大企業の新規事業創出に再現性を-個への依存を脱却する“組織の営み”とは何か-
第1弾では、新規事業における“成功事例”ではなく“失敗事例”から学ぶ重要性について、NTTデータ・西村祐哉さんにコラムを執筆していただきました。
今回はその第2弾です。大企業で新規事業を推進するうえで、またそれを評価するうえで、意外と見落とされてしまう大事なポイントは何か。「大企業と新規事業」を熟知する西村さんの視点、経験にもとづく見解をぜひ参考にしていただければ幸いです(編集部)。
Speaker
西村 祐哉 氏
株式会社NTTデータ 法人コンサルティング&マーケティング事業部 部長 / イノベーションエコシステムデザイナー。京都大学経済学部卒業後、NTTデータ、ライブドアを経て起業。スタートアップ経営者として企業とターンアラウンドを担当。その後国内独立系コンサルティングファームにて戦略・ビジネス・IT各領域のコンサルティング、プロジェクトマネジメントに従事。2011年からの10年間、日本電気株式会社(NEC)でビジネスデザイナーとしてのITサービスや海外スマートシティ事業開発ののち、イノベーション創出部門に移り共創型の新規事業創出に従事。アクセラレーターとしても顧客企業や社内事業部に対する支援活動も多数手がける。これらの知見にもとづきイノベーション人財の育成・教育や組織づくり、プロセスや制度の整備といったエコシステム形成も担当。
きれいごとではなく、毒づくのでもなく
去る2023年9月20日、守屋実さんとSPEEDA H2H Webinarで対談させていただきました。テーマはいみじくも、『新規事業の“失敗学”(※開催終了)』。
セミナーでは、青い鳥症候群のような「他社の成功事例さがし」に汲々とせずとも、良き学びは案外身近にあるから、そこから新規事業を見つめなおしてみませんか? ということを話してみました。
登壇者ふたりの“芸風”が割とストレートで過激なこともあり、多少刺激的なところもあったかもしれませんが、それも込みでお楽しみいただけていれば幸いです。
個人的には、「大企業の一線で新規事業開発に取り組んでいるひとがここまで率直に話されることが新鮮で清々しかった」というコメントをいただけたことが、なにより嬉しかったです。
しがらみや障壁や落とし穴。
大企業の新規事業開発は、ついネガティブで、アンチイノベーティブなイメージでひとくくりにされてしまいがちです。
その苦しさや醍醐味をしっかり見つめながら、きれいごとではなく、ただ毒づくのでもなく、そのリアルを紐解いていきたいと思います。
イノベーションとは“成功した新規事業”のことだけか?
ウェビナーを聞いてもコラムを読んでも、基本的には社内政治をすり抜け、なけなしの投資を勝ち取り、右往左往のピボットを経てようやく過酷なステージゲートを駆け抜けた、新規事業の意気揚々とした話であふれています。
もちろん、さまざまな苦労を経てそこまでたどり着いたことは、イントレプレナーの方々の素晴らしい成果です。そのおかげで、今日も世の中に新しい価値が届けられています。
でも、その誇らしい成果の陰や裏にあるのは、イノベーション殺しのステージゲートや新しい物事への不寛容、死屍累々の事業開発者たち、そしてやめるにやめられないままにゾンビ事業と化した新規事業のなれの果て……。
マーケットインを成し遂げた事業開発者はサバイバー。
そんな生存者バイアスの極限や蠱毒(こどく)のような社内環境しか新規事業開発には存在していないのだとしたら……? そんな馬鹿な。
イノベーションの障壁と乗り越えかた
過去に、25社ほどのいわゆる大企業の事業開発者の方々に「イノベーションの阻害要因はなんですか?」というアンケートをとってみたことがあります。
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リソースの不足
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内部サポートがない
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市場のニーズがない
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実現に時間がかかりすぎるetc……
残念ながらちっとも新鮮みのない文言が踊っています。
そんな状況に対し、われわれはこんな旗印を掲げています。
新規事業開発は、単発で散発的な偶然の産物ではなく、「再現性をもち、自分たちの組織そのものにそのケイパビリティが蓄積され続けていく営み」です。
個別のプロジェクトに閉塞するものでもなく、イノベーション殺しとして立ちはだかる制度でもなく、事業開発部門の人材育成を底上げし、後押しとなる組織や制度づくり。
これこそが新規事業創出、イノベーションのためのエコシステムといえます。
そしてこれらを包括的につくりあげ、継続的にブラッシュアップしていくことが事業開発においてもっとも重要な「再現性をもたらすエコシステム」です。
イノベーションエコシステムを形成しよう
新規事業開発そのものを成功に導くメソッド、それらを支えるアクセラレータ機能、そして実際に携わる人材の育成と事業開発部門を運営するための組織と制度の設計、これらの総体がイノベーションエコシステムといえます。
イノベーションエコシステムの形成は、大企業においてとりわけ重要です。スーパーヒーローのような突出した個に依存するのではなく、組織のちからでイノベーションを実現することを可能にするためです。
とはいえ、多くの方々にとって“イノベーションエコシステム” というのは初耳だったのではないでしょうか。
「イノベーションエコシステムってなにさ」「イノベーションエコシステムってやつを形成するには具体的にどういうことすればいいのよ」と思われるのではないでしょうか。
経済産業省によると、日本が目指すべきイノベーションエコシステム(仮説)は、以下のように定義されています。
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事業会社とベンチャーによる価値共創によって新たな付加価値を創出。
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さらに、大学・国研の【知】が産学「融合」によってシームレスかつ迅速に市場へと繋がる。
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これらの結果、グローバルに通用するサービスを創出。その利益や人材を還流。
これらがシームレスに繋がり、自律的かつ連続的にイノベーションが生み出されるシステムのこと。
これだとちょっと間口が広すぎますよね。
まずは自分たちの身の丈の範囲内から取り組んでみる、というのは事業開発においてもリーンスタートアップにも見られるスタンダードです。
ここからはイノベーションエコシステムの実現を、「自社の内部で、自律的かつ連続的にイノベーションが生み出される仕組みが形成されていること」と定義して、話を進めていきます。
NTTデータの取り組み事例
読者のみなさんもそろそろ読み疲れしているのでは? とも思いますので、最後にNTTデータ事例をお話しして締めたいと思います。
私がイノベーションのエコシステム形成のために関わり、取り組んでいること、お客さま向けにご提案している方向性を少しご紹介します。
実はNTTデータには“事業開発者の、事業開発者による、事業開発者のためのコミュニティ” というものが存在しており、そのコミュニティはBDSコミュニティといいます。
BDSというのは、BusinessDesignSprint®︎ (ビジネスデザインスプリント®︎)といい、NTTデータで開発された、新規事業開発のためのメソッドです。
BDSコミュニティはこのBDSの普及と活用からスタートしたのですが、その後、社内の事業開発者や新規事業に興味のある人たちの組織をこえた交流と相談、共創の場として拡張を続けているコミュニティです。
Teams上に874人(※2023年11月16日現在)のメンバーがおり、なんと738人のメンバーがアクティブユーザー(アクティブ率84.4%) という非常に活気のあるコミュニティです。
あるいは、FORTH INNOVATION METHODという欧州で生まれたイノベーション創出メソッドを活用し、さまざまな共創型新規事業の創出や新規事業開発における成功再現性と事業開発者のスキルとマインドの向上にも積極的に取り組んでいます。
あくまで自社の事例にはなりますが、「大企業起点の新規事業」を真剣に考えるうえで、ついフォーカスが当たりがちな、個々の事業開発の成功事例、それらを成し遂げたヒーローのことだけで視野狭窄に陥ってしまうのではなく、社内の仕組みや工夫・文化の醸成といった、事業創出を後押しする営みについても一緒に考えてみませんか?