#新規事業開発 2023/6/19更新

“悪いアイデア”から「良い初期仮説」へとたどり着くプロセス 【実践】トライアングル・リサーチで前に進める新規事業開発 vol.3

【実践】トライアングル・リサーチで前に進める新規事業開発 vol.3 【実践】トライアングル・リサーチで前に進める新規事業開発 vol.3

事業会社における新規事業開発を着実に前進させる武器としてのリサーチスキルを全5回でご紹介する本シリーズ。

これまで「vol.1VUCA時代の新規事業開発に欠かせない情報収集スキル」「vol.2良いアイデアの作り方」をお伝えしてきました。

第3回のテーマは、“悪いアイデア”から「良い初期仮説」へとたどり着くプロセス。
今回も、株式会社coto design 代表取締役の石森宏茂さんにお話いただきます。

Speaker

石森 宏茂 氏

石森 宏茂 氏

株式会社coto design 代表取締役

新卒で株式会社ベネッセコーポレーション入社。法人営業、営業企画、経営企画、国内外の事業開発、M&A検討等に従事。2021年4月株式会社coto design創業。上場企業・スタートアップ企業・高等教育機関・NPO法人等に、新規事業開発伴走支援・経営戦略・事業戦略・営業戦略立案支援を提供。並行して、複数のスタートアップ企業に会社員として所属するパラレルワーカー。NewsPicksエキスパート。

vol.2の補足|既存事業の強みの可視化

前回良いアイデアの作り方を聞いて、「自社にも強みがあるかもしれない。見直してみよう」と感じた人が多かったようですが、物が売れる背景には必ず強みが存在します。

そもそも人がある商品を買うときの条件は何か。
自社の商品が選ばれた背景には、自社の商品を買う理由と他社の商品を買わない理由が同時に発生しているので、その大きくふたつの理由を、どのように強みとして表に出していくかを科学することがとても大事です。

私はこれまで、こうした「強みの可視化」の伴走支援をしてきましたが、自社が「これが自社の強みだ」思っている強みと、お客さまにとっての便益や独自性が一致しないケースが、肌感覚では4割から5割程度あります。

そこで、「自社が本当に選ばれる強み」を可視化する際には、「なぜ、お客さまはこの商品を買うのか」を考える視点が役立ちます。

また、もう一つの考えるべき視点は「なぜ売れるのか」です。
こちらは商品やサービスではなく、営業力についてです。
どういう部門に、どんな資料で、どんなトークをしたときに、購買活動が発生しているのかを分析し、営業活動の解像度を上げていくことで、強みを可視化することができます。

つまり、買う側の買う理由と、売る側の売れている理由を可視化し、商品としての強み、営業活動としての強みを絞り出していくことで、新規事業にも活用できる武器になると思います。

顧客課題の解像度を上げるためには

ではここから第3回のテーマである、“悪いアイデア”から「良い初期仮説」へとたどり着くプロセスをお伝えしていきます。

悪いアイディアを「良い初期仮説」に進化させるためには、まず顧客課題の解像度を上げなければなりません。
解像度を上げるにも、やはり一定のインプットが必要です。対象領域、アイデアの業界知識や領域知識、市場環境変化、法規制、海外での市場環境等を背景に顧客のコンテクストを把握していきます。

初期仮説検討のケーススタディ

実際に私(たち)が取り組んでいる「メンタルヘルス」の新規事業を例にお話します。

まず、“メンタルヘルスケア”領域での事業を検討し始めたきっかけの一つは、私自身がメンタルヘルスの不調を経験したからです。
さらに、メンバーの家族のメンタル不調もあり、この領域には見えていない課題が多いのではないかという問いが生まれました。

そして、日本において、この領域はなかなか着手しづらいセンシティブな領域でもあるので、原体験を持つ私たちが向き合い、もう少しカジュアルにメンタルヘルスと付き合える世界にできないか、との思いから始まりました。

初期仮説(案)の検討材料として提示した4つ(根本的背景、最初の武器、アイデアのタネ、顧客がいる市場)に合わせて、私達の活動を書くと上記のようになります。

会社ではないので経営方針はありませんが、4人それぞれメインの仕事を持っているので、お互いにできる範囲で力を合わせることを活動方針としています。

ただし、我々の目的は事業成長です。
自分たちの手元のキャッシュを増やして、ネクストステップに進みたいと思っているのでビジネス化自体が目的になります。
その具体的な数字は、約3年で「年間5000万円」を4人で作り出すこと、としました。

このように決めておくと、ここから仮説検証していく際に「このままでは5000万に絶対辿り着けない。であれば、みんなの貴重な時間を使うのはもうやめよう」という意思決定ができたり、撤退する基準にもなったりするので、仮置きしています。

競合優位は、精神科医のメンバーが1人いること。彼のネットワークや、実際に彼自身が稼働できる点を武器として捉えています。

そして、アイデアのタネとなったのは、私自身の経験もありますし、オンライン診療の本格化も一つです。トレンド調査をする中で、これからオンライン診療が本格化すること自体が、このアイデアを後押しすると考えスタートしています。

デスクリサーチとナレッジ活用リサーチの進め方

ここから、上図の「04.初期仮説上の想定顧客とその顧客がいる市場」に該当する、顧客探しの旅に出るわけですが、まずデスクリサーチをします。

私自身もですが、皆さんも多くは、Googleで検索して、YouTubeを見て、SPEEDAなどの情報獲得サービスを見て、論文を検索してといった感じでしょうか。このようにインプットをすると、米国ではオンラインでのメンタルヘルス診療の存在が高まっているなどたくさんのことがわかるので、それを一旦整理します。

デスクリサーチで大事なことは、調べてわかることと、調べてもわからないことを精査することです。

調べてわかったことは次の4点でした。

  • メンタルヘルス不調に関連するワードには、類義語がある。(※調べるときや人に伝えるときに気を付ける)メンタルヘルス不調、メンタルヘルスケア、メンタル不調などがある。
  • 事業領域として取り組んでいる企業は多数存在。メンタルヘルステックなるトレンド(※追い風になるが、競合にも追い風になる)もあるが、先進エリアはアメリカ?(※真似できるソリューションがあるかもしれない)。日本では市場としては括れない程度の大きさか?
  • ニュースや有価証券報告書企業として社員のメンタルヘルス不調に取り組む企業は多そうに見えるが、おそらくは上場企業が中心ではないか。
    • 人的資本経営というキーワード自体が、現時点では上場企業への影響が大きいからか。
  • 上場企業で話題になるのは、産業医。ただ、産業医は精神科医ではない。産業医は、法律に基づいて設置されている。必ずしもメンタルヘルスケアの専門ではない。(※医師のネットワークがある我々にはやはり競争優位性があるか?)

“メンタルヘルス不調”には言葉の揺らぎがあり、その他にも“メンタルヘルスケア” ”メンタル不調”なども言葉としてよく使われます。Web検索をするときに、言葉が違うと検索される情報も変わってくるので、言葉はきちんと調べて選ぶようにしましょう。

次に、メンタルヘルス領域に取り組んでいる企業について。メンタルヘルスチェックというトレンドも存在し、すでに多数の企業が存在しています。
トレンドは追い風になると思いがちですが、誰にも平等に吹いてるので、乗れる波はあれど、競合もたくさんという状況になると思います。

このとき、SPEEDAでトレンドごとの取り組み事例やニュース、企業の有報などを見ていると、特にアメリカの企業の取り組みが進んでいるであったり、この領域は国内では上場企業を中心に注目され始めているという情報を掴むことができます。

さらに上場企業について調べていくと、「産業医」がキーワードになります。
そこで産業医について、そもそもの役割はなにか、なぜ置かなければいけないのか、何はやってよくて、何はダメなのかなどを、調べるわけです。

すると、産業医はどの医師免許でもなれるので精神科医とは限らないですし、産業医が精神科医であっても治療行為はできないので必ずしも解決しないということがわかってきます。

ここまで調べてもわからなかったのは、3つです。

  • 産業医の課題や効果はよく分からない。産業医以外の打ち手は何かあるのか、無いのか。
  • メンタルヘルス不調は予防と発生後の対処があるが、仮に一定起こるとした時、各企業では発生後にどのような対処をしているのか?
  • メンタルヘルス不調が課題になるとしたら、それはどのような特性のある企業か?

調べても出てこないことは、人に聞かないとわからない領域になってくるので、いわゆるナレッジを活用したリサーチを行いますが、方法は2通りあります。

一つは自分や社内のコネクションがあって、聞きたいことを答えてくれる人に相談に行くこと。
もう一つは、エキスパートネットワークサービスを使って知見がある人に聞きに行く方法です。

ここでやらなければならないのは、エキスパートの方に話を聞きに行く前に「何がわかっていないのか」を可視化することです。

リーンキャンバスを利用した企画検討

新しい事業を立ち上げるときには、順番に確認しなければならないものがあります。
これを「今考えられてないことは何か」を可視化するリーンキャンバス(下図)で確認するのですが、①〜③以外はどこから考えても問題ありません。しかし、①②③だけは、この順番で可視化しましょう。

まず①は顧客セグメント。
私も顧客を探しに行くとき、必ず一番最初に確認するのはここです。

顧客セグメントは一旦なにかしら整理すべきだと思います。加えて、仮置きしたセグメントの切り方はブラッシュアップが必要です。そのために、知りたいことを質問に変換してエキスパートへ質問していきます。

質問内容はたとえば次のようになります。

ここで大切なのは、複数のエキスパートネットワークサービスを使うことです。
多くのエキスパートは様々なサービスに登録しており、どこにどんなエキスパートがいるかはわかりません。なので一般的には、複数のエキスパートネットワークサービスを使って質問を依頼し、その領域に詳しい様々な立場の方からフィードバックをもらいながら、最初の顧客や顧客が存在する市場、課題のイメージを形づくっていきます。

メンタルヘルスについて、不調の従業員がいたら対応はするけれど、また調子が悪くなるかもしれないと思っている。つまり完治する前提に立っていないことや、そもそも多くの人が産業医で解決できないと感じており、臨床心理士や、保健師など外部の人に委託するケースもあることがわかってきます。

深掘りした材料をもとに何をするかというと、先ほどの顧客セグメントを書き換えます。
一番最初は単純に部門と企業の大きさだけで切ったセグメントでしたが、「エキスパートへの質問やインタビューを行ったことから、新たに考えうる可能性をもとに」、業界を軸にメンタルヘルス不調が発生しやすい金融・不動産・コンサル業界を切り出したり、スタートアップを追加したり、新しい切り口も加えてセグメントをブラッシュアップしていきます。

仮説検証のピボットの考え方

仮説検証のピボットは行ったり来たりの繰り返しです。課題を探しながらソリューション探しをすることにおいて、何かがまっすぐ進むことは基本的にはありません。イメージとしてはこれがわかったから、こっちをちょっと変えてみよう、こっちがわかったから、こっちを変えてみようと繰り返しながら、目的・ゴールに向かって進んでいきます。

その判断の際に必要なのが、なぜこっちに切り替えるのかという基準。すなわち私達はこういう人たちに貢献したいというビジョン・ミッションや、目指すゴール、そもそもなぜこれをやっているのかという事業開発の目的などを考えることが必要になってくるので、やはり意識すべきは「我々は何者で何がしたいか」という部分です。

ちなみに、エキスパートへのインタビューと並行して、デスクリサーチを進めることで、デスクリサーチで見つけたエビデンスをエキスパートとのインタビューで話すことで新たな課題を見つけられたり、全く別の示唆が得られたりすることもあり、議論を加速させる材料にもなり得ます。

実際に私たちも、デスクリサーチで見つけた「本人が調子悪いと思ってから、最初の診療までの時間が長引くほど危なくなる」という研究結果を、企業の人と話す際にぶつけてその反応や、新たな課題を確認していきました。

さらにここまでで見えてきた情報を元に営業資料を作成し、インタビューも途中からはそのソリューションに対する反応を確認する内容に切り替えたのです。

このように初期リサーチで何となく形ができてきたら、データとセットで話せる材料を集めてコミュニケーションを取りに行くことで、こちらの本気度も伝わります。
また、運がよければそのソリューションに関心のある顧客とつながることもできるので、最終的な購入有無は別として、その後の検証パートナーを作るためにも、こちらの姿勢を示すためにも、ある段階からインタビューを少し格式ばった形にしていくことで、お互いのエンゲージを高め、うまく進められることもあります。

ここまで繰り返してきたこの仮説検証サイクル、課題をいつまで聞き続けるかについては、1セグメントあたり5人ぐらいの調査が目安と言われてます。その条件に当てはまる5人にインタビューをすると、8割ぐらいのことはわかる。すなわち、顧客を特定できたと言えるようです。

インタビューのポイント

最後に、インタビューのポイントをお伝えします。

インタビューを行う際は動画を撮ったり、インタビュー以外のコミュニケーションをメールなどメッセージが残るもので行うことをおすすめします。なぜなら、事業化の検討が進み、上長に報告するときに、“生の声”として役立つからです。

決してメンバーを信用していないわけではありませんが、顧客の生の声は納得度が高いので、物理的な記録はできる限り残しておくと良いと思います。

以上、“悪いアイデア”から「良い初期仮説」へとたどり着くプロセスについてお伝えしました。

次回vol.4では、事業検証と営業戦略構築を両立するアプローチ方法についてお伝えします。