケーションをしなければいけません。
新規事業開発においては、コミュニケーション、すなわち人間関係の期待値コントロールは何よりも大事な領域です。
その理由は、事業会社には新規事業開発のプロフェッショナルがほとんどいないから。
つまり、決裁者や事業責任者も含めて新規事業の経験者は少なく、本当に新規事業を成功させたことがある人は創業者ぐらいとも言えます。
なので、マネージャーや決裁者も含めて未経験であることを前提に、わからないかもしれないから自分から聞かなきゃというスタンスでお互いに動かないと前に進みません。
コミュニケーションはどのビジネスでも大事ですが、その中でも新規事業開発においては、特に重要だと思います。
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いかがでしたか?
次回はvol.1の後半「新規事業開発を戦い抜く武器としてのトライアングル・リサーチ」をお伝えします。
※1) Customer(市場・顧客)・Competitor(競合)・Company(自社)の3つの言葉の頭文字。自社や事業部等がどのような経営環境に置かれているのか現状を分析し経営課題発見、戦略代替案の発想などに活用するフレームワーク。