#新規事業開発 2024/7/23更新

新規事業の仮説を確信に変えるN1インタビューの進め方 ―「師匠」と「弟子」の関係で本音を引き出す―

新規事業の仮説を確信に変えるN1インタビューの進め方 ―「師匠」と「弟子」の関係で本音を引き出す― 新規事業の仮説を確信に変えるN1インタビューの進め方 ―「師匠」と「弟子」の関係で本音を引き出す―

昨今、N1インタビューの重要性は、西口一希氏の著書『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』を皮切りに、プロダクト開発やマーケティングの文脈では浸透してきました。 

一方、事業開発を進めていくにあたって、アイディエーションから仮説検証・PoCへと進んでいく際にN1インタビューを通じた顧客解像度を徹底的に高めることが重要であることはあまり広まっていないのではないのでしょうか。

また、新規事業の仮説検証においてN1インタビューを実施しているものの、「N1インタビューの内容をどう活用すれば良いのか」「調査設計が甘く、有意義なインタビューができない」という悩みの声もよく聞きます。

本記事では、N1インタビューを年100回実施するスマートバンク社のtakejune氏・瀧本氏にN1インタビューの考え方や進め方について解説いただきます。

Speaker

takejune

takejune

株式会社スマートバンク CXO

VOYAGE GROUP (現CARTA HOLDINGS / 東証プライム)、ライブドア社(現LINE)でサービスデザイン・プロダクトマネジメントを担当。Fablic社を共同創業し日本初のフリマアプリ「FRIL」を生み出した。株式会社スマートバンクを共同創業し、CXOに就任。

瀧本はろか

瀧本はろか

株式会社スマートバンク UXリサーチャー

校正・校閲担当者を経て、ベンチャー企業で新規事業の立ち上げやインタビューの企画執筆を経験。その経験からUXリサーチャーに転身、人材会社の新規事業のUXリサーチやリサーチ組織立ち上げ、リサーチャー育成に携わる。2022年4月より株式会社スマートバンクに1人目のUXリサーチャーとして入社。N1インタビューの文化を受け継ぎ、年間100件を超えるインタビューを担当。メンバー全員が「Think N1」を身近に感じられるような働きや経営・事業に伴走するリサーチを推進している。

N1インタビューの重要性―過去の失敗から得た学び―

――まず初めに、創業当初からN1を大切にされていますが、そのきっかけについて教えてください。

takejune氏(以下、takejune):スマートバンクを創業した経緯からお話しすると、もともとCEOとCTO、そしてCXOである私の3名は、2007年にVOYAGE GROUPという会社の同期だったことが始まりです。

週末もよく一緒に過ごしていて、ゲームをやっている延長線上みたいな感じで、ウェブサービスを作るようになりました。「こんなサービスがあったらいいよね」という感じで2〜3個作ったのですが、思うようにユーザーを獲得できなかった経験があります。

2011年にサンフランシスコで行われた「TechCrunch」のイベントに参加して「起業するぞ」という熱が高まってきたのですが、そこで考えたのは「今まで通りの作り方をして、使ってもらえないものを生み出してしまうのは避けたい」ということでした。

当時、アメリカの方でスタートアップが出てきたり、私自身はHuman-centered DesignというUXデザインの手法を学んでいたりしていたので、デプスインタビュー、今でいうN1インタビューを実践したら、失敗の確率を減らせるのではないかと思ったのが、最初のきっかけですね。

その後、N1インタビューを繰り返して、もともと持っていた仮説を覆しながら作っていくことで生まれたのが、フリマアプリの「フリル」というサービスです。

後に楽天に買収されて、「楽天ラクマ」というサービスで今も継続して運営されているのですが、ユーザーさんにそれなりに使ってもらえるものが作れたという原体験があります。 

これまでにないものを作る経験の中で、あるべき姿を見定めていくためにインタビューがすごく役に立ちました。ずっと失敗し続けてきて、そのやり方を取り入れて初めての成功体験があったので、N1インタビューを私たちにとって必要不可欠なものとして認識するようになりました。

――なるほど、これまでのご経験とHuman-centered Designの学びからN1インタビューを大切にされているんですね。瀧本さんはかなり多くのN1インタビューを実施されているとのことですが、どれくらいの頻度で実施されていますか?

瀧本氏(以下、瀧本):スマートバンクに関わるようになってからだと、延べ200くらいだと思います。月ベースだと20いくかいかないか。この数はリサーチを実践している会社の中でもかなり多い方だと思います。

プロジェクトによっては、PMやデザイナーなどその他の職種の方と一緒に調査設計を進めることもあります。その場合、インタビューの中でPMが聞きたいことは任せたり、残りの部分は私が担当したり、その時々で変えていますが、基本的にほとんど全てのインタビューに入っています。

N1インタビューの準備・調査設計―6つの項目を考え抜く―

――N1インタビューの重要性は理解しました。ここからはN1インタビューのHow toを流れに沿ってお伺いしたいと思います。まず、N1インタビューを実施する前に準備しておかなければいけないことは何ですか?

瀧本:進める前に必ず設定をしておかなければならないのは、調査背景、調査手法、目的、対象者、スケジュール、活用イメージです。この調査設計が非常に重要になります。

新規事業開発をおこなう場合、おそらく社内にリサーチャーがいるケースはほとんどなくて、調査会社と協業しながら一緒に進めていく形が多いのかなと思います。 

調査会社の立場でいくと、プロジェクトの進行度合いを捉えられないと、鮮度が低いリサーチを提供してしまうことになります。それに、最初の調査設計のまま変えずに進んでしまうと、後々「もっとここも知りたかった」ということも起きやすいです。

経験上、調査に関わる周辺情報の収集を怠ったがために調査の質が落ちることは良くあるので、まずはきちんと調査設計をして、設計した後も継続的にコミュニケーションを取り続けられる環境を整えることが大切です。

――調査設計の中でも「調査目的」の設計が肝になると思いますが、どれくらいの粒度で設計すべきでしょうか?

瀧本:この調査が事業開発プロセスにおいてどこのフェーズに位置づけられるのかによっても異なるのですが、調査をするということは「情報が足りなすぎて意思決定ができない」「状況がわからなくて、どっちに進んでいいかわからない」というケースが多いですよね。

ですから、ここがわかれば前に進めるという部分を大まかに考えていただくと良いと思います。

N1インタビュー対象者の選定方法(調査会社、エキスパート)

――続いて、インタビュー対象者の選定方法について話を進めていきたいと思います。新規事業の場合は、まだ顧客もいないので、対象者を見つけることが難しいと思いますが、どのように見つけていくのでしょうか?

瀧本:対象者条件の設定が一番難しくて、かつその対象者を探し当てて出会うことのハードルもすごく高いと思っています。

弊社のようなスタートアップと大企業ではちょっと違うところもありますが、予算に余裕があれば、調査対象者と出会えるようなプラットフォームを活用して、属性情報や経験で絞って、サンプルを何人か出してもらうという進め方があります。

あとは、新規事業や世に知られてないプロダクトの場合、私が勧めているのは、やはり既縁ですね。お友達やSNS、noteなどで対象となるご経験を書かれている方に、地道にアプローチしていくのが良いかと思います。 

takejune:起業家は泥臭くSNSでDMを送るようなこともけっこう得意です。

でも、リサーチ専業でやっている方は、調査会社経由でリクルーティングしたり、クライアントに対してインタビューしたりすることが多いので、これをできる人とできない人がいるイメージです。

新規事業やスタートアップで1人目のリサーチャーを迎えるにあたっては、そこができるかどうかは見極めた方が良いと思います。瀧本の場合は、そういった泥臭いこともできると感じました。

――まずは既縁で対象者を見つけることがおすすめと仰っていましたが、知人に聞く場合、関係値があるので、言いたいことが言えなかったり、本音を聞き出す難しさはありませんか?

瀧本:関係値がインタビューの内容に影響するのは重々わかっているので、関係値の距離感と話す内容はうまく考慮しています。

とくに私たちはtoCのお金に関わるサービスをしているので、言えないこともたくさんあって、たった1時間で信頼関係を作って、事細かに具体的な金額まで話していただくのは難しいところもあります。

なのでケースバイケースで、どの方に聞けば一番良いリサーチの結果が得られるかは常に考えて選定しています。 

さらに、私たちの場合は、プロジェクトメンバーもインタビューに同席しているので、リフレクションやラップアップとも呼ばれますが、最後の15分を振り返りの時間に使って、気にかかった発言について分析をします。

本当かどうかはご本人しかわからないので、憶測の域を出ないところもありますが、リサーチャーとしては話の整合性が取れてない部分はわかってきますね。 

あとは、その方が無意識のうちに繰り返し発言しているワードがやはり出てきます。この方にとっては重要な情報なのかなということもわかりますし、表情も注意深く見ていくと、温度感が違うなということもわかります。

全体を見ながら、立てた仮説と照らし合わせ、メンバー全員で会話しながら分析フェーズを進めていくことをやっています。

――1つの仮説に対して、何人にインタビューをしますか?

瀧本:ある程度大きくセグメントをくくった時には、必ず3人に聞くのが大事です。

なぜなら、1人聞いたらその人が全体のマジョリティーなのかマイノリティなのか、想像がつきにくい。2人聞いたら何となく似ているけれど、この人が外れ値かどうかわかりにくい。3人聞くと大体の精度で外れ値や共通部分が見えてきます。

――わかりやすいですね。ここまではインタビューの準備フェーズについてお話を伺いしましたが、次はインタビュー本番についてお聞きします。そもそもですが、瀧本さんが考える「良いインタビュー」「悪いインタビュー」の定義はありますか?

瀧本:インタビューは調査設計がうまくできていれば、大きくはずすことはないと私は思っているので、悪いインタビューに関しては調査設計がまずいものだと思います。 

仮説もないまま対象者頼みで、話を聞けば何かわかるだろうと手ぶらで行くようなインタビューはだいたい失敗します。

もう1つはよく聞く話ですが、「ユーザーは欲しいものがわからない」ということです。もしユーザーが必要なものを挙げたとしても、それはあくまでユーザー自身が導き出した最適解であって、事業における最適解とは違うということです。

「私は今度こういうことがしたくて、こんなことに困っているから、例えばこれがしたいです」という話を聞いた時、最後の「これがしたい」だけを取ってしまうと、認識を誤ってしまいます。

そう訴えるに至るまでにどういう環境があって、どういう感情を持っているから変えたいと思っているのか、そのあたりのことを私たちが理解する必要があります。

私たちがユーザーさんに提供してあげたい未来を描いて、どうやって埋めていくかを考えることがインタビューだと思います。

N1インタビューでインサイトを見つける工夫

――対象者が口にしていることを全て鵜呑みにせず、対象者のインサイトを見つけることが重要ということですね。インサイトを発掘するための工夫やヒントはありますか?

takejune:私がよく言うのは、インタビュイーが師匠、自分が弟子みたいな関係性です。こちらは何も知らなくて、本当に知りたいですという姿勢で臨み、相手にも能動的に教えていただけるような姿勢になってもらえるといいかなと思っています。

基本的に人間は空気を読むので、こちらが喜びそうなことを言ってくれそうになるのですが、そうではなく、ご経験や率直なご意見をフラットに話していただきたいので、「自分たちが気づいていないことを知りたいし、問題がわかればわかるほど嬉しいんです」とお伝えしたりします。

あとは、大前提として「仮説の話」はあまりしません。過去のご経験や事実として存在していることを、ファクトとして拾い集めていくというインタビューの仕方です 。

瀧本:相手も緊張していたり、良いことを言わないといけないと思っていたりするケースも多くあります。なので、リサーチャーという単語は一切使わず、あくまで話を聞く役割であることを伝えて、「私自身もわからないことも多いので、今日はいろいろ教えてください」という入り方をします。

 質問は、対象者が一番答えやすいところから、思考の流れに沿って作っていくのが原則です。

最初に抽象度が高い質問を持ってきてしまうと答えにくいので、「お住まいの場所」や「家族構成」などのいわゆる属性情報から聞いていく。

その後、「ちょっとお金に関することも聞きたいので、最近のお買い物体験について教えてほしいんですけど……」というように、徐々に広げながらチューニングしていきます。

N1インタビューによる開発事例(ジュニアカード)

――ありがとうございます。次は具体的な事例についてお伺いしたいと思います。お二人が開発されているジュニアカードには、どのような課題や仮説があったのでしょうか? 

瀧本:当時、「親子向けの金融サービス」は海外でいくつか事例がある状態でした。具体的には、お風呂掃除など、おうちのお手伝いをしたらお小遣いを渡すといった運用で、親子間のアプリで送金できるというものです。

デスクトップリサーチをした結果、そのような海外事例が見られて、事業として比較的伸びていたら、リサーチを進める上での仮説として「日本でも同様に使われる可能性はあるか」を設定しました。

しかし、N1インタビューをしてみると、お風呂掃除のケースでお小遣いを実践しているのは、幼稚園の年中・年長〜小学校の中学年ぐらいまでで、「今ではやっていない」というご家庭が多かったんです。

理由は「親が進捗管理をするのが大変で、気づいたらうやむやになってしまった」や「渡したいタイミングで小銭がない」です。 

――逆に求められるサービスとして、気づいたことはありますか?

瀧本:首都圏では、電車やバスに乗るために、だいたいのお子さんが小学一年生になったらSuicaやPASMOを持っています。すると全ての年代の親御さんがチャージに関して困っていて、残高を把握しながら、足りないように気にかけてあげる必要が出てきます。

それと中高生の親御さんになると、親子のコミュニケーションが例えば「お金ちょうだい」だけになっちゃうという話もありました。 

お金の使い道を細かく把握することで親子関係に悪い影響が出るんじゃないかと心配されている親御さんの気持ちも見えてきた一方で、中高生に話を聞くと、親から「使いすぎじゃない?」と言われるのも嫌だけど、いちいち報告したり、レシートを渡したりするのも結構しんどいということがわかりました。

だったら全部伝わっている状態にしておきたいというお話を聞いたときは、面白かったですね。

――複数の課題が見えてきた中で、「子どもがお小遣いを何にいくら使っているかわかっていない」という課題を真っ先に解決しようと決めたのはなぜですか?

takejune:ジュニアカードは、メイン課題として主に送金に関する課題とお金の管理に関する課題みたいなところは結構クリアに見えてました。

そこからN1インタビューをしている中で、課題に対する熱量は高くて、ベーシックな機能提供で解決可能なところを考えて、お小遣いの管理や送金について解決することを最初に選びました。

―ジュニアカードはベータ版の提供から始めるということで、機能を限定してローンチしました。新規事業開発に関しても同じことが言えると思いますが、リソースが潤沢にあるわけではありません。機能開発における優先順位の付け方はどうされているのでしょうか?

takejune:僕個人の考えですが、困っていることを探して、それを潰していこうと思うとキリがないと思っています。

どんな課題を解決しているのかは考えますが、それは最低限のラインであって、それよりもユーザーがどうなりたいのか、どんな状態になったらハッピーなのか、そっちの手触り感を持つことの方が大事だと思います。

ジュニアカードの話で言うと、親子間のコミュニケーションや関係性のところにやりたい未来の姿があると思った時に、インタビューを繰り返していく中で「ユーザーさんたちの行きたい未来ってこっちの方なんだろうな」といった想いの強さみたいなものが見えてくることがあります。

それが見えたら、自ずとそこに至るまでのマイルストーンも見えてくる。Howの部分は合理的に出てくるので、あとは最短距離でそれを実現するための組み合わせや実装の難易度など、プロダクトマネジメントの領域の話かなと思います。

――最後にデータ活用のお話を伺いたく、これまで延べ200件のN1インタビューを通してたくさんのデータが社内にあると思いますが、これらの資産をうまく活用するために工夫していることがあれば教えてください。

瀧本:皆さんが普段使っている一番よく見える場所に置くのが大原則だと思います。弊社の場合ですとnotionをよく使っているのですが、一番開く場所が、知識が詰まっている場所でもあるので、アクセスの良いところに置くのが大事です。

あと、大きい会社になればなるほど、各部門から似たような内容のアンケートがユーザーさんに飛んでいたり、過去の調査が共有されていないことで無駄な調査をしてしまったり、ということが起き得るのではないでしょうか。だからこそ、弊社では基本的にどの職種から送るアンケートであってもリサーチャーの方で管理して、例えば同じユーザーさんに複数件のアンケートが届いたりしないようにチューニングしながら、ユーザーコミュニケーションの適正化を担保できる体制を作っています。

――N1インタビューの重要性からhow toのところまで一気通貫でお伺いできて勉強になりました。本日はありがとうございました。

【ご参考資料】

スピーダは、ビジネスパーソンの情報収集・分析における課題を解決する最先端プラットフォームです。世界中の企業情報、独自の業界レポート、市場データ、ニュース、統計M&Aなどの定量データから、業界エキスパートの "経験知"を活用した定性データまで゙あらゆるビジネス情報をカバーしています。

ご興味をお持ちいただけましたら、資料DLページをご参考になさってください。